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2016年6月

2016年6月26日 (日)

「ラヴ・ミー・テンダー」

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「ラヴ・ミー・テンダー」

- LもRもむつかしい -

 

ここに英語の間違いによる
笑い話をひとつ紹介したが、
一緒に思い出した話があるので、小ネタながら
そちらも忘れないうちに書いておきたい。

倉田保雄さんが書いた
「セ・ドマージュ・マダム」
から
雑誌「文学界」1990年11月号
(以下、水色部、本文からの引用)

エルヴィス・プレスリーの
「ラヴ・ミー・テンダー」
(Love Me Tender)を
日本人が歌うとLがRになり、
英国人やアメリカ人には、
Rub Me Tender」と聞え、
笑いをそそるのだ。

なぜかと云えば、彼らの耳には
「やさしく愛して」ではなく、
「やさしくこすって」と聞えるからで、
そうと知ったら
大抵の日本人も噴き出すに違いない。

よく例に出る
rice(米)がlice(シラミの複数形)
のように、日本人が発音すると
RがLになるパターンが多い気がするが、
「Love Me Tender」は
歌の一節でもあるので、
格好をつけようとして
LがRっぽくなることがある
ということなのだろうか。

雰囲気を出して、艶っぽく歌うと
よけいおかしい。

 

 フランス語のRも日本人には発音しにくい。
フランス語を学んだことのない
日本人旅行者などは発音できないと思う。

ことわっておくが、
だから悪いというのではない。

 パリの有名なホテルで、
クリヨン(CRILLON)というのがある。

国賓も泊るスーパー・デラックス・ホテルだが、
最近は金持ちジャポネがよく泊るようだ。

このクリヨンをフランス人が発音すると、
日本人には「クイヨン」と聞える
らしく、
「どちらへお泊りですか?」とたずねると、
「ホテル・クイヨンです」と云うので、
フランス人は思わずニンマリする。

 パリのタクシーの運転手などは、
若いマドモアゼル・ジャポネーズが
「ホテル・クイヨンヘ-」と頼むのを聞いて、
ジョークのネタになると
けっこう喜んでいるらしい。

 ちなみに、仏和辞典で
クイヨン(Couillon)を引くと、
「古、俗、きんたま」と出ている。

コーガン"無知"とはこのことか。

○ネタが続いてしまった。
失礼。

ただ、この話を聞いて以来
「厚顔無恥」の漢字が浮かばなくなって
困っている。

 

 

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2016年6月19日 (日)

「私はヒラリーの夫です」

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「私はヒラリーの夫です」

- たった一語の間違いで -

 

英語とわたし(岩波新書)
岩波新書編集部 (編集)

を読んでいたら、
こんなエピソードが出ていた。

新聞記者からキャスターになって
ニュース番組で活躍していた
筑紫哲也さんの書いた
「恥をかくことに慣れる」から。
(以下水色部、引用)

森喜朗首相が就任直後、
恒例通りワシントンに出かけて
クリントン大統領にお目見えした時に
あったとされる話である。

 どこまでも平均的な
日本の政治家のひとりであるこの首相は
英語ができない。

しかし、
後は通訳に任せるとしても、
最初のあいさつぐらいは英語でやりたいと
本人が言い出した。

そこでお付きの人がこう手ほどきをした。

- まずあなたはこう言うのです。

"How are you, Mr. President?"
  (大統領閣下、お元気ですか)

そうすると大統領はこう答えるはずです。

"I'm fine, thank you, and you?"
  (元気です。あなたはいかがですか)

そうしたら、あなたは一言、
こう返せばよいのです。

"Me too."
  (私も元気です)

 

"How are you, Mr. President?"
  (大統領閣下、お元気ですか)
"I'm fine, thank you, and you?"
  (元気です。あなたはいかがですか)
"Me too."
  (私も元気です)

中学校一年生レベル。
簡単な、かつ基本的なフレーズだ。

 さて、いざ本番という時に、
首相は緊張のあまりか、
最初のくだりをこう誤ってしまった。

"Who are you, Mr. President?"
  (大統領閣下、あなたは何者ですか)

 クリントン大統領は、
これは何かの冗談にちがいないと思い、
ユーモアを交えて返すことにした。

"I'm Hillary's husband." 
  (私はヒラリーの夫です)

 そうしたら、首相は教わった通りを口にした。

"Me too!"
  (私もそうです)

この話、聞いたことのある方も
多いのではないだろうか?

私も違う首相のエピソードとして
聞いたおぼえがある。

筑紫さんもすかさずこう継いでいる。

 森首相の名誉のために言えば、
これは実際にあった話ではない

筑紫さんによると、
日本以外の非英語圏の首脳についても、
名前だけを変えて
同じエピソードが語られたりしているようだ。

"How are you, Mr. President?"
と言うところを
"Who are you, Mr. President?"
と間違ってしまったというたった一語のミス。

それに即応する大統領のユーモア。

大統領の言葉を全く解さずに
練習(暗記)した通りに
"Me too"
と言ってしまったときの
意味の滑稽さ。

たった三行かつシンプルながら、
主役を代えて語り継がれるだけのことはある、
やはりジョークの名作だ。

 

と、英語の小ネタについて書いていた
2016年6月18日深夜、割り込むように、
以下のような英文がリツイートされてきた。

Dear God,

Last month
you took my favorite musician Prince.

Last week,
you took my favorite boxer;Muhammed Ali.

Today,
you took my favorite hockey player;Gordie Howe.

I just want to let you know
that my favorite candidate is Donald Trump.

Yours sincerely,

日本語では書きにくいので
英語のままで失礼させていただくが、
思わず笑った。
タイムリーだったので記録を兼ねて
添えておきたい。

 

 

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2016年6月12日 (日)

澄むと濁るで大違い

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澄むと濁るで大違い

- オレがやらなきゃ -

 

都内某オフィスビル、
お手洗いの個室に入ったら、
こんなステッカーが貼ってあった。

「省エネ対策のため
  6月から10月までのあいだ
  ウォシュレットの便座ヒーターを
  停止させていただきます」

後日、別な個室に入ると、
小さくいたずら書きされ、こうなっていた。

「省エネ対策のだめ
  6月から10月までのあいだ
  ウォシュレットの便座ヒーターを
  停止させていただきます」

濁点一箇所のみの追加。
「だめ」という脱力感がなんともいい。

(思わず携帯で
 証拠の写真を撮ろうと思ったのだが、
 男性手洗いとはいえ、
 場所が場所でのシャッター音は
 あらぬトラブルの元になるかも、と
 ビビってしまい、ガマンしてしまった。

 疑われた際、
 「おもしろかったので、
  ブログに使おうかと思って」
 なんて説明したら
 かえって怪しまれそうだ)

 

「世の中は、澄むと濁るで大違い」
の言葉遊びを思い出してしまう。
作品は多いが、傑作はやはりこれだろう。

刷毛(ハケ)に毛があり、禿(ハゲ)に毛がなし。

福(フク)に徳(トク)あり、河豚(フグ)に毒(ドク)あり。

「逃げる犯人(ハンニン) 追うは番人(バンニン)」
なんていうのもあるけれど、
先の二作には、及ばない。

 

ペンキで書くと、
小さな点は剥がれやすいのか、
いたずらというよりも経年変化で
濁る⇒澄む、になってしまうものもある。

忘れられないのは、
某社の工場でみかけたスローガン(?)

「オレがやらなきゃ、だれがやる!」

濁点が剥げ落ちてしまって

「オレがやらなきゃ、だれかやる!」

になっていた。

 

ペンキが剥がれる、
で思い出したのはコレ。
(ネットで拾ったものなので、
 出典がはっきりしない)

点と一緒に、まるまる一画(一本)が、
剥がれ落ちてしまったのか、
はたまた故意か。

偶然現れたメッセージは強烈だ。

Aijin

 

 

 

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2016年6月 5日 (日)

「政府」だけでは国にならない

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「政府」だけでは国にならない

- アフリカの国々の独立 -

 

前回に引続き、
4月から放送中のNHKカルチャーラジオ
歴史再発見「アフリカは今 カオスと希望と」

のテキストを中心にアフリカの歴史と今を
もう少し見てみたい。

講師はジャーナリスト松本仁一さん。

(以下水色部、テキストからの引用)

繰り返しになってしまうが、
前の回、最後の部分から始めたい。

【原住民の部族を無視した国境】

国境線はあるところでは
一つの部族の居住地区の真ん中を突っ切り
二つの国に分断した。

勝手な国境線はまた、
利害の相反する複数の部族を
一つの国の中
に取り込むことになった。

一部族の強制的な分断と、
複数部族の強制的な一国化。
これではひとつの国として、
まとまるはずがない。

しかも、
列強の植民地が並んでいたアフリカは、
再立国のまたとない機会
「独立」に際しても、
部族を無視した国境線を
そのまま維持してしまった。

 

【ナイジェリアの例】

 たとえばナイジェリアだ。

英国領のナイジェリアは、
北部イスラム系住民と、
南部キリスト教系住民を
囲い込んだ植民地だった。

独立に際して英国は、
その異なる文化の地域を分けることなく、
ひとつの国境のままで独立させた


分離すると、
北に接するフランス植民地に
とられてしまうかもしれないと危惧したためで、
植民地を独立させた後も
影響力を残しておきたいという計算からだった。

当然のように
内部紛争にもとづく戦争(ビアフラ戦争)が勃発。

現在も北部住民と南部住民の間には
深い溝が残り、国家的統合は進まない

もちろんナイジェリアだけではない。

 

【モノモタパ王国も】

1000年の栄華を誇った
モノモタパ王国はどうなったか


(中略)

1923年、
モノモタパのあった南部と、
別な部族の住む北部をひっくるめて
英領ローデシアとなる。

1980年にローデシアは独立し、
ジンバブエとなったが、
国境は英領時代のままだった。

モノモタパ系の住民は人口の二割。
北部住民は七割。
それが一つの国境線でくくられた


北部の代表者がつねに選挙で勝利し、
自派だけに利益を誘導した。

政治は腐敗し、産業が崩壊した。
インフレ率が数兆パーセントという
破滅的な状況に落ち込み、
国家は崩壊してしまった

「勝利が確定している」ことによる
恒常化した利益誘導。
腐敗は止められないものなのだろうか。

 

【植民地支配、そして独立】

 アフリカ各地に自然発生的に生まれた国家は、
武力を背景にした
西欧帝国主義のためにつぶされた。

それから数百年して独立は達成されたが、
植民地勢力が
勝手に引いた国境線に囲まれた国々は、
かつての王国とは似ても似つかぬものだった。

植民地支配からの独立における問題点。
もちろんそれは、国境線だけではない。

 

こんな例もある。

英国の慈善団体が「善意の行為」として
英国の奴隷を解放し、アフリカに返す、
というアクションを取った。

解放奴隷が住みついた町が、
(シエラレオネの)フリータウン。

【シエラレオネの内部差別】

 シエラレオネは1961年に独立する。
しかし近代型の国家を
作り上げることができなかった


移住した英国系黒人が
先住の現地黒人を差別支配したからだ。

黒人による黒人差別だった。
国民同士が対立し、
同じ国民としての一体感が欠けたまま、
「政府」と「国家」だけができる。

奴隷とはいえ、英国で育った人たちは、
読み書きや車の運転などの技術を身につけており、
アフリカの先住民より
かなり優位な立場にあったようだ。

しかも、アフリカに返されたとはいえ、
解放奴隷にとって、フリータウンは
生まれた町でも育った町でもない。

そのうえ、シエラレオネには、
巨大なダイヤ利権がある。

結局、権力者は、その利益を私物化し
一族で山分けすることに走ってしまった。
国造りではなく、ダイヤ利権の奪い合いが、
独立後の歴史になってしまっている。

 

* 元から住む部族を無視した国境線
  それによって引き起こされる部族間の対立
* 解放奴隷による先住民の差別
* 権力者による利権の私物化

講師松本さんの話に驚きながら、
3回に分けて見てきた
これらの問題点の他にも
よく報道されているように、
貧困、差別、飢餓、
警察をはじめとする
国家機能の正常化、などなど
アフリカには問題が山積みだ。

「独立だ!」と言って
「政府」だけを作っても、
ひとつの国にはならない。

 

 

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