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2017年1月

2017年1月29日 (日)

インターネットの巨人

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インターネットの巨人

- アカマイは「賢い」 -

 

就任から一週間、合衆国では
トランプ大統領が本格的に動き出した。

就任演説では、集まった人の数が
話題になったりしていたが、
今回、この演説を
インターネット経由で見た人は全世界に
いったいどれくらいいたのだろうか。

8年前のオバマ大統領の
就任演説については、
こんな記述がある。

小川晃通 著
アカマイ
― 知られざるインターネットの巨人
角川EPUB選書

(以下水色部本からの引用)


 アカマイにとって象徴的だったのが、
オバマ大統領の就任演説の
インターネット中継
です。

初のアフリカ系大統領ということもあり、
世界中の人々がオバマ大統領の
就任演説映像をインターネット経由で
視聴しました。

 そのビデオをインターネットで
世界全体に配信していたのがアカマイ
です。

そのときのインターネットトラフィックは、
同社がそれまで行ったどの配信よりも
大きなトラフィックになりました。

最大で1分あたり850万人がビデオを閲覧し、
「当時としてはそれが世界記録である」
とアカマイは述べています。

この引用に急に登場した「アカマイ」。
「初めて聞く」という方も多いことだろう。

でも、もしスマホやPCで、
少しでもインターネットに触れているなら、
一度も意識したことはなくても
この会社のお世話になっているはずだ。

アカマイは、世界最大手の
コンテンツデリバリネットワーク(CDN)事業者。

本の帯には、

「インターネットを流れる情報の3分の1は
 この会社が運んでいる」


と書かれているが、本が出版されたのは2014年。
その影響力は現在さらに大きくなっている。

とにかく顧客リストがすごい。

* 米軍の全機関
* AmazonなどEコマースのトップ20サイト
* アメリカの主要スポーツリーグのすべて
* NHKを含め
 世界の代表的なニュースポータル150以上
* LINE、Apple、IBM、などなど

デリバリ、
つまり配信を専門にしている業者なので、
コンテンツを作っているわけではない。

本は、
マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授
トム・レイトンらが1998年に
会社を設立させるころの話から始まり、
「配信技術」や
「配信ビジネス」についても
解説している。

現在もiPhoneのAppleが使っているように、
スティーブ・ジョブズ自身が
「会社を買いたい」と電話をかけてきた
エピソードも紹介されている。

ちなみに「アカマイ」という
日本語のような響きの特徴ある社名は
こんな経緯で決まったらしい。

 非常に日本語っぽい響きですが、
決して「赤米」という日本語ではありません。
ハワイ語で「賢い」という意味の単語です。

 米国では、複数の社名が列挙されるときに
ABC順に掲載されることが多いため、
その順番で並んだときに最初にくることが
重要だとレイトンたちは考え、
「A」で始まる社名を探していました。

当時たまたまMIT内で起きていたのが
ハワイ語ブームです。

ハワイ語辞書が手元にあったので
それを見たところ、
「アカマイ」という単語を発見し、
それを採用しました。

いまや、スマホやPCと
コンテンツを配信しているサーバとが
瞬時に繋がることも、
そして、その間の通信が
滞りなく行われることも、
当然のように思ってしまっているが、
その裏では、
まさに賢い技術に支えらえた仕組みが、
休みなく動いている。

アカマイは、現在
世界120以上の国に、
21万台以上のサーバを設置
し、
いくつかのキー技術を駆使し、
快適な「配信」を提供している。

その「配信」は
どんな仕組みで実現されているのか。

本は、
アカマイの技術の説明をするために、
最初に、「インターネット」って
どんな仕組みで繋がっているのか?
を丁寧に説明している。

ネットに関する技術的な知識がなくても
読めるよう配慮された記述となっているが、
逆に多少知識のある方には
物足りないかもしれない。

こんなキーワードを軸に
説明を進めている。

AS(Autonomous System)
BGP(Border Gateway Protocol)
TCP(Transmission Control Protocol)
DNS(Domain Name System)

そして、次のような言葉あたりから
「アカマイの技術」に
深くかかわってくるようになる。

CNAME(Canonical NAME)
traceroute
SureRoute
Tiered Distribution

詳しい技術的な説明は本に譲るが、
高速化がどのように実現されているのか、
ケーブル切断などの障害を
どのように回避する仕組みがあるのか、
などなど、インターネット技術の
基本部分に触れることができる。

ネット社会を予見したビジネスで
急成長してきたアカマイ。
1998年に設立されてから
まだ20年も経っていない。

 ちなみにこの1998年、
同じアメリカで二つの会社が
産声をあげています。

現在、世界で最も利用されている
検索エンジンを提供しているグーグルと、

世界最大規模のデータセンター事業社である
エクイニクスです。

インターネットヘの影響力が
非常に強いこの3社が同じ年に設立された
のは、
偶然なのでしょうか、
それとも必然だったのでしょうか。

オマケ:
3社ではなく「3者が同じ年」と言えば、

第42代米大統領
ビル・クリントン:1946年8月19日生

第43代米大統領
ジョージ・W・ブッシュ:1946年7月6日生

第45代米大統領
ドナルド・トランプ:1946年6月14日生

 

 

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2017年1月22日 (日)

偶然五七五

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偶然五七五

- 大阪府/四條畷市/北出町 -

 

2017年1月15日に行われた
大阪府四條畷市の市長選で
28歳の新人東修平氏が当選し、
全国最年少市長が誕生した、
とのニュースがあった。

四條畷市(しじょうなわてし)
の名前を見たらあることを思い出した。

(1) 住所篇
四條畷市には、
北出町(きたでちょう)という町がある。

住所をそのまま音読してみよう。

大阪府 / 四條畷市 / 北出町
(おおさかふ 
 しじょうなわてし きたでちょう)


そう、俳句とは言えないが
五七五のリズムになっている。

しかもおもしろいことに
この住所の郵便番号
現在は「575-0043」だが
1998年に7桁になる前までは、
これまた偶然にも
575」だったのだ。

私が読み難いこの市の名前を覚えたのは、
この五七五がきっかけだった。

 

「偶然五七五」のリズムを刻む日本語は
気をつけて探すとあちこちにある。

(2) 法律条文篇
法律の条文関連では、

日本国憲法第23条
学問の/自由は、これを/保障する

民法882条
相続は/死亡によって/開始する

軽犯罪法第1条22号
こじきをし、/又はこじきを/させた者

などがよく知られている。

 

(3) 駅名篇
数年前、
「連続した駅名で五七五七七」
つまり短歌調になる区間が
ネットで話題になっていた。

次々と挙がってくる作品(?)に
「みんなよく探しだすなぁ」と
当時は感心させられるばかりだった。
単なる駅名の組合せではなく、
「連続した駅名で」だ。

JR京浜東北線(8駅)
浜松町 = 田町 = 品川 = 大井町 =
大森 = 蒲田 = 川崎 = 鶴見(つるみ)


西武新宿線(6駅)
本川越 = 南大塚 = 新狭山 =
狭山市 = 入曽(いりそ) = 新所沢


富山地方鉄道本線(5駅)
新魚津 = 電鉄魚津 = 西魚津 =
越中中村 = 早月加積(はやつきかづみ)


JR飯田線(7駅)
上市場(かみいちば) =  
浦川 = 早瀬 = 下川合(しもかわい)
中部天竜 = 佐久間 = 相月(あいづき)

 

(4) Wikipedia日本語版篇
この五七五七七探し、
もともとは「偶然の発見」を
楽しんだものだったと思うが、
五七五七七検索プログラムを作り
フリーのオンライン百科事典
Wikipediaの本文をまるまる
検索にかけてしまった人がいる。

しかも、その結果は
こんな本にまでなっている。

いなにわ, せきしろ著
「偶然短歌」飛鳥新社

本からいくつか紹介したい。
(以下水色部、本からの引用
 五七五七七のあとの「」は、
 Wikipedia日本語版の見出し語)

 

アルメニア、アゼルバイジャン、ウクライナ、
中央アジア、およびシベリア
     「モロカン派」

柔道部・バレーボール部・卓球部
ハンドボール部・吹奏楽部
     「一宮市立北部中学校」

文学部・経済学部・法学部
経営学部・医療健康
     「日東駒専」

単なる名詞の羅列なのに、
音やリズムに特徴があって、
思わず声に出して読みたくなる。

 

空洞になっているため、大きさを
支えきれずに壊れてしまう
     「マリモ」

研究で、ネコが砂糖に関心を
持たないことは示されていた
     「ネコ」

たいていは家屋の中で日当たりの
よい場所にあり、窓が大きく
     「居間」

説明臭いものは、
リズム的にはあてはまっても
おもしろさには欠ける。

 

「立ち乗り」を行っている最中に
車のドアが閉まってしまい
     「ペター・ソルベルグ」

楽団の首席指揮者の就任も
決まっていたが、果たせなかった
     「イシュトヴァン・ケルテス」

大好きで毎日苺成分を
摂取しないと生きていけない
     「鈴木まりえ」

同じ説明調でも、
なぜか背景の物語を感じさせる。

 

艦長が自分好みの制服を
艦の資金で誂(あつら)えていた
     「セーラー服」

そんな中、白いくじらが出現し、
歓喜の声を上げる船長
     「白いくじら」

こうなると物語のほうが
前面に出てくる感じ。

 

泣き言や空想ばかりを書いている
ジャーナリストの連中が何
     「リシャルト・カプシチンスキ」

念仏で救済される喜びに
衣服もはだけ激しく踊り
     「盆踊り」

照らされて雨露(うろ)が輝く半分の
クモの巣だけが残されていた
     「くもとちゅうりっぷ」

このくらいになると、
説明文の一部、ということを忘れてしまう。

 

言葉遊びはいつでもどこでも楽しめる。

 

 

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2017年1月15日 (日)

日本海、浅い海峡と小さな遭遇

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日本海、浅い海峡と小さな遭遇

- 230年前のスケッチ -

 

以前、ちょっと回転しただけなのに
日本列島が見慣れない形で現れるこの地図

Easia

(地図の購入はこちら
と、日本海について
この本を紹介した。

蒲生俊敬著
「日本海 その深層で起こっていること」
講談社ブルーバックス


(日本海についての過去の記事は
 こちらこちら

この本から、もう2点
興味深い話を紹介したい。
(以下水色部と図は本からの引用)

まずは1点目。
本では、日本海の特徴を
下記3点にまとめている。

① 外部の海とつながる海峡が浅く、
  地形的な閉鎖性が強い
こと。

② 対馬暖流がつねに流れ込んでいること。
③ 冬季に北西季節風が吹き抜けること。

この①について、
ちょっと驚く数字がある。

地図で見れば明らかなように、
日本海は、間宮、宗谷、津軽、対馬の
4つの海峡で外部の海と繋がっている。
この4つの海峡は、幅が狭いだけでなく、
とにかく浅い


どれほど浅いか。
本文から数字を集めて並べてみた。
(「約10メートル」の「約」は省略して引用)

  日本海の深さ
  平均水深 1,667メートル
  最大水深 3,800メートル

  4つの海峡の深さ
  間宮海峡   10メートル
  宗谷海峡   50メートル
  津軽海峡  130メートル
  対馬海峡  130メートル

もう少しイメージしやすくするため
日本海を
平均深さ50cmのバスタブとしてみよう。
海峡は、外部の海と繋がる
「縁の窪み」ということになる。

  間宮海峡   0.3cm
  宗谷海峡   1.5cm
  津軽海峡   3.9cm
  対馬海峡   3.9cm

一番深い対馬海峡でもわずか4cm
いかに「閉鎖性が強い」かがよくわかる。

このことが、②③との組合せで
海水の対流(熱塩対流)や付近の天候に
大きな特徴をもたらすのだが、
その詳細は本のほうにゆずりたい。

いずれにせよ、この閉鎖性が、

ある大潮の時期に、
同じ青森県でも
太平洋に面した八戸では干満の差が
130センチメートルもあるのに、
日本海に面した深浦では、
わずか20センチメートル程度しか
海面が変化しません。

の原因。

若狭湾に面する京都府与謝郡伊根町
 「舟屋」のような、
 1階が船のガレージ、
 2階が居間となった
海辺ぎりぎりの独特な建物が成立するのも、
日本海だからこそと言える。

 

日本海についての話、2点目は
歴史的エピソード。

フランスのJ・F・ラペルーズが、
1787年に日本海を探検したときのこと。

 ラペルーズ率いるフリゲート艦2隻は、
1787年5月25日に
対馬海峡から日本海に入ります。

1797年に出版された
「ラペルーズ世界周航記」の付図には、
日本海を東へ進んだあと、
能登半島沖で北西に向きを変えて、
ロシア沿岸を北上した航跡が
記されています。
Nihonkai1

 

このラペルーズ率いる2隻のフリゲート艦が、
日本海でふしぎな和船と遭遇しています。

遭遇場所は、

Nihonkai2

の、"MER DU JAPON"と表記されている
"MER"と"DU"の中間あたり。

1787年6月2日のこと。

対馬海峡から日本海に入った
ラペルーズ隊の前方から、
2隻の日本船(北前船)が近づいてきた。

 2隻のうち1隻は、通常の弁才船

Nihonkai3

だったが、もう1隻は
いっぷう変わった形状をしていた。

230年近くも前、フランスの軍艦が
日本海で偶然見かけた日本の船の形状、
なぜそんなことがわかるのか。

まだ写真のない時代でしたが、
ラペルーズ隊のブロンドラ海軍中尉が
これらの和船を巧みにスケッチしました。

その絵が現存しており、
『ラペルーズ世界周航記・日本近海編』
(小林忠雄編訳)に添付されています。

なんとその船のスケッチが残っているのだ!
しかも精緻で美しい。

Nihonkai4

 

 和船研究の権威である
石井謙治や安達裕之によれば、
この船は「三国丸(さんごくまる)」といい、
江戸幕府が1786年10月に
就航させたばかりの1500石積み廻船でした。

「三国」という名称は、
この船が
 和船、
 中国船、および
 西洋船(オランダ船)
の3種の船の長所を
組み合わせた折衷(せっちゅう)船
であることに由来しています。

 唐船づくりの船体に
和式の総矢倉を設け、
船体の中央には和式の本帆、
船首と船尾には洋式の補助帆(三角帆など)
を備え・・・、といったぐあいです。

しかも、三国丸のような和洋折衷船は、
当時の日本でこの一隻だけだったという。
なんという偶然。

『世界周航記』(小林忠雄編訳)には、
そのときのようすが
興味深く記載されています。

「我々は日本人の顔が
 観察できるほど近くを通過したが、
 その表情には恐怖も、驚きも
 表われていなかった」

「すれ違いながら呼びかけたが、
 我々の問いは彼らの理解をえられず、
 彼らの答弁も我々にはわからなかった。
 日本船は南方に航海をつづけた」

コミュニケーションは
取れなかったかもしれないが、
そこまで近づいてきた
異国の船(しかも軍艦)に
三国丸の人々は、
どれほど驚いたことだろう。

三国丸はその一年後、
1788年9月、暴風に見舞われ
出羽国赤石浜に漂着。
そこで破船。

 実働わずか2年たらず。
同型船が再建されることは
なかったという。

 

日本にわずか一隻、しかも
たった2年しか存在していなかった船が、
はるかフランスからやってきた軍艦と
230年前の日本海上でたまたま遭遇。
その時のフランス人の正確なスケッチが
ちゃんと残っているなんて。

貴重なスケッチは、
たった一枚でも物語を運んでくれる。

 

 

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2017年1月 8日 (日)

「消化する」とは

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「消化する」とは

- 小学生男の子の質問 -

 

年末年始の新聞を読み返していたら、
こんな記事が目に留まった。

生物学者の福岡伸一さんが
書いていたコラム。

旧年からの記事で恐縮だが、
紹介させていただきたい。

 福岡伸一の動的平衡
 他の生物を「消化する」とは

A161229fukuoka

(以下水色部、2016年12月29日の
 朝日新聞の記事から引用)

 お正月のおせち料理やお雑煮は
しっかりかんで食べましょう。
消化がよくなるように。

消化とは、食べ物を細かくして栄養を
取り込みやすくする作業だと
思っていませんか。

実は、消化のほんとうの意味
もっと別のところにあるんです。

「消化のほんとうに意味」とは
いったい何だろう。

 食べ物は、動物性でも植物性でも
そもそもは他の生物の一部。

そこには元の持ち主の遺伝情報が
しっかりと書き込まれている。

遺伝情報はたんばく質の
アミノ酸配列として表現される。

アミノ酸はアルファベット、
たんばく質は文章にあたる


他人の文章が
いきなり私の身体に入ってくると、
情報が衝突し、干渉を起こす。
これがアレルギー反応や拒絶反応。

 それゆえ、
元の持ち主の文章をいったん
バラバラのアルファベットに分解
し、
意味を消すことが必要となる。

福岡さんらしい、
実にわかりやすいたとえだ。

 他人(他の生物)の
 文章(たんぱく質)は、
 アルファベット(アミノ酸)に
 分解する必要がある。

その上でアルファベットをつむぎ直して
自分の身体の文章を再構築
する。
これが生きているということ。

つまり消化の本質は
情報の解体
にある。

他人の文章をアルファベットに分解し、
そのアルファベットを使って、
自分の文章を作ることが、
生きるということ。

 

 食用のコラーゲンは魚や牛のたんばく質。
食べれば消化されてアミノ酸になる。

一方、体内で必要なコラーゲンは
どんな食材由来のアミノ酸からでも
合成できる


だからコラーゲンを食べれば、
お肌がつやつやになると思っている人は、
ちょっとご注意あれ。

それは、他人の毛を食べれば、
髪が増えると思うに等しい

どんなにいいたんぱく質でも
食物として摂取する限り
それがそのまま自分の体の一部、
つまり自分の体を構成するたんぱく質に
なるわけではない。

一度はアミノ酸にまで分解し、
それを原料に、
自分自身のたんぱく質を作らないと
自分の体の一部にはならないわけだ。

消化は「良く噛む」といった程度の
小ささではなく、
まさに食物をアミノ酸レベルにまで
「小さく小さくする分解作業」なのだ。

 

この記事を読んでいたら学生時代の
ある景色が急に甦ってきた。

私は、理系学部の学生だったこともあり、
学生時代、
数学や理科の家庭教師をよくしていた。
小学生から高校生まで、
ずいぶんいろいろな生徒さんに
巡り合った。

ある時期、
小学校高学年の男の子ばかり5人、
グループ学習という形で、
理科を教えていたことがある。

ちょうど「消化」について
教えている時だった。

福岡さんのような
上手なたとえはできなかったし、
小学生にアミノ酸についてまでは
教えなかったと思うが、
とにかく、「消化とは」
口から胃、腸に移動する過程における
食物を小さく小さくする分解作業
だということは強調した。

たしか「唾液」の作用くらいまでは、
教科書でも触れられていた気がする。

ひととおりの説明を終えたあと、
最後に「ハイ、質問は?」と聞くと、
ひとりが手を挙げた。

「先生! 食物は、
 小さくしないと体に吸収できない。

 だから、消化は
 小さく小さくする作業だ、は
 よくわかりました。

 でもぉ・・・

 だったら、最後はどうして
 あんなにデカいのですか?


小学生の男の子5人、
爆笑の渦はよく覚えているが、
どう回答したかは全く覚えていない。

 

 

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2017年1月 1日 (日)

「おいしいもののまわり」

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「おいしいもののまわり」

- 子どもの頃きちんと教えられたこと -

 

あけましておめでとうございます。

「はまのおと」
本年もどうぞよろしくお願いします。

 

さて、新年
「新たな気持で」を思った時、
最初に浮かんだのはこの本だった。

土井善晴著
「おいしいもののまわり」
グラフィック社

(以下水色部、本からの引用)


レシピ集ではない。
テレビ朝日「おかずのクッキング」に
2007年から2012年まで連載されていた
土井さんのエッセイを
加筆・修正のうえ再編集したもの。

印象的な表紙のデザインは、
柿木原政広さん。

 「大気の青」
 「植物の緑」
 「黒い土」
 「命の水色」
 「火の赤」

による縞文。

 

料理そのもの、というよりも、
料理のまわり、まさに
「おいしいもののまわり」
に関するエッセイが並んでいる。

調理道具や調理方法など
取り上げている題材はさまざまだが、
土井さんの料理に対する姿勢、
(乱暴にひとことで言ってしまえば)
「丁寧に美しく」
がピシッと貫かれていて、
読んでいてなぜか背筋が伸びるというか、
姿勢を正したくなる


それは、家庭料理であっても
プロの料理人のしごとであっても同じ。

丁寧な、丁寧な仕事の中に、
楽しみを見出し、
美しさを見出している。

 

「はじめに」から
土井さんの思いがあふれている。

料理とは命をつくる仕事である

・・・

料理することはすでに愛している。
食べる人はすでに愛されている


・・・

おいしいものは、はかないものである。
音楽にたとえれば、
ロックコンサートのように
刺激の強い音ではない。

耳を澄ませなければ聞こえない、
鳥のさえずりや川のせせらぎのような
穏やかなるもの。

真のおいしさとは、
舌先で味わうのではない、
肉体が感じる心地良さ、
ひとつ一つの細胞が喜ぶものなのだ

 

「箸で盛ること」
の節では、和食の盛り付けに関して、
こんな話を披露している。

 和食では、料理を盛るときは、
箸を決して右手から離すことはない


和え物、酢の物なら、まず、
複数の食材をひとつのポールに入れて、
和え衣や合わせ酢を加え、
箸に左手を添えて和える。

左手で直接材料に触れて箸を添えて、
形を整えて、そのまま器に盛り込む。

料理する人の手は
清潔であることが前提であるが、
この左手は
「五本箸」と言われて直接料理に触れる。

このとき、和食のルールとして、
右手は箸から決して離してはいけない。

なるほど。
和食の料理人が盛り付けるときの
ある種の動きの美しさは、
こんなところから来ていたのかもしれない。

そして左手は料理以外に触れることはない。
もし両手で料理に触れてしまえば、
器にも、箸にも
触れられなくなってしまうからだ。

 汚れた手で、器や道具を触れれば、
器を汚し、道具を汚してしまうことになる。

両方の手でサラダを合えたり、
和え物をつくったりしているのを見ると、
あの手はいったいどうするのだろうか
と思ってしまう。

手を洗うにも、
水道のハンドルを汚してしまう。
手は洗ってきれいになっても、
再びハンドルに触れれば
また汚れると考えるのが
衛生管理である。

箸が清潔な和食をつくっている

こんな簡単なことでも、
ちょっと説明してもらえるだけで、
和食の盛り付けへの関心はグッと深まる。

しかもシンプルにしてreasonable。

 

そんな中、
妙に気に入ってしまった一節がある。
「おひつ」についての
土井さんの子どものころの思い出。

親子の会話の一場面だが、
なぜか言葉のトーンに愛があふれていて、
情景が優しい。

 おひつを見ていたら、
幼い頃に初めてご飯をよそった記憶が
甦ってきた。

それはちょうど
物心のつき始めた時期と重なる。

「ご飯は一度でよそったらあかんよ。
 二回に分けてよそいなさい」。

「よそった後、おひつの中に
 穴があいているようではあかんよ。
 ちょっとならしときなさい」。

子どもの頃きちんと教えられたことは、
いつまでも忘れないものだ。

「子どもの頃、きちんと教えられたこと」が
大人になってもごく自然にできる人は、
それだけで美しい。

 

 

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