「その街のこども」
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「その街のこども」
- 「忘れられないこと」が人を動かす -
1995年の阪神・淡路大震災から
今日1月17日で21年になった。
亡くなった方だけで6千人以上という大災害だったが、
震災関連では、そのちょうど15年後に作られた
「その街のこども」というドラマが忘れられない。
テレビでの放送後、ごく一部再編集されて
劇場版の映画としても公開されたので、
ご存知の方も多いことだろう。
元は、震災15年目の2010年1月17日の夜に
放送されたNHKのドラマ。
放送日の早朝に収録された
神戸「東遊園地」での追悼集会の映像を、
その日のうちに編集。
なんと当日放送のドラマの一シーンとして使った、
ということでも一部話題になっていた。
その後、少しだけ映像が追加されて
劇場版の映画として全国公開された。
劇場用に撮り直したものではない。
ほとんどテレビドラマのままだ。
「劇場版」のほうであれば、
今でもDVDで簡単に手に入る。
監督は井上剛さん、音楽大友良英さん、
そして脚本は渡辺あやさん。
脚本の渡辺あやさんの作品には、
「火の魚」というこれまた傑作があるが、
今日はDVDの紹介だけにしておきたい。
さて、「その街のこども」
監督、音楽の井上さん、大友さんは
のちにNHKの朝のドラマでも組んで、
名作「あまちゃん」を送り出している。
主演は、まさに神戸で実際に被災した
森山未來さんと佐藤江梨子さん。
劇中、二人はそれぞれ
小4と中1で震災を経験した役を演じているが、
二人の実年齢としても
ほぼ同じような年齢での被災だったはずだ。
ドラマは全編を通して、
ほとんど森山さんと佐藤さんとの会話だけで
進んでいく。
勇治(森山未來)と美夏(佐藤江梨子)は、
それぞれ小学校、中学校で震災を経験したものの、
今は東京で暮らしている。
そのふたりが、震災15年目の追悼集会の前日、
神戸で偶然に知り合い、
翌朝の追悼集会まで一緒に過ごすことになる。
初対面のふたりの、
たった一晩の小さな物語だ。
相場の10倍もの値段で壊れた屋根の修理を請負い、
父親は財をなすものの、
それによって壊れてしまった人間関係に
苦しみ続けている勇治。
親友(ゆっち)とその母を同時に亡くした美夏。
彼女は、一人残された親友の父親(おっちゃん)の
深い悲しみと苦しみを受けとめきれず、
東京に逃げてしまったことを今も悔いている。
境遇もキャラクタも全く異なる二人が、
震災の思い出をポツリポツリと話しながら、
真夜中の神戸を歩き続ける。
(以下水色部、ドラマのセリフから)
東京引越すって決まった時、
正直ほっとした。
やっとこの重すぎる謎から
開放される、思って」
勇治「そりゃ、ちょっとわかるな」
美夏「東京行ったら地震のことなんて
ぜんぜん思い出さんですんだし、
高校も遊びまくって楽しかったし。
よっしゃ、
私はもうずっとこれから
神戸のことなんか
忘れたふりして生きていこう、
そう思ってたんやけど」
勇治「じゃぁ、
なんで今ここにおんねん」
美夏「なあ。
けどな、
完全に忘れることなんて絶対無理やて。
逆に、
『もう前向きに生きていこう』とか
思うときほど
ゆっちとおっちゃんのこと思い出す。
真面目に一生懸命生きている人が、
幸せになれるとか、
そんな法則どこにもないのに」
勇治「いやいや、ごめん、その話やめようか」
美夏「なんでよ」
「じゃぁ、なんで今ここにおんねん」
このセリフはドラマの中に何度か登場する。
なぜ神戸に? なぜ追悼集会の前日に?
理屈ではない。
「忘れられないこと」がふたりを動かしている。
不幸って法則ないやん。
地震だけやなくてさ。
事故かて、病気かて、
いつ回ってくるかわからへんやん。
逃げられへんやん、だれも。
けどな、
忘れようとすればするほど、
心が冷えていくからな、
ガッツリ考えたほうがエエんかなぁって」
言うまでもなく、6千人の死という
ひとつの大きな死があるわけではなく、
一人の死が6千あるのだ。
たった一人の死「だけ」を描くことで、
6千の死の重みを感じさせるすばらしい脚本。
震災を利用して儲けてしまった父親をもつ
勇治の心の傷だって、
相当深くて描きにくいものだ。
屋根を直した家の前を通りかかったときに
よみがえる当時のイヤな記憶に怯える勇治。
そんな彼に、
家の前に放置されている子どものおもちゃを見て
語りかける美夏の言葉にはやさしい救いがある。
つらい思い出を語り合っているのに、最後はなぜか、
あたたかい気持ちで見終えることができる作品だ。
何度も観ているのに、
今年もまた見直してしまった。
いいドラマには、何度見ても新しい発見がある。
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