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2017年7月

2017年7月30日 (日)

昭和初期の『小学生全集』

(全体の目次はこちら


昭和初期の『小学生全集』

- 児童図書を支えていた人たち -

 

前回に引続き、

中沢弘基(著)
生命誕生
地球史から読み解く新しい生命像
講談社現代新書

(以下水色部、本からの引用)

から、
もう少しエピソードを紹介したい。

当時としては画期的な
ヴェーゲナーの「大陸移動説」が
学界ではまだ認められていなかったころ
ここ、日本ではどんな動きがあったのか。

一通の手紙で貴重な証言が寄せられた。

 大陸移動説は
大学や学界で消えていましたので、
もちろん世の中一般には
知られていないものと思っていましたが、
2006年に出版した拙著の書評として
いただいた手紙の中に、
次の一文があって驚きました。

「ヴェーゲナーについては、出会いは
 小学校の時代にさかのぼるのです。

 当時
 『小学生全集』と言うシリーズものが
 あって(昭和初期の刊行)、
 その中で、ヴェーゲナーと言う
 奇矯な学者が『大陸漂移説』を唱えた、
 と絵入りの説明がありました」

と書かれていたのです。

「その後、学校の教室でも、
 地理の時間に、世界地図を前にして
 "大陸を移動させると南米と
 アフリカ大陸の凸凹がぴったり合う、
 生息していた生物も見事に一致する"
 との話をききました」 

と続いていました。

昭和初期生まれの
著名な思想家(政治家)の手紙でした。

学界の外では
大陸移動説は消えていなかったのです。

学界でも認知されていないような説を
小学生相手に紹介してしまう
「小学生全集」とは
いったいどんな本だったのだろう?

しかも、昭和の初期の話だ。

 調べたところ、『小学生全集』は
菊池寛と芥川龍之介が指導と編集をして
文藝春秋社・興文社から、
昭和2年から昭和4年にかけて
刊行された児童図書で、
「世界の少年少女文学や童話」に加えて
「電気、動植物、物理化学、
 算数、生物学、生理衛生」など、
広い範囲の「子供にわかる本」、
88巻でした。

 少年少女文学の
菊池寛や芥川龍之介に加えて、
科学や工学は
当時の東京帝国大学の教授たちや
牧野富太郎、横山桐郎、鷹司信輔ら

植物、昆虫、鳥の権威者が
みずから筆を執っています。

大正デモクラシー当時の
学界指導者たちには、
少年少女教育を
国家百年の計とする見識
があり、
当時の世相も、
学者たちが論文や特許ではない
少年少女向けの文を書いている"ゆとり"を
むしろ好しと認めていたのです。

「小学生全集」の編集にこの面々!

そして、国家百年の計は
「少年少女教育」!!

この計は、この見識は
今、いったいどこに
行ってしまったのだろう。

 昭和4年(1929年)は、
ヴェーゲナーが遭難死する1年前ですから、
刊行されたのは論争の真っ最中です。
「大陸漂移説」は

小学生全集(上級用)
 第60巻、『海の科学・陸の科学』

 東通太郎・辻村太郎著」

にありました
(手紙の主の「70年以上も前」の記憶です)。

 辻村太郎は当時
東京帝国大学理学部地理学科の助教授で
その師の、優れた地理学者の山崎直方は、
世界のおおかたが空想として否定していた
「ヴェーゲナーの大陸漂移説」を
評価して普及に努めていましたので、
同説が記述されたものでした。

大陸移動説が世の一般には
知られていないと思っていたのは、
専門家の端にいる筆者の不見識でした。

一通の手紙をきっかけに、
ていねいな調査をしたうえで
筆者は自身の不見識を認めているが、
それにしても、
菊池寛、芥川龍之介、牧野富太郎などなど
錚々たるメンバが
児童図書に関わっていたなんて。

 

 いまだ評価の定まらない
論争中のドイツの学説が翻訳されて、
小学生でも知る機会があったのですから、
当時の日本の
少年少女教育の程度の高さは驚き
です。

そして読んだ
"少年少女たち"の知力も、です。

この小学生全集を読んだであろう
まさに知力のある少年に、
こんな人物もいた。

 調べてみると、
著名な漫画家の手塚治虫
手紙の主と同世代で、
少年時代に読んだ「大陸漂移説」を
覚えていた一人でした。

まだ"戦後"を引きずっていた
1950年から1954年にかけて連載された
『ジャングル大帝』は、
ロマンと平和と正義感にあふれる名作として
今や世界中に知られていますが、
その第1話は、
アフリカ大地溝帯の説明から始まります。

アフリカ大地溝帯は、
現在アフリカ大陸が
東西に分裂しつつある地域のことです。

 そして、大陸を分裂させる力のある
「月光石」(話の中の架空の石)を
探す学者が登場して、

「これはドイツの地質学者
 アルフレッド・ヴェーゲナー博士が
 いい出したことです」といいつつ、

大陸移動の図を示します。

最終話では、
「月光石」を探す学者に、

「大陸を分裂させた大きなカは何か? 
 最近ではマントル対流の
 せいだともいう…」といわせて、

大陸移動説の復活を暗示する
一コマもあります。

『ジャングル大帝』のストーリーの背景は
ヴェーゲナーの大陸移動説
そのものだったのです


 手塚治虫は
『ジャングル大帝』を描いた動機を

「(ヴェーゲナーの壮大な大陸移動説を)
 子どものときに読んで
 夢をふくらませ
」て描いたと、

NHK文化講演会(1982年)で述懐しています。

手塚治虫の「子どものとき」は、
手紙の主と同じ昭和初期ですから、
"読んだ"のは同じ
「小学生全集(上級用)第60巻」
だったのかもしれません。

 

著者の中沢さんは、
こんな言葉で「小学生全集」を
紹介した節を結んでいる。

 学界では消えていたにもかかわらず、
手塚治虫は「子どものときに読んだ」
ヴェーゲナーの大陸漂移説を
理解してふくらませて、
日本が世界に誇るストーリー漫画
『ジャングル大帝』に羽化させました。

しかも1950年、同説が日本はもとより
世界中の学界で
無視されて消えていたときに、です。

素直な少年期の”直観”で
納得していたのでしょう。

”大正デモクラシー”といわれる
太平洋戦争前の高い自由主義文化に
浴した少年少女たち
が、
戦争を生き延びて、戦後の
日本の新しい文化を創出したことを、
”消えなかった”大陸漂移説が
しめしているようです。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年7月23日 (日)

巨大大陸「パンゲア」

(全体の目次はこちら


巨大大陸「パンゲア」

- 学界から消える大陸移動説 -

 

前回に引続き、

中沢弘基(著)
生命誕生
地球史から読み解く新しい生命像
講談社現代新書

(以下水色部、本からの引用)

から、
もう少しエピソードを紹介したい。

ヴェーゲナーの「大陸移動説」
の話から始めよう。

20世紀中頃、
ナチスが台頭するまでは、
ドイツ科学の隆盛期でした。

その時代、
ドイツのマールブルク大学で
気象学を教えていた
アルフレート・ヴェーゲナー
(Alfred L. Wegener, 1880-1930)
は、

今離れている大陸は
 みんな もともと一つだった


という"おかしな"考えを、
1912年フランクフルトや
マールブルクで発表し、
1915年に
著書『大陸と海洋の起源』の第一版を
著しました。

「今、海洋で大きくへだてられている
 二つの大陸の両方に、
 同一種の生物の化石が発見される
のは、
 その生物が生きていた当時、
 両大陸は一体であって、
 その後二つに分裂したためである」 

というのです。

今からちょうど100年くらい前のこと。

ヴェーゲナー自身が
「世界地図を見て、
 大西洋の両岸の海岸線の凸凹が
 よく合致するのに気がついた」
と言うように、最初は
小学生でも気がつくような
小さな発見がスタート地点だった。

それを「気がついた」だけでなく、
ちゃんとした説として
発表できるところまで持っていくことは
誰にでもできることではない。

彼の専門は
地球物理学の中の気象学でしたが、
世界地図を見て思いついた
アイディアを証明するために、
生物学、古生物学、地質学、岩石学、
鉱物学、気象学、測地学などなど、
片端から
当時の最新の論文を読み漁って読破し、
証拠となる事実を探しました。

 そして、
南アメリカ大陸とアフリカ大陸のように、
現在は離れている両大陸間に、
海を渡ることのできない
カタツムリや淡水魚、
あるいは
植物などの同じ種がいる
ことや、
両大陸の凸凹が
ジグソーパズルのように嵌(は)まる両岸に
同じ化石や同じ岩石・鉱物が産出して、
かつて地層がつながっていたことを
見つけました。

 それらの事実を証拠として、
上記の『大陸と海洋の起源』を出版し、
現在の大陸は古生代終わりの
ペルム紀(約2.99億~2.52億年前頃)まで
みんな一つにまとまった
巨大大陸「パンゲア」であって、
中生代最初の三畳紀(約2.52億年前頃)から
徐々に分裂が進み、
白亜紀(約1.45億~0.66億年前)
に離れ離れになったと主張しました。

広い視野で研究できたものだけが
到達できた見解。
ところが、この発表は、学界では
ほとんど受け入れられなかった。

パンゲア大陸については
Wikipediaにある動画がわかりやすいので、
リンクを貼っておきたい。(こちら

ところで、「大陸は動かない」説を
支持している人たちは
離れた大陸にある共通の化石を
どう説明していたのだろう。

 しかし20世紀初頭の発表当時は、
あまりにも常識とかけ離れていたため、
学界ではほとんど理解されませんでした

「大陸が動くはずはない」とする
当時の″正当的″な考えでは、
二つの大陸に共通する化石の存在は、
かつて両大陸が細い″陸橋″で
つながっている時代があったから
であると
説明するのです。

陸橋は二つの大陸をつなぐ
細長い陸地や潮が引いて現れる
島伝いの道のことで、
それを伝って海を渡れない生物が
移動したと考えるのです。

ちなみに、この『大陸と海洋の起源』は
今読んでもおもしろい本らしい。
調べてみると、
岩波文庫にも講談社学芸文庫にもある。

まだ読んでいないが、下記を読むと
読んでみたくなる。

『大陸と海洋の起源』は
文字どおり地球科学全般にわたる
さまざまなデータを用いた、
ていねいな論理展開で、
出版から約100年も経った今読んでも
痛快な推理小説を読むようです。

もちろん、現在の知識からすれば
大陸の構造や移動の原因などの考察には
誤りもありますが、
大陸が移動したことをしめす証拠の論述は
合理的で感心するばかり
です。

専門性が進むことによって
細分化されていく学問がもつ問題点は、
彼の説に対する学界の反応を見ると、
(不幸なことではあるが)
じつにわかりやすい。

 気象学者のヴェーゲナーが
大陸移動説の根拠としたのは、
生物や化石や地質など専門の異なる
「巨大な量の文献を読破・
 渉猟(しょうりょう)した」
論文でした。

化石や生物の専門家は
個々の化石や動・植物については
通暁(つうぎょう)していても、
大陸を動かす力を論ずる
地球物理学の論文は読めません
し、
逆に、
地球物理学者は
地震・重力など全地球規模の現象を
理論的・定量的にあつかいますが、
化石や生物のしめす定性的な事実から
何億年もかかって移動する
大陸を推定する想像力に欠けていました。

 専門家は
それぞれの高い専門性のゆえに、
ヴェーゲナーの言を
どちらの側からも理解できなかったのです。

結局、彼の説は
一旦学界から消えてしまう。

常識を正面から否定したヴェーゲナーは、
米国を中心とする学者の反感を
一手に買って論争になりましたが、
むしろ
「圧倒的多数は彼の論拠を
 まじめに聞こうとしなかった」
といわれています。

論争になったのも彼の生存中だけで、
彼が大陸移動の原因を求めて
グリーンランドの探検で
1930年に遭難死すると、
大陸移動説は学界から
完全に消えてしまいました


 あれだけ物理・化学が発展して
原子や電子の「ミクロの世界」が
明らかにされた20世紀前半でも、
地球は
「海も大陸も動かない、
 冷えて固まった地球」
の見方のまま残されたわけです。

彼の説が
学界から消え去ってしまったころ、
ここ日本ではある意外な、
ほんとうに意外な分野で動きがあった。

その話は次回に。 

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年7月16日 (日)

「生命誕生」

(全体の目次はこちら


「生命誕生」

- 「海は生命の母」とは言えない? -

 

本棚にあるこの本

中沢弘基(著)
生命誕生
地球史から読み解く新しい生命像
講談社現代新書

(以下水色部、本からの引用)

私が購入したときの本の帯には、
池谷裕二・東京大学教授の
こんなコメントが載っている

脳髄を金槌(かなづち)で
 殴られるほどの衝撃を受けた!


帯は広告・宣伝なので、
たいていの場合は大袈裟で
ミエミエの褒め言葉に
かえって冷めてしまう場合もあるが、
殊この本については
「金槌で殴られるほどの衝撃」
はまさに言葉通りだった。

ほんとうに衝撃がある。

生命はいつどこで発生したのか?

だれもが抱く疑問に、
独自の説を丁寧に展開していくのだが、
とにかく話の運び方がうまい。

最初の方のこんな書き方だけで
おもわず引き込まれてしまう。

生命の起源は海の中、
「太古の海は生命の母」と考えるのは
広く世界の常識になっています。

 確かに水がないと
生物の体は成り立ちませんし、
生きてもいられません。

化石に残る原始的な生物は
すべて海棲(かいせい)生物で、
約5・4億年前のカンブリア紀の海で
爆発的に増殖したことも確かです。

しかし、だからといって、
生物の誕生にいたる有機分子の発生と
進化の過程もすべて水の中、
海の中であったとする根拠は
何もありません

化石で見つかった古い生物が
すべて海棲生物だからと言って、
その起源となる最初の生命の誕生
「海の中」の証拠にはならない。

なるほど。

でも、いつのころからか
「アミノ酸が多く浮かぶ
 スープのような海」
が生命誕生の舞台だと
思い込んでしまっている
どうしてなのだろう?

事実、こんな記述もある。

アミノ酸に富む
”チキンスープ”のような太古の海で
生命が発生
したと、
ほとんどの人は考えて、
海を模した水溶液中の
化学反応の研究を中心にしてきました。

 

では、なぜ、
海での生命誕生が疑わしいのか?
詳しい説明の前に、
サクッとこう提示している。

 後で述べますが、化学的には
海の中でアミノ酸などの
生物有機分子どうしが結合して
大きくなると考えるのは不自然
なのです。

多量の水の中では一般に、
結合よりも大きな分子の
分解反応が卓越します。

比熱の大きな
多量の水の中はつねに温暖で、
分子が相互に反応しなければならない
環境圧力もありません


「太古の海は生命の母」と考えるのは、
世界の常識とはいえ、
化学的にはおかしな仮定なのです。

生命を構成する原子や分子が、
アミノ酸やタンパク質を構成する配列で
分子となるためには、
構成原子や分子が
そこにあるだけではもちろんダメで、
化学反応を起こし、結合させるための
ある種の「圧力」が必要になる。

その「圧力」が温暖な海にはない。
むしろ逆で、海には、
分子を分解させる方向の力がある。

との指摘も直感的にreasonable。

 

こんな導入で始まった話は、
この後、地球の歴史を大きく観ながら
本論に入っていく。

そこで提示される
生命誕生に関わる大胆な仮説については、
簡単には要約できなので
説明は本に譲りたいが、
仮説の詳細に入る前にも、
興味深いエピソードが
いくつも紹介されている。

というわけで、
この本の話、もう少し続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年7月 9日 (日)

駅馬車の御者の一生

(全体の目次はこちら


駅馬車の御者の一生

- 埋葬しようとして -

 

新聞を整理していたら、
ある本にあったエピソードを思い出した。

新聞記事の前に、
エピソードの方から紹介したい。

本は、
アイザック アシモフ (著)
星 新一 (訳)
「アシモフの雑学コレクション」 
    新潮文庫

(以下水色部本からの引用)

(アシモフが書いて
 星新一が訳している。
 もうそれだけでなにかありそうな
 予感がするが、残念ながら
 今日の話はそれとは関係ない)

さて、この本、
今で言うトリビアネタ満載。
出版は今から30年以上も前なので
今読むと、
更新の確認が必要なネタも
あったりするけれど・・・

その中の一節。

カリフォルニアの
ゴールドラッシュのころ、
チャーリー・パークハーストという
駅馬車の御者がいた。

危険のひそむ道を、
乗客や金をのせて運んだ。

葉巻を吸い、かみタバコも好み、
トランプも強く、酒も飲む。
馬車を襲った強盗を二人うち殺した。

やがて引退し、
サンタクルーズで牧場を持った。

まぁ、ここまでは
ゴールドラッシュ時代の
ひとりの成功者の話と読めば
特に驚くようなことはなにもない。

ところが最後はこう結ばれている。

1879年の大みそか、チャーリーが
自宅で死んでいるのが発見された。

埋葬しようとして、
女性だったことを、
人びとははじめて知った。

 

話は最初に戻るが、
このエピソードを思い出したのは、
この記事を目にしたから。

2017年6月19日朝日新聞一面

A170619_joshidai

「性同一性障害」の方の
女子大への入学について
議論されるところまで来た、とのこと。

「性同一性障害」や
LGBT(性的マイノリティ)への
社会的な理解は、ここ20年ほどで
ずいぶん大きく進んだ。

それでも
まだまだ不十分な点は多いのだろうが、
各国のニュースを見ていると
理解に対する追い風が吹いていることは
間違いない。

数のうえでは少数派であっても、
各人のあり方が、
そのままの形で受容される社会、
そういった多様性を認める社会が、
ほんとうの意味での
豊かさと強さを持つことになる。

金子みすゞさんの詩ではないが、
「みんなちがって、みんないい」
のだし。

ただ、社会的な認知度と
実際の存在数は、独立した事象だ。

もちろん、
「認知度」が高まれば
「カミングアウトしやすくなる」
といった点はあると思うが、
認知されたからと言って、
急に対象者が増えるような性質の
事象ではない。

同様に
社会的には全く認知されていなくても
その時代、その時代で
おそらくある一定数はいたはずだ

今から140年前。
チャーリーは、
どんな思いで一生を過ごしたのだろう?

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2017年7月 2日 (日)

5年前はホームレス

(全体の目次はこちら


5年前はホームレス

- 女性歌人の「住む場所」 -

 

雑誌「新潮」の2017年2月号に、
歌人の鳥居さんという方が書いた
「住む場所」という
2ページの短いエッセイが載っていた。
(以下水色部「新潮」からの引用)

 

私は二十代の女性だけれど、
 5年前はホームレスだった


というちょっと驚くような内容から
話は始まっている。

何も持たない私は、
一人で誕生日も成人式も過ごした。
一人は寂しいなあと思う。
誰かと親しくなろうと試みる。
そのたびに
「どこの馬の骨とも知れない人を
 信用できない」と疎まれる。

学歴もなく、人脈もなく、
履歴書に書ける
住所も緊急連絡先もない。

そんな私が今、
立派な文芸誌から寄稿依頼をもらい
エッセイを書いているなんて、
生きていると思わぬ未来に
辿り着くものだなあと思う。

不思議だ。

ひとりぼっちの5年前も心配だけれど、
いったい、この5年間に
鳥居さんには何があったのだろう。

いろいろなことが
あったであろうことは
想像に難くないが、意外にも
彼女自身はこのひと言で言い切っている。

ホームレスだった、あの頃と今。

たった五年の間に
私の身に何が起こったのだろうか。
そのじつ、たぶん、何もない。

きっと住む場所が
変わっただけ
なんだと思う。

題名の「住む場所」は、
ここから来ているのだろう。

「場所」とは「所」ではなく、
「世界」のこと。

世界が変わると価値観も変わる。
「本を読むこと」という
わかりやすい例で
世界の違いを述べている。

昔、住んでいた場所
(孤児院や里親家庭)では、
人とつきあわず
黙って文字ばかりの本を
読んでいることは
「あの子、何考えてるかわかんない」
「気色悪い」と言われる、
可愛げのない人物の象徴的行動だった。

今いる場所(文芸的世界)で、
私が本を読んでいても
「気色悪い」とは言われない。
それどころか、褒めてもらえる(!)。

もうひとつ、
別な例が添えてあるのだが、
こちらは対照的に過激だ。

しかし、ピストルの弾が、
どこでどのように取引されているのか、
相場価格がいくらか。
もし、そんな話を、
ここで精確に話せたとしても、
今ではもう、
誰も私を褒めてはくれない

(以前の場所なら、
 すこしは評価してもらえた
 話題だった。)

二十代の女性が
こんな例を挙げられること自体、
経験の凄まじさを感じさせる。

鳥居さんの歌は
「キリンの子 鳥居歌集」
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス

という形で歌集として出版されている。

出版元のホームページを見ると、
鳥居さんについて、
以下のように紹介されている。
(以下緑色部HPからの引用)

三重県出身。年齢非公表。
2歳の時に両親が離婚、
小学5年の時には目の前で母に自殺され、
その後は養護施設での虐待、
ホームレス生活などを体験した女性歌人。

タイプすることすら、つらい。

それでも近年の
2012年 全国短歌大会 入選
2013年 路上文学賞 受賞

などがホームレス脱却の
契機になったようだ。

小中学校に
通えなかった自分と同じように、
何らかの事情で
学校に行けなかった人たちが、
再教育を受けられる社会になるように、
という願いをこめて、
セーラー服を着て活動している。

どんな歌を詠むのだろう。

上の歌集(受賞文学賞作品も含まれる)を
読んでみた。


 爪のない指を庇って耐える夜
  「私に眠りを、絵本の夢を」

凄絶ないじめの体験を詠んだ歌は
やはりつらい。

そんな中、
こんな目も持ち合わせている。

 サインペンきゅっと鳴らして母さんが
  私のなまえを書き込む四月

 目を伏せて空へのびゆくキリンの子
  月の光はかあさんのいろ

優しい、温かい歌もある。

でも、義務教育ですら
ちゃんと受けられなかった
過去の境遇を知って読むと、
やはり次のような歌が、
深く深く心に響く。

 慰めに「勉強など」と人は言う
  その勉強がしたかったのです

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

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