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2015年8月 2日 (日)

「歯車のひとつ」

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「歯車のひとつ」

- 「正直、うれしかった」という感想 -

 

前回、日本の労働環境に対する
外国人のコメントを紹介したら、読んだ方から
思いのこもったコメントやメッセージをいただいた。

「もっと休みを取ろうよ」
という軽いメッセージを伝えたくて書いたのだが、
「働く思い」というのは、
経験や立場によってまさに千差万別。
どこに価値を見出すか、こそが
まさにその人にとっての「働く」ということなのだろう。

働く、と言えば
原稿用紙たった2枚の短い文章ながら、
忘れられないコラムがある。

今日はそれを紹介したい。

写真家の丸田祥三さんが、
朝日新聞1995年8月24日夕刊に書いていた
「歯車のひとつ」
という文章。(以下水色部は引用)

A950824e

 子どものころ、
テレビドラマ「時間ですよ」が嫌だった。

風呂(ふろ)屋が舞台で、
いつも脱衣所の場面で
女の人がオッパイを出していた。

スターの背後で、
ただオッパイを出すためだけに
存在させられる無名の人は
何を思うのかと考えてしまい、
耐え難かったのである

数年後、ワイドショーで、
その番組のスターがこんなことを言った。

「『時間ですよ』は、オッパイのおかげで
 高視聴率なんだと言われてホントに悔しかった」

何も考えず、
ただニヤニヤしながら見ていただけの私とは大違い。
こんなことを感じながら見ていた人がいたンだ。

後半のスターの言葉は、前半を読んでから聞くと、
それ以前とはちょっと違った意味で響いてくる。

 

1987年、映画会社に就職した。
自尊心の墓場であった。

長年助監督を務めながら、
映画の斜陽と合理化により、
夢を断たれた人がいた。

映画部門以外に配転された人の方に、
芸術家肌が多かった。
光る才の持ち主たちがつぶされてゆく様に
愕然(がくぜん)とした。

崖(がけ)っぶちのクリエーターたちは、
ヒステリックに営業職や事務職をバカにしていた。

 私は、企画部付の事務員を拝命した。
クリエーター集団の縁の下に潜む、雑用係だった。

 無愛想な駅員や、つり銭を放ってよこす店員や、
横柄な巡査の気持ちが、わかる気がした。

「自尊心の墓場」か。
確かにそこで働くのはつらい。

 

 翌年「障害者と十五年戦争」という企画書を書いた。

大組織のハグルマに終わりたくない、という一心だった。

常務に提出すると捨てられたが、
大先輩のU氏が推してくれた。
氏は監督だったが、個性が強すぎると言われ
数年に一本テレビを撮るだけであった。
しかし、いつも明るく、周囲の皆に優しかった。

 企画は、戦時中に様々な副次的軍事労働に
動員された障害者たちの、孤独と屈辱の記憶を
ルポしようというものであった。

しかし、幾人かに取材したところ、
こんな答えが一番多かった。

「あの時だけ世の中の歯車になれた。
 正直、うれしかった」。


他人の傷の深さは、
自分の想像力では測れないと痛感した。

「戦争の時だけ世の中の歯車になれた。
 それがうれしかった」

まさに自分の想像力の貧弱さを突きつけられるようだ。
逆に言えば、戦争でないとき、障碍者は
どのような思いで働いていたのであろうか。

 

企画は流れ、常務は高笑いし、
U氏は私をのみに誘ってくれた。

「そのうち、何とも思わなくなるから」。

嫌な人の存在よりも、
善人の限界を確認する方が辛(つら)かった

社会において「善人の限界」を知らしめられて、
悲しい思いをすることも、
やはり「労働の現場で」が多い気がする。

とは言え、辛いとか、悲しいとかばかりを
言ってはいられないので、
「そのうち、何とも思わなくなる」鈍感さを
身につけてしまう面があることも
残念ながら否定できないのだが。

 

「歯車のひとつ」という言葉は
使い古された表現で、それはいつも
ネガティブなイメージでのみ使われている
私にとっては安っぽい表現のひとつだった。

ところが、このコラムを読んで以来、
独特な奥行き感が伴うようになった。

 

 

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