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2016年3月13日 (日)

壁が次々と倒れていく時代にあって

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壁が次々と倒れていく時代にあって

- 米国のゲーテッド・コミュニティ -

 

相変わらず目の離せないアメリカ大統領選。
過激な発言を続けている共和党のトランプ氏の、

「隣国のメキシコからの不法移民を防ぐために
 国境に壁を築くべきだ」


というコメントで思い出した
メキシコ国境近くの標識のことをここに書いたが、

米国の「壁」と言うと、
この本にも印象的な一節がある。

渡辺靖 著
「アメリカン・コミュニティ」
- 国家と個人が交差する場所 - 新潮社

(以下水色部 本からの引用)

 

この本、米国の中でも特徴のあるコミュニティを
いくつか選んで訪問し、そのコミュニティを通して
アメリカ社会を語っている。

例えば、
「刑務所の町、テキサス州ハンツビル」の章では

アメリカ全体では約220万人が収監されている

(中略)

刑務所関連の仕事に
携わっているアメリカ人は約230万人


アメリカ国内の三大民間雇用主である
ウォールマート、
フォード、
ゼネラルモーターズ
といった大企業の従業員数の合計を上回っている。

(中略)

アメリカ社会の影を映し出す刑務所であるが、
公共事業としての経済効果は大きく、
産業の空洞化に直面した地域にとっては
魅力的な存在だ。

「刑務所産業」という言葉があるぐらいである。

農業と違い季節や天候に左右されることもなく、
工業による環境汚染の心配も少なく、
住民の目に触れることもほとんどない。

景気に左右されることも少なく、
地域に安定した雇用と収入をもたらしてくれる。

といった、驚くべき数字も出てくる。
収監者総数220万人とは!
ちなみに日本は7万5千人(2010年)程度だ。

 

今回、「壁」で思い出したのは、
「ゲーテッド・コミュニティ
 カリフォルニア州 コト・デ・カザ」
という章。

今回の取材の目的地は、
ロサンゼルスから南へ約百キロ、
裕福で保守的なことで知られるオレンジ郡に位置する、
コト・デ・カザ(Coto de Caza)。

アメリカで最大規模の
ゲーテッド・コミュニティ(gated community)だ。

ゲーテッド・コミュニティとはつまり、
外壁やフェンスで周囲を囲い、
入口にゲートを設置することで、
外部からの自由な出入りを制限している
コミュニティのことである。


コト・デ・カザには2000年、
都市開発分野の世界最大のシンクタンクである
アーバン・ランド・インスティチュート(ULI)から
「卓越した新しいコミュニティ賞
(Award for Excellence for a New Community)」
が授与されている。

この、ゲーテッド・コミュニティ、
米国の富裕層住宅街には確かに増えている。

 ゲート付きのコミュニティそのものは、
超富裕層のための屋敷町という形で、
19世紀半ばにも存在していたが、
その増加がより顕著になっていったのは、
退職者向けヴィレッジが出現する
1960年代後半からだ。

その後、
リゾートやカントリークラブ近くの住宅地に、
そして郊外分譲地へと広がっていった。

特に、
1980年代後半からは、
高級不動産への投機や派手な消費主義を通じて
地位や威信を誇示する風潮が強まった。

1995年には400万人だった
ゲーテッド・コミュニティの居住人口は、
1997年には800万人、
2001年には1600万人
(全米の世帯数の5.9パーセントに相当)と
1990年代に飛躍的な伸びを遂げた。

わずか6年で、4倍にも広がっていたのだ。

もちろん、
「ゲートがあるからそれで安全」
と簡単にはいかない。

 しかし、近年の調査結果が伝えるところによると、
ゲート内部の現実は必ずしも思惑通りではないようだ。

都市政策学者エドワード・ブレークリーと
メーリー・ゲイル・スナイダーは、1997年に著わした
『ゲーテッド・コミュニティー米国の要塞都市』
(邦訳2004年)のなかで、

少なくとも統計的には、
窃盗や破壊行為がそれほど減っていない
ことを示し、

安易な警備設備への依存が防犯に関する責任感を
かえって減退させると結論づけている。

住民たちも、
ゲートによる心理的な安堵感は享受しているものの、
それは決して万能ではなく、その気になれば幾つもの
「抜け道」があることを悟っている。

 

ともあれ、米国で壁は増えている。
以下のデイヴィスの言葉は印象的だ。

著述家マイク・デイヴィスは1990年に出した
『要塞都市LA』(邦訳2001年)の中で、
次のように述べている。

 「東ヨーロッパでは壁が
  次々と倒れていく時代にあって、
  ロサンゼルスのあちらこちらで
  壁が作られているのだ」

 

最後に、トクヴィルの言葉を
添えておきたい。

ゲートの中に生きる人にとって、
ゲートの外の政治や社会のシステムが、
さして貢献する必要のない世界だとすれば、
「アメリカ」というより大きなコミュニティは
どうなるのだろうか。

今から150年以上も前、
アメリカを訪れたアレクシ・ド・トクヴィルは、
その古典的名著『アメリカの民主政治』のなかで
こう述べている。

 「各人は永遠にただ自分自身のみに依存し、
  そして自らの心の孤独の中に
  閉じ込められる危険がある」

 

一時的に、視野に境界を設ける効果はあっても、
壁自体が問題を解決してくれるわけではない。

 

 

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コメント

今日は。 
なかなか面白い話ですね。私達日本人はもっとアメリカ人(あるいは国家体質)
というものの”スピリット”を学ぶ必要がありますね。
あのトランプ氏が大統領になることが現実的な状況になってきましたので、彼が
大統領として次のようなことを言い出すことも今から想定しておくことはそう無
駄なことではないと思います(それはアメリカの利益代表の意見でもあります)。
・日本人は俺たち(アメリカ)が作ってやった憲法によって、戦争の時は必ずア
 メリカが助けてくれるだとか、アメリカが戦争でも援軍しなくてもいいことに
 なっていると思っている。これはとんでもない思い違いだから直してもらわな
 いといけない。
・北朝鮮のあの気の狂った指導者は早晩戦争を仕掛けるだろう。その時は韓国は
 もちろんだが、日本も戦争の最前線となるだろう。日本人がその自覚を持つこ
 とは絶対に必要なことだ。
ということになった時政府は、国会は、日本人はどう対処したらいいのでしょうか。

平戸皆空さん、
コメントをありがとうございます。

”スピリット”を学ぶ、には賛成です。
どんな言動にもそれを支えているスピリットがあるわけで、
そこが理解できていれば、
枝葉末節にこだわらなくて済むようになるわけですから。

ただ、それがむつかしいンですよね。

ご本人についても、支持者についても、
センセーショナルな言葉ばかりで、
ちっともスピリットが見えてきていません。

はまさん こんにちは いつも興味深いお話有難うございます。

以前、住んでいたバンコクの郊外にも壁で囲われゲートをガードマンが守る「コンパウンド」と呼ばれる、富裕層向けの住宅団地がたくさんありました。
日本よりもずっと格差社会で、土地の値段やガードマンの給料が比較的安いため、こういった形態の住宅地が多く存在できる環境にあったと思います。
ガードマンもそれなりに高い教育や訓練を受けてそれなりの給料を貰っている人もいますが、やはりいろいろなレベルのガードマンもいることも事実です。
いくら壁やゲートが立派でも、それを守っているのは「人」であるということを意識していないと、痛い目にあうようですね。

Khaawさん、
コメントをありがとうございます。
>いくら壁やゲートが立派でも、それを守っているのは「人」
まさにその通りだと思います。
壁が「立派」なことと、
「人」による危うさとの組み合わせが、
どこか不完全で、不自然なンですよね。
住んでいる人もよくわかっていると思うのですが。

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