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2016年1月 3日 (日)

噺家の顔が消える

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噺家の顔が消える

- 消えたあとに見えてきたもの -

 

関東地方は天気にも恵まれ、
おだやかな正月三が日になった。

「はまのおと」
本年もよろしくお願いします。

 

年末の夜は、大晦日と言えば、の定番「芝浜」を
志ん朝のCDで聴き直したりしていたが、
初笑にももちろん落語は欠かせない。

たったひとりの噺家による落語の世界。
志ん朝の名人芸に浸っていたら、
ふと、ある言葉を思い出した。

スクラップブックをめくって
正確に確認しておきたい。

「真打ち昇進を一度拒否した真打ち 
 柳家禽太夫(やなぎや きんだゆう)」

 以下水色部分は、
 2001年11月11日朝日新聞の記事から。

A011111s

二つ目時代、
お客さんを笑わせるぞ、と
奮闘していた禽太夫さん。

「二つ目時代の高座は汗だくでした。
 笑わしてやるぞと肩に力が入るばかりで、
 奇声を発したり、大げさな表情をしたり。
 お客さんは気を使って笑ってくれるんです。

 一生懸命、笑いを押しつけていました」

2008年
禽太夫さんは、真打ち昇進を
「下手だから」と自ら断っている。

「オレの力でおもしろくできるんだ」
のオレ流に悩みだしたころ、
師匠の柳家小三治さんはこんな言葉を
禽太夫さんにかける。

「お前が押しかけるんじゃなくて、
 お客さんに自分が話す世界を
 のぞき込んでもらうんだ

さすが師匠!
まさにそれこそが落語の、
いや、舞台芸術すべてに通じる
ほんとうの魅力だ。

記事は、その世界を
こんな言葉で表現している。

しゃべっている噺家の顔が高座から消える。

客の頭の中で八つぁん、熊さん、
ご隠居たちが自由に動き回り、
彼らの表情や、
周囲の状況が目に浮かぶ。

落語の世界はおもしろい。

最初はのぞき込んでいたはずなのに、
気がつくと、中に入り、
その先の広い世界に自分が遊んでいる。

登場人物には表情があり、
場合によっては
匂いや日差しや風まで感じられる。

描かれてもいないのに、振り返れば
その方向の景色さえ見える気がする。

最新の3DやARなんて
それに比べればずいぶん表面的なものだ。

うまい落語は噺家の顔が消える!

消えたあとに見えてきたものの魅力は
見たことのある人だけの、
ある意味「宝」だ。

芸には、それを与えうる力がある。

今年はどんな「宝」に出逢えることだろう。

 

 

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コメント

hamaさん、明けましておめでとうございます。

今日の話も興味深く読ませてもらいました。「噺家の顔が消える」・・・噺家という存在が消えて、その物語りの世界が広がる感じ・・実に分かる気がします。 その様な経験をした時にその夢の世界から現実に戻ってきたときの至福感はかけがえのない経験となりますね。芸術に触れるときの喜びでしょうか? その様な気がします。

舞台芸術の世界において、観客を巻き込み、観客も舞台の一部となって堪能できることは凄いことですね。このような世界に浸ってみたいです。

今年も沢山の出逢いや感動が待っていると期待しています。今年もどうか宜しくお願い致します。

omoromachiさん、
あけましておめでとうございます。

早速のコメントをありがとうございました。

私も
>今年も沢山の出逢いや感動が
>待っていると期待しています。

「はまめも」M48にも書きましたが、

道は爾(ちか)きに在り、
事は易(やす)きに在り、

だと思っています。必要以上に難しく考えず
シンプルに行きたいと思っています。

今年もよろしくお願いします。

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