第62回 日本伝統工芸展
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第62回 日本伝統工芸展
- 魂がしおれないように -
日本伝統工芸展を観に行った。
今年でもう「第62回」にもなると言う。
親に連れられて初めて観に行った小学生のときから
すでに40年以上、もちろん見逃している年もあるが、
毎年たのしみにしている大好きな工芸展のひとつだ。
陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、諸工芸
の7部門の入選作品約600点を観ることができる。
似たような名前の工芸展は他にもあり、
いくつか観に行ったこともあるのだが、
ここの入選作がもつ
真正面から訴えてくる美と技の迫力は
他を圧倒している気がする。
もちろん工芸については素人なので、
「自分にとってヒット率の高い工芸展」
が、正確なコメントなのかもしれないが。
簡単には真似のできない、
確固たる技(わざ)に支えられて
初めて姿を現す美の世界。
効率とか生産性とかとは無縁の、
気の遠くなるような工数と修練と工夫。
逆に、効率や生産性にばかり
日々追われているエンジニアの私としては、
ときどきはこういうモノを見ないと、
魂がしおれてしまう。
これまでは、自分の好みもあり、7部門の中では
陶芸と木竹工に惹かれる作品が多かった。
ところが、今回はこれまであまり興味のなかった
金工と人形にすばらしい作品があった。
「日本工芸会」の写真を借りて
特に印象に残った作品を数点紹介したい。
(写真はすべて「日本工芸会」のページから。
写真をクリックするとその作品を紹介した
元データのある「日本工芸会」のページに
直接飛びます)
まずは、金工の作品。
家出隆浩(いえでたかひろ)さんの
編込接合器「ひびき」
(あみこみせつごうき「ひびき」)
赤銅と四分一(しぶいち)の
二種の薄い金属板を編んだあと叩いて成形、
その後、銀ろうを流し込んで接合するという、
竹工の網代編みの技法を金工に応用した鍛金作品だ。
成形された薄い一枚の板は
凸凹しているわけではないが、
文様自体は、細い金属板を編みあげて作ったもの、
ということになる。
作者は「あやおりがね」と呼んでいるらしい。
見たこともない技法だ。
でも、だからと言って技法だけでは作品にはならない。
規則正しい文様をもった板が、
大きく口を広げたやわらかみのある形に打ち出され、
美しい器となっている。
寄ってみると、
金属ならではの薄さからくるシャープ感に気づいて、
ちょっとはっとするような驚きもある。
続いて、人形。
井上楊彩(いのうえようさい)さんの
桐塑彩色「目覚めの刻」
(とうそさいしき「めざめのとき」)
これまであまり人形という分野に
魅力を感じていなかったのだが、
これにはまいった。
桐塑彩色とは、
桐の木粉(おが屑)と生麸糊(しょうふのり)を
練りあげた粘土状の素材に彩色したもの。
柔らかい質感が若い女性の表現にまさにぴったり。
とにかく形がいい。
手の指先からつま先まで、
伸びをしたときの生命感が
すみずみにまで宿っている。
品のある顔もいい。
人形そのものだけでなく、
人形を包みこむ朝の空気まで感じさせるような
そんな魅力がある。
陶器の中では、これが印象的。
井戸川豊(いどがわゆたか)さんの
銀泥彩磁鉢
(ぎんでいさいじはち)
井戸川さんは昨年(第61回)も
カイワレ大根の作品で入選していたと思うが、
同じカイワレ大根の作品ながら、
今年の作品のほうがずっといい。
形も色も上絵も側面の質感も、
カイワレ大根をモチーフに、
ここまで統一感があり、
かつ美しい作品を作れるものだろうか。
陶器の絵柄としてではなく、
カイワレ大根そのものが
陶器になって生まれ変わったような、
そんな気にすらさせる一体感がある。
他にも、
一見単純な幾何学模様のように見えるのに、
実物を見ると、なんとも不思議な世界に
幅の狭い帯ながら引き込まれてしまう
細見巧(ほそみたくみ)さんの
綴帯「晨」
(つづれおび「しん」)
など、魅力的な作品がたくさんある。
技はもちろん必要だけれど、
技の競技大会ではない。
そこから美にどうつなげていくか。
全体の絶妙なバランスの中、作品となって
まとまった姿はほんとうにすばらしい。
工芸品を通して
見えない「なにか」に惹きつけられる。
この快感は、この展示会の大きな魅力のひとつだ。
そう言えば、東日本大震災のあとは、
不安定な形の作品が倒れないよう、
テグスで作品を固定する品数が一気に増え、
一時は、特に陶芸エリアは、
蜘蛛の巣で覆われたようになっていた。
その比率も余震の減少とともに
ずいぶん元に戻ってきた。
もちろん壊れやすい作品もあるので
地震や転倒は心配だろう。
しかし、細い透明な糸であっても、
あの蜘蛛の巣は、観る側の視界を
「細さ」以上に塞いでしまう。
背の高い作品等、
ぜひ必要、というものだけにしてくれたのは、
観る側にとってはありがたい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この日本伝統工芸展、
今年の東京は終わってしまいましたが、
このあと来年3月まで、全国の主要都市を回ります。
もし、ご興味があれば足を運んでみて下さい。
工芸の好きな方にはお薦めです。
他の開催地はよくわかりませんが、東京は
ずーっと一貫して日本橋三越で開催されており、
入場も無料。
今年見逃した方はぜひ来年。
毎年9月中頃、NHKの日曜美術館で
入賞作品の紹介もしていますので、
観てから行くと、技法の背景までわかって、
より深く楽しめるかもしれません。
工芸品に限りませんが、
やはり実物を観てみないと、細部はもちろん、
質感とか透明感とか色とか角度による変化とかは
わかりません。
20回拭漆を重ねる、50万回叩く、
そんな言葉が飛び交っています。
美しいものを作るために、
美しいものと出逢うために、
なぜそこまでするのでしょう。
その先に初めて現れた美しさは
どんなものなのでしょう。
美と技の世界は、
まだまだ未知の魅力にあふれています。
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