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2016年5月

2016年5月29日 (日)

国境線の持つ意味

(全体の目次はこちら


国境線の持つ意味

- 国の境になるべきものは -

 

前回に引続き、
4月から放送中のNHKカルチャーラジオ
歴史再発見「アフリカは今 カオスと希望と」

のテキストを中心にアフリカの歴史と今を
もう少し見てみたい。

講師はジャーナリスト松本仁一さん。

(以下水色部、テキストからの引用)

前回書いた通り、
かつてアフリカで繁栄していた
ガーナ、マリ、モノモタパ、
などの王国は、どこも
治安の維持された安定した国家だった。

それが、どうして、
現在の混乱したアフリカの国々に
繋がっていくことになるのだろう?

【アフリカにあの男が到着】

1497年、
ポルトガルの航海者パスコ・ダ・ガマ
インド航路開発のため
二隻の艦隊でリスボンを出発し、
喜望峰を回ってインド洋に出た。

アフリカ東海岸で最初に寄った港は、
今のモザンビークのソファラだと見られている。

ガマが寄港したソファラ。
そこで彼が見たものは。
そこで彼が受けた扱いは。

 

【みすぼらしいポルトガルの船】

当時のソファラ港はモノモタパ王国の支配下にあり、
アラブ人商人と交易して栄えていた


ガマはポルトガル国王にこう報告している。

「われわれが入港すると、回りには倍以上もある
 大型のアラブ船が何隻も停泊していた。
 われわれの船はみすぼらしいほど小さかった

 黒い人々は、
 故国ポルトガルよりはるかに洗練された街に住み、
 豊かな生活をしている

ポルトガルの船がみすぼらしく見えるほどの
活気ある港。
ポルトガルより洗練された豊かな生活。
欧州に比べて、遅れているどころか
ずっと進んだ国だったのだ。その時は。

 

【野蛮な異国人扱いのポルトガル】

ガマは港の役人に、水と食料の購入の許可を求める。
しかし港の役人はちっとも来ない。
さんざん待たされてやっと役人が乗船してきた。

「役人は青い絹の服、絹の帽子を身につけ、
 堂々とした態度だった。
 われわれが贈り物を差し出すと、
 中を改めもせず後ろの召使にやってしまった。

 われわれは野蛮な異国人として無視された

 

【平和に続いていたアラブとの交易】

 アラブとの交易は、
長年にわたって平和的に続いていた


その交易で大きな富を蓄えていたアフリカの王は、
西欧のみすぼらしい船など相手にもしなかったのだ。

アラブとの平和な交易で栄えていた港。
「みすぼらしい」船から、
それを初めて見たガマは、
その後いったいどうしたか?


なんということか...

 

【ポルトガルの二度目の訪問】

 しかしポルトガルは、
次回は20隻に上る大艦隊を送る。
艦隊には100門もの大砲が積み込まれていた

モザンビークは
その武力攻撃の前になすすべもなく屈服し、
占領支配される。

以後5世紀にわたって植民地支配を受けるのである。

 モザンビーク以外の他の王国も同じ運命をたどる。
そしてポルトガルのあと、
ドイツやフランス、イギリスが続いた

ついに始まる西欧の植民地支配。

ただ、ここで注目すべきは、
植民地における入植者の支配そのものではなく
「国境線」。

【勝手に引かれる国境線】

 植民地支配の時代、西欧列強は地勢や気候、
そこに住む人々の生活などと関係なく

自分たちの力関係でアフリカに国境線を引いた。

ひとつの例として、
東アフリカのケニアとタンザニアの国境を
見てみよう。

インド洋から北西に
まっすぐ伸びた国境線(下図紫色の線)が
キリマンジャロ山の手前で
急に北にカーブしてクランク状となっている。

Kenya1

 

【ケニアとタンザニアの国境】

 この奇妙な国境線は、
1884年11月に開かれたベルリン会議で決まった。

ベルリン会議というのは、
欧州列強によるアフリカ分割の会議で、
翌85年2月まで3か月以上も続いた長い会議である。

その長い会議期間中に、
ドイツ皇帝のウィルヘルム二世が誕生日を迎えた。

英国のビクトリア女王が
誕生祝いに何が欲しいか尋ねる。
すると皇帝は
「万年雪のある山を一つ分けてもらえないか」
と答えた。

 当時、英領ケニアには
万年雪をかぶった山が三つあった。

キリマンジャロ山 (5895メートル)、
ケニア山 (5199メートル)、
エルゴン山 (4321メートル) である。

ケニアの南隣りのタンザニアに
万年雪のある山はなかった。

 ビクトリア女王は
「そんなものでいいの?」と気軽に承諾し、
一番南にあるキリマンジャロ山を
独領タンザニアにプレゼントすることにした。

それで国境が
不自然に曲がってしまったのである。

それから130年余がたった。
ケニア、タンザニアの両国は独立したが、
国境はまだ曲がったままだ。

そこに住む部族を全く考慮しない国境線。
それは何を生むことになるのか。

【原住民の部族を無視した国境】

両国の国境は住民の生活の都合などと関係なく、
英独の力関係だけで決まった。

国境線はあるところでは
一つの部族の居住地区の真ん中を突っ切り
二つの国に分断した。

勝手な国境線はまた、
利害の相反する複数の部族を
一つの国の中に取り込むことになった

一部族の強制的な分断と、
複数部族の強制的な一国化。
これでは国として「ひとつ」に
まとまるはずがない。

部族と国境線の話、
もう少し続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2016年5月22日 (日)

かつてのアフリカの王国

(全体の目次はこちら


かつてのアフリカの王国

- 不正を憎む規律正しい国々 -

 

以前、アフリカは大きい
アフリカがいかに巨大か、
アフリカの国の名前を
私自身がいかに知らないか、
を書いたが
その程度のことでも驚いてしまうくらいなので、
歴史となると
それこそ情けないくらいに何も知らない。

4月から放送中のNHKカルチャーラジオ
歴史再発見「アフリカは今 カオスと希望と」

は、そんなアフリカ無知の私にとって、
あまりにも強烈な内容だったので、
思わずテキストまで買ってしまった。

(以下水色部、テキストからの引用)

歴史や地理の話に限らないが、
基礎知識がない分野というのは、
固有名詞の語彙が極端に狭い。
固有名詞を知らないと、音だけは
「えっ?今の何?」と何度も躓いてしまう。

正しい固有名詞があるだけでも、
再確認や再検索の負担はかなり軽くなるので、
テキストがあるとおおいに助かる。

今も週一回のペースで放送中で、
6月末まで続く全13回にわたるシリーズだが、
これまで聴いた中から一部を紹介したい。

講師はアフリカでの取材経験が豊富な
ジャーナリスト松本仁一さん。

 

米国のシンクタンク「平和基金会」は
毎年、いくつかの指標ごとに
点数をつけて崩壊国家の順位を発表しているが、
2013年の崩壊国家ランキングでは、
ワースト20の内の15カ国が
アフリカの国
になっている。

なぜ、
崩壊国家だらけになってしまったのだろうか?

なぜ、治安を維持できない、
混乱した状態になってしまったのだろうか?

混乱の原因に触れる前に、
まずは、かつてアフリカにあった
安定した国々の話から始めたい。

 

【14世紀ごろの「32」の王制国家】

アフリカでは
9世紀ごろから王国が形成されはじめ、
14世紀ごろには大きなものだけでも
32の王制国家があった


そのいずれもが
きちんとした社会ルールを持ち、
正義を基盤とした規律ある国家運営をしていた

32もの王制国家があったらしい。
歴史上のアフリカ国家、
いくつ名前が思い浮かぶだろうか?

 

【ガーナ王国】

1067年、
アラブ人地理学者エル・ベクリが著した 
『北アフリカ誌』には、
ガーナ王国は8世紀ごろから栄えたと、
次のように書かれている。

「ガーナの国王は
 20万人の兵士を動員することができ、
 そのうちの4万人は弓矢で武装している。

 国家財政は、
 ここで取引される塩や金に対する課税で
 支えられる。

 王は異教を信じているが、
 大臣や官僚にはイスラム教徒が登用されている」

「王国の版図は、
 西はセネガル川、東はニジェール川に及ぶ。
 採れた金のうち、金塊は王の所有に属したが、
 砂金は自由な処分に任されている」 
 (山川出版社 『アフリカ現代史Ⅳ』)

 日本でいえば平安後期。
藤原道長が没し、
平家と源氏の隆盛が始まるころだ。
そのころアフリカにはすでに、
活気ある王国が成立していたのだ。

20万人もの兵を動員でき、
税と官僚組織も備えていたガーナ王国。

 

【マリ王国】

 アラブ人歴史家の
イブン・ハルドゥーンが残した記録によると、
13世紀ごろから現在のトンブクトゥを中心に
マリ王国が形成され、
14世紀初期、マンサ・ムーサ国王のときに
最盛期を迎えた。

マリ王国の繁栄は
ガーナ王国をはるかにしのぐものだった。

1324年、ムーサ王はメッカに巡礼する。

王の大行列は、往路、
エジプトのカイロを通過した。
その際、
行列を見物する人々に大量の金の粒をばらまく
そのためカイロの金相場が下落して大騒ぎになった。

 この事件で、
マリの繁栄は西欧にも知られることになり、
西欧の世界地図にマリが描かれるようになった。

文化人類学者の川田順道民は、
このときムーサ王が携行した金は
13トンに及ぶと推定する 
(山川出版社『黒人アフリカの歴史世界』)。

単純に今のレートで換算すると
13トンの金は500億円をはるかに超す。
金13トンを持って旅したマリの王様!

トンブクトゥには、
2つの大学、
180のコーラン学校があり、
学生の数だけでも2万人を数えたと言う。
キャラバンサライ(隊商宿)が軒の連ね、
職人や商人が町にあふれていた。

【マリ王国の規律と治安】

当時、世界的に有名だった
アラブ人紀行家イブン・バトゥータは
1353年、マリ王国を訪れて半年も滞在した。

その体験を、
後にイブン・ジュザイイに口述筆記させた
『旅行記』でこう述べている。

「マリの王は規律正しく国を治めている。
 王国の黒人たちの資質はすぐれており、
 彼らは他のどの民族よりも不正を憎んでいる

 王はどんな小さな悪に対しても厳しい。
 旅行者も居住者も、
 泥棒や暴漢の心配をする必要はなく、
 治安の問題はまったくない

「マリの国内で外国人が死んだとき、
 その財産がいかに莫大であろうと、
 没収されるようなことはない」 
(山川出版社『アフリカ現代史Ⅳ』)。

 日本の南北朝時代、足利尊氏のころだ。
そのころ世界に覇を唱えていた
イスラム社会の紀行家が感心するほど、
整備され、安定した王国がアフリカにできていた

「他のどの民族よりも不正を憎んでいる」
「治安の問題はまったくない」

講師の松本さんは、
「国家と治安」の関係を、
このあとも何度も何度も強調する。

国家に要求される最大の使命は、
治安を守ることだ、と。
民主的な政治システムなどというのは、
そのあとの課題だ、と。

 

【東アフリカには】

一方の東アフリカ。
19世紀、インド洋岸から
奥地に探検に入った西欧の探検家たちは、
海岸から約800キロ内陸に、
石造りの遺構を見つけた。

探検家たちはずいぶん面食らったようだ。

黒人は泥と草の家しかつくれない、
黒人に石造りの建物は作れないと
思いこんでいたからだ。

そのうち一人は、大真面目に報告した。
「われわれはついに
 シバの女王の都を発見した」

旧約聖書に登場するあのシバの女王??

【ジンバブエ遺跡:モノモタパ王国】

 それがジンバブエ遺跡だ。
ジンバブエの首都ハラレから南へ約300キロ、
第二の都市マシンゴ郊外の山の中にある。

遺跡は丘と谷の起伏を利用して、
1キロ半四方に広がっている。

 建築の素材は、
レンガ大に切りだした花崗岩だ。

何百万個という石を丹念に積み上げ、
見上げるほどの高さのある石壁を
つくりあげている。

石積みには、
アラブやインドの遺跡で見られるモルタル、
粘土といった接合剤をいっさい使っていない

同じ大きさの石を積み上げただけで、
高い尖塔やカーブした壁がつくられている。
「エンクロージャー」(大囲壁)と呼ばれる建築物は
王の宮殿跡とされる。
長円形で東西約100メートル、南北で70メートル。

その石壁の中にまた石壁の囲みがあり、
間を迷路のような通が走っている。
その道はすべて石の舗装だ

建物と建物をつなぐ回廊もすべて石造りだ。

この石都市モノモタパ王国の隆盛は
9世紀から19世紀まで、1000年にわたって続いた。

石造りの技術だけでなく、
もちろん財源も確保していたようだ。

【金を目方も量らずに・・・】

モノモタパの民はインド洋岸の港町に現れ、
アラブ人商人に
「金を目方も量らずに与え、
 代わりに色つきの布を得て帰って行った」という。

その金の鉱脈はどこにあったのか、
今ではまったく分からない。

 

ガーナ、マリ、モノモタパ、
どの王国も、
治安の維持された安定した国家だった。

それがどうして、
現在の混乱したアフリカの国々に
繋がっていくことになるのか。

長くなってきたので続きは次回にしたいが、
一節のみ、予告の文章を。

1497年、
ポルトガルの航海者バスコ・ダ・ガマは
インド航路開発のため
二隻の艦隊でリスボンを出発し、
喜望峰を回ってインド洋に出た。

アフリカ東海岸で最初に寄った港は、
今のモザンビークのソファラだと見られている。

 

アフリカの歴史に登場する西欧列強。
かれらがアフリカに対して何をしたのか、
今のアフリカの問題点の原点はそこにある。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2016年5月15日 (日)

山中湖周辺 春の植物アルバム (3)

(全体の目次はこちら


山中湖周辺 春の植物アルバム (3)

- リスの海老フライ -

 

2016年4月23日、
山梨県山中湖周辺の林に、
春の植物を見に行って来た、
の3回目。

1回目はこちら
2回目はこちら

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きょうは、この植物からスタートしたい。

【ツタウルシ】

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名前の通り、
ツタになって他の樹木に絡みついている。

近づくだけでもかぶれることがある、
と言われるほど、かぶれやすさでは
強烈な部類とか。要注意だ。

この時期、葉が紅いので目立つが、
特徴である3出葉という葉の付き方は
若くてまだわかりにくい。

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「樹木に絡みつく」仲間としてはこちらも。

【ツルアジサイ】

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大きな木に絡みつきながら、
どんどん上に登っていく。
10m以上にもなることもあるという。

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こちらのほうは、
「かぶれ」も「毒」も気にせず
安心してそばに寄れる。

 

そうそう、「毒」と言えばこれ!

【トリカブト】

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日本三大有毒植物のひとつ。
まさに死が絡む猛毒。

この時期は、葉だけで、
あの特徴あるトリカブトの形をした花は
まだ影も形もないので目立たない。

目立たないが、恐ろしさではピカ一。

特に葉だけを見ると、
食用にもするニリンソウやヨモギにも
よく似ているため「超」要注意だ。

 

【フデリンドウ】

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花の咲いた状態が「リンドウ」に似ていて、
閉じた状態が「筆(ふで)」に似ているから
「フデリンドウ」とか。

紫色の美しさはまさにリンドウを思わせるが、
とにかくサイズが小さい。
這うようにして写真を撮った。

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ちなみに、リンドウは竜胆(りゅうたん)と書く。

その根は、
苦味(がみ)が強いことでよく知られている
「熊の胆(い:胆嚢)」よりも苦いらしく、よって、
「熊」より強い「竜」が選ばれたのだとか。
「熊胆」より苦い「竜胆」。

実際に、リンドウの根には薬効がある。

 

【リスの海老フライ】

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林を歩くと、
リスが食べたあとの松ぼっくりをよく見かける。

松の実の部分を食べるために、
まわりを囓ってしまったあとの松ぼっくりは、
「海老フライ」そっくり。
まさに笑ってしまうくらいよく似ている。

リスの痕跡、という意味では、
このクルミもそう。

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どうやって割るのか、
あの硬い硬いオニグルミが
きれいにまっ二つに。

リスはもちろん中身しか食べないので、
いくつ割れたクルミが散らばっていようとも、
相棒は多くの場合そばにある。

なので、「貝合わせ」ならぬ「クルミ合わせ」を
大自然の中でゲームとして楽しむこともできる。

片割れとなる相棒が見つかると、
ふたつのクルミ片は、ぴったりくっつく。

 

【タラノキ】

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ちょうど、新芽(タラの芽)の季節。
驚くべきことに、人の手が届く範囲、
ほとんどすべての新芽が
刈り取られていた。

春の山菜の王者。
天ぷらや白和えなどで食べると美味しいが、
ここまでみごとに狙われているとは。

簡単には手が届かない、
高い高い部分の芽だけが残っている。

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【クマシデ/イヌシデ】

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おそらく
上が「クマシデ」で、下が「イヌシデ」

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果穂が、玉串やしめ縄につけられる
白い紙を折った「四手(しで)」に似ていることから
「シデ」と呼ばれる。

今は花の季節なので、果穂の様子も、また
「クマ」と「イヌ」とを区別する
葉脈の様子もまだよくわからない。

 

と、3回に渡って、山中湖畔で実際に見かけた
春の植物たちを並べてみた。

林の中を歩いた後は、
自転車を借りて湖畔を半周り。

途中、お茶に寄ったお店がほんとうに素敵だったので、
最後に軽く添えておきたい。

店内は美しいドライフラワーで溢れていた。

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リースだけではない。
どの花も色が美しい。

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お店の名前は「Paper moon」

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ケーキも紅茶も、
「ぜひもう一度行きたい」と
思わせる味。

喫茶エリアの横には、大きくはないが
洒落たセレクションの雑貨コーナもあり、
ドライフラワー以外を買うこともできる。

そこで見つけた
猫をモチーフとした針金細工。

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すっかり気に入ってしまい、
思わず購入してしまった。

植物だけでなく、
旅先での予期せぬお店との出逢いは、
ほんとうに楽しい。

以上、2016年春の小旅行の記録でした。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2016年5月 8日 (日)

山中湖周辺 春の植物アルバム (2)

(全体の目次はこちら


山中湖周辺 春の植物アルバム (2)

- カエデも花盛り -

 

2016年4月23日、
山梨県山中湖周辺の林に
春の植物を見に行って来た、
の二回目。
(一回目はこちら

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きょうは、この花からスタートしたい。

【ウグイスカグラ】

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鶯(ウグイス)と神楽(かぐら)、
品のある名詞を二つも確保。

この時期、
ピンクの小さな花が咲いているが、
のちに真っ赤な実をつける。

鶯が、細い小枝を避けながら
実をついばむその様子が
神楽を舞っているようだから、とか
鶯隠れ(ウグイスガクレ)から、とか
諸説あるようだが味のある名前だ。

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鶯(ウグイス)や神楽(かぐら)から連想される
空気感と
ラッパ状のかわいらしい花との間には
ちょっとギャップがあるけれど。

 

【サンショウ】

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香辛料としてよく使うサンショウも
この時期はまだこんな様子。

展葉前とはまさにこのこと。

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小さくても、そこには強い生命力を感じる。

 

【ミズキ】

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鹿の樹皮食いの被害に。
その傷口(?)を見ると、
名前の通り、水分が多いことが一目瞭然。

 

さて、ここからは、日本の林の代表格のひとつ、
「カエデ」を並べて見てみよう。

今回、見かけたのは以下の6種類。
「イタヤ  カエデ」
「ウリハダ カエデ」
「ウリ   カエデ」
「カジ   カエデ」
「アサノハ カエデ」
「イロハ  カエデ」

ちなみに、カエデは、
葉の形がカエルの手、
つまり「カエル手」から来ているらしい。

この時期の「カエデ」は、
まだ「カエル手」には見えなかったり、
花が咲いていたりで、
秋の紅葉とは全く違った姿を見せてくれている。

【イタヤ カエデ】

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葉がよく茂って、板で葺(ふ)いた屋根のように
雨が漏らないことから、この名前になったらしい。

雨宿りができるほどの繁りを生む葉も、
この時期はまだシワシワで、こんなに幼い。

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【ウリハダ カエデ】

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展葉前、つぼみのような葉が美しい。

名前の通り、まさに茎がウリハダ。
スイカやキュウリを思い出す。

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【ウリ カエデ】

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ちょうど花が咲いていた。
花と同様、
秋には葉が黄色に色づく。

 

【カジ カエデ】

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こちらは紅い花。

その葉の形状が(クワ科の)カジノキの葉に
似ているのでそう呼ばれるらしい。

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日本でよく見るイロハカエデに代表される
カエデの葉のイメージとは異なり、
カナダの国旗であるメープルカエデの葉に似た形に
なるという。

オニモミジの異名もあるくらい
大きな葉になるようだが、
今はまだ「オニ」には程遠い。

 

【アサノハ カエデ】

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しわのある葉が、麻の葉に似ていることから
そう呼ばれるらしい。

初々しい葉と、小さな花がほんとうに美しい。
紅葉の季節以外にも、こんなに「カエデ」を
楽しめるなんて。

 

【イロハ カエデ】

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カエデの最後は、やっぱりコレ。
もみじの代表格、イロハカエデ。

ちなみに「もみじ」とは
葉が色づくことの古語「もみつ」から。

秋に写真を撮ると、まさに「紅葉」として
まとめて撮ってしまうが、
春の様子は6種類ともこんなに違う。

 

【ヒナスミレ】

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まさに雛と呼びたくなるような
小ささ、可愛らしさ。
清楚という言葉が浮かぶ。

 

【ザリコミ】

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のちに真っ赤な実をつけるが、
この時期は小さな小さな黄色い花。

「ザリコミ」というちょっと変わった名は、
「ザリ」が砂利地、
「コミ」がグミに由来するのだとか。

グミ科ではないが、
赤い実がグミを連想させるからであろう。

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ちなみに、ぐみ(茱萸、胡頽子)は
古くからある和語。

お菓子のグミ
(ドイツ語でゴムを意味する"Gummi"に由来)とは
全く関係がない。

赤い実が、グミキャンディを
思わせるところもあるので、
ちょっと紛らわしいが。

 

【トサミズキ】

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ミズキ科ではないが、
ミズキ同様、樹液が多く、
春に枝を切ると水がしたたるほどだとか。

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ソメイヨシノのように、
花を咲かせたあと、葉が出てくる。
なので、今は花が散ったあと。

葉のシワシワ感が、初々しさを感じさせる。

なお、「トサミズキ」の「トサ」は、
発見地、土佐(高知県)から。

 

【シロモジ】

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樹皮の色により、クロモジとシロモジがある。
どちらもクスノキ科クロモジ属。
シロモジなのにクロモジ属とはわかりにくい。

シロモジの木は強靭で、杖に利用されたりする。

ちなみに、クロモジのほうの利用の代表例は、
爪楊枝。
逆に、爪楊枝のことを「クロモジ」と呼ぶのは、
ここから来ているらしい。

「モジ」が付くので女房詞からか、
という説もあるようだが真偽の程は定かではない。

 

春の植物の様子、もう少し続けたい。

 

 

(全体の目次はこちら

 

 

 

 

2016年5月 1日 (日)

山中湖周辺 春の植物アルバム (1)

(全体の目次はこちら


山中湖周辺 春の植物アルバム (1)

- スミレの由来は? -

 

2016年4月23日、
山梨県山中湖周辺の林に、
春の植物を見に行って来た。

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若い淡い緑が点描のように覆っている林だが、
多くの植物に出逢うことができた。
写真の整理を兼ねて、
一部その様子をお伝えしたい。

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この時期の山中湖周辺と言えば、
まずはこれから。

 

【マメザクラ】

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富士山近辺のみに生息し、
細い枝に小さな花を咲かせている。
訪問した4月23日、
山中湖周辺ではまさに満開。

花が「下向き」で「小さい」ので
「オトメザクラ」とも言うらしいが、
少なくとも平成の乙女ではないだろう。

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今回、ブログを書くにあたって、
おもしろい関連情報はないものかと
「オトメザクラ」で検索してみたのだが、
なぜか検索結果の上位には、
風◯関連の店名がズラリ。
植物関連の情報がなかなか出てこない。

下向きで小さいオトメは、
その業界でもウケがいいのだろうか?

 

林全体を見廻したとき、
大きな花は少ない。
そんな中、上のマメザクラと共に
目立っているのはこの白い花。

【コブシ】

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果実(集合果)が握りこぶしに似て
デコボコしていることからコブシ。

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花満開の時期なので
もちろん果実を見ることはできないが。

 

【ニガクリタケ】

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食用のクリタケと同じ木に
同居していることもあるというから、
厄介だ。

噛むと強い苦味を感じるキノコなので、
判別は容易、とモノの本には書いてあるが...

見るだけならいいが、
食べる「野生のキノコ狩り」は、
素人の私には全く手がでない。

 

【マムシグサ】

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まさにマムシを思わせる柄の茎が
すっーと伸びている。
正確には茎ではなく葉鞘らしいが。
マムシが直立して地面に突き刺さっている感じ。

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上端には苞(ほう)に包まれた花が咲く。
人を避けた方向に咲く、と言われるようだが、
確かに遊歩道を背に、咲いているように見えた。

 

【タチツボスミレ】

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紫色のかわいい花だ。

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花の形状が
大工さんが使う「墨入れ」を思わせるので
スミレという、なる説もあるようだが、
スミレは、
まだ大工道具としての「墨入れ」がなかった
万葉集の時代にもすでに詠われていた。
名前の由来は別にあるのだろう。

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松尾芭蕉の
「山路来て 何やらゆかし すみれ草」
のすみれ草は、
このタチツボスミレのことらしい。

 

【ヤマネコヤナギ】

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ネコヤナギから連想されるフワフワ感は、
まだこの時期にはない。

花は、明るい黄色。
鳥や動物の食料にもなるらしい。

サルも食べるので、別名サルヤナギ。
ベコ(牛)も食べるので
ベコヤナギがなまったもの、とする説も。

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【ネコノメソウ】

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「猫の目」と言う、形態の表現としては
いわば一等地の名前を貰っておきながら、
かなり注意して覗き込んでも
「猫の目」が連想できない。

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見るポイントが、探すポイントが
どこか的外れなのだろうか?

 

【アブラチャン】

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漢字では「油瀝青」と書く。
「瀝青」はコールタールなどを指す単語。

名前通り種皮や樹皮に油分が
多く含まれていて、
生木でも比較的燃えやすい。

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果実から絞った油は灯用としても使われていた。

それにしても名前の「アブラチャン」、
「チャン」という音は、
愛嬌はあるが、どうも落ち着かない。

 

【コクサギ】

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「コクサギ」
小さな『くさい木』とはあまりにも、の名前だ。
確かに匂いはあるが「くさい」と名付けられるほど
強い不快な匂いではない。
あまり匂わないのは、葉が若いからなのだろうか。

それにしても「臭い」と書くと
「におい」と読むのか
「くさい」と読むのか区別がつかない。

「匂い」と書くと 「いい匂い」を連想してしまうし。

 

林の中の春の植物、もう少し続けたい。

 

 

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