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2015年8月16日 (日)

匂いは「形状」なのか「振動」なのか

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匂いは「形状」なのか「振動」なのか

- 24年前にようやく受容体発見 -

 

「原爆の匂い」の話から書き始めた
前回から引き続き

チャンドラー バール著
「匂いの帝王」早川書房

を読みながら、
「匂いはどうやって感じるのか」
の研究の歩みを見てみたい。

 

【振動説】
マルコム・ダイスンというイギリス人科学者が、
1938年<匂いの科学的基礎>という論文を
英国化学産業協会に提出。

「みなさん、人間の鼻は、どういうわけか
 肉でできた分光器ともいうべきものなのです」
とダイスンはいった。

その瞬間、英国化学産業協会の協会員たちは
両の眉毛を不審そうに吊り上げた。

分光器はよく知られた科学機器で、
あらゆる機器のなかでも
とりわけすばらしい能力を持っている。

分光器で物質を調べれば、
どんな原子が含まれているか
-「ここに硫黄が、そこに窒素がある」-
またどんな分子でできているかを
同定できるのだ。

これは分子振動を測定することによって
実現している。

あらゆる分子は脈打つように振動している

ひとまとめにする役を果たしている
電子の糸の振動によって、
分子は揺らめき、震え、鳴っている。

つまり分子は、奇妙に聞こえるかもしれないが、
一種の楽器なのだ


(中略)

ひとつの分子が持つ電子結合が多ければ多いほど、
揺れ動きは複雑になり、
さまざまな音で鳴るようになる。

それぞれの分子は独特の振動、
独特の音の組み合わせを引き起こす。

分子がどんな音を鳴らしているかによって
分光器はその正体を見極めているのだ。

振動説の優位点は、
匂いが即時的でありながら無制限であるという謎に
答えられる点にあった。

匂いは形ではありえない。
匂いは振動に違いないのだ。

それ以外に、どうすれば人間は、
あらゆる分子を即座に嗅ぐことができるのだろう、
とダイスンは力説した。

鼻は分光器に違いないのだ。

ダイスンの仮説はきわめて理にかなっていた。
事実を説明できる、という
すぐれた仮説の条件を満たしていた。

論理的で、洞察に満ちていて、独創的だった。
だが、ひとつだけ問題があった。
馬鹿げていたのだ。


馬鹿ばかしさの理由は単純だった。
分光器を肉で、人間の体でつくるなんて
どう考えても無理だったのだ。

カナダ人のR・H・ライトも1977年
<匂いと分子振動>という論文を発表して、
振動説をよみがえらせようとしたが、
同じ問題に直面していた。

 

【形状説】

ならば形だ、
匂いは形なのだということになった。

分子はみなでっぱりとくぼみと湾曲の
独特な組み合わせからなっており、
それらは指紋のように固有だ。

宙を漂っていた匂い分子が
受容体にとりこまれると、
受容体はその形を隅々まで探って、
「ああ! あれか!」と告げるというわけだ。

消化酵素や神経伝達物質や免疫系など、
他のすべての受容体は
(すでに解明されているように)
形に基づいて機能している。
それなら形が匂いに相違ない。
匂いは形なのだ。

 

生物学者は振動派と形状派に分裂した。
形状派を率いて振動派に戦いを挑んだのは、
イギリス人科学者ジョン・アムーアだった。

アムーアは鏡像異性体に着目。
鏡像異性体とは、
構成原子はまったく同一だが、
結合が鏡に映った実像と鏡像のような
関係になっているふたつの分子のこと。

カルボン分子にも鏡像異性体(R体とS体)がある。
R体とS体の振動数は同じ。
しかし、匂いは違う。

1980年までに、アムーアによる
人体分光器の馬鹿ばかしさの指摘と
形状派の「カルボン!」という
シュプレヒコールによって、
振動説は息の根を止められていた。

 

というわけで形状派優位ではあったが、
この時点ではまだ、匂い分子の形状を認識する
肝心の「受容体」が鼻に見つかってはいなかった。

生物学者たちの懸命の努力にもかかわらず、
嗅覚マシンにとってもっとも重要な、
匂い分子を実際にとらえる部品である
匂い受容体タンパク質が
鼻のなかで発見されていなかった
のだ。

受容体タンパク質がなくては、
知覚をきちんと研究することはできない。

視覚のために光子を受けとる受容体、
それにもちろん消化や免疫系や
神経伝達物質の受けとりなどなどのための受容体は
とっくに発見されていた。

ところが不思議なことに、
匂い受容体だけは発見されていなかった。
そんなことはありえないはずなのに。

何年ものあいだ、いくつもの研究所が、
嗅覚受容体を発見すべく
Gタンパク質共役型受容体の森へ
探検隊を送ったが、謎の匂い受容体は、
なかなか姿を現わしてくれなかった。

 そんなときにリンダ・バックという
若い生物学者が登場した。彼女は
コロンビア大学のリチャード・アクセル
研究室に所属していた。
アクセルは優秀で、精力的で、無愛想な
分子生物学界の大物だった。

(中略)

 匂いというスフィンクスの問いに
キャリアを賭ける覚悟を決め、
バックは匂い受容体を求めて
Gタンパク質共役型受容体の森に分け入った。

長くじれったい調査が続いたある土曜日の夜、
バックは自宅のキッチンテーブルで
データを見直していた。

そしてそのとき、求めていたものを
見つけたことに気づいたのだ。
バックとアクセルは
匂い受容体に関する論文を共同で書き

1991年に<セル>誌に発表した。

ようやくみつかった匂いの受容体。
1991年と言えば24年前の話だ。
そんなに古い話ではない。

分子の形状を受容体が認識し匂いを感じる」

これで匂いの謎はスッキリ解決!
となるのであろうか。

じつはそれほど単純ではない。
匂いの研究の話、もう少し続けたい。

 

 

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