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2015年6月14日 (日)

士(つわもの)に富む山

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士(つわもの)に富む山

- 『物語はないの?』 -

 

ある縁があって、
ポーランド人、スロバキア人、
ハンガリー人、アメリカ人、が
我が家に3泊することになった。

一組のご夫婦とその友人女性二人の4人組。
4人のうち3人は日本が初めて。

駅や電車の妙に丁寧で細かい表示板から
お手洗い(シャワー便座やトイレットペーパーの軸受け)、
鍵のかかる傘置き場、箸置きなどなど、
日本で見かけるあらゆることに興味津々の彼女らが、
どんなところに驚き、
どんなところに興味をもったのか、
それを羅列するだけでも楽しいのだが、
今日はそんな中から「あるひとつの質問」を
取り上げてみたい。

 

日本での限られた時間を
できるだけ楽しく過ごしてもらいたく、
観光でどこに行きたいか、希望を聞いてみた。
すると全員一致で「富士山!」

ちょうど5月の大型連休中だったため、
「どうやって行くか」「いつ行くか」
に選択肢があったのだが、
選択肢があるがゆえに、
渋滞と天気をいかにクリアするか、
が大きな課題となった。

天気予報サイトをこまめにチェックしながら、
ギリギリまで粘りに粘って
行程と日にちを決定した。

 

まず、行程。
* 首都圏から三島駅まで新幹線で移動。
* 三島駅前でレンタカーを借りる。
* 御殿場、富士五湖と、
  富士山を大きく反時計回り。
  最後に白糸の滝を見て
  新富士でレンタカーを返却(乗り捨て)。
* 新富士駅から首都圏までは新幹線で戻ってくる。

結論だけを言えば、この選択は大正解だった。
8人を乗せた大型ワゴンは、
ほとんど渋滞に巻き込まれることもなく、
連休中とは思えない快適さでスイスイ。

富士五湖近辺の逆車線は河口湖ICを目指してか、
かなりの渋滞だったので、反時計回りはお薦めだ。

そして最大の問題、天気。

これまた
「日頃の心がけがいい」とは
まさにこのことを言うのだろう。

この富士山をご覧あれ。

Img_1671s

Dsc_0600s

外国人はもちろん、日本人も
天気の幸運に感謝しつつ、みな大興奮。

ここに書いたコレ

Dsc_0106s

でお湯を沸かして8人分のお茶を入れ、
雄大な景色を眺めながらティータイム。
もう最高の気分だ。

 

「マウント・フジ」と言ったり、
「フジサン」と言ったりしているが、
「サン」と言うのは
日本人が名前につける「スズキ・サン」の
「サン」と同じなのか、
など、外国人ならではの質問がいくつも飛び出す。

そんな中、
「富士山にまつわる『物語』はないの?」
と聞かれた。

「えっ?
 ありそうだけれど・・・えーっとね」

読者の皆様、いかがでしょうか?
富士山にまつわる物語、なにか思い浮かびますか?

これほど広く愛されていて、
これほど多くの絵にも描かれていて、
関東地方では富士塚を見かけることも多いのに、
残念ながら「物語」はひとつも思い浮かばなかった。

質問されて初めて気がついた、
ちょっと不思議な驚き。
悔しい。

 

私自身の寡聞ゆえ、
ということももちろんあるだろう。

というわけで、帰ってきてからも、
「富士山にまつわる『物語』何か知らない?」
と機会と人を見つけては、聞きまくってみた。
それでもやっぱり意外なほどネタがでてこない。

唯一いただいたコメントがコレ。

「竹取物語の最後の部分なんてどぉ?」

 

竹取物語に富士山?
かぐや姫の話はもちろん知っているが、
そもそも竹取物語をちゃんと読んだことがない。

首相ですらポツダム宣言を
「つまびらかに読んでいない」のだから、
私が竹取物語を読んでいなくてもしかたがない。

とにかく、
「月に戻って、で終わりじゃないの?」
というレベルなので、
そこまでピンポイントで指摘してもらっても
悲しいかな、まったくピンとこない。

そうこうしているうちに、
ご丁寧にも、その部分を解説した
手書きのお手紙までいただいてしまった。

改めて少し調べてみよう。

 

竹取物語は、『源氏物語』に
「物語の出(い)で来はじめの祖(おや)」とある
現存する最も古い物語。作者は不明。

いわゆる「かぐや姫の物語」の部分については
今日は触れない。
(ちなみに、高畑勲監督の2013年の映画
 「かぐや姫の物語」も念のために見てみたが、
 こちらも「月に帰る」で終わっていて
 富士山は一切出てこない)

 

姫が月に戻ったあと、まさに最後の部分を
岩波文庫の「竹取物語」から引用したい。

薬の壺に御文そへ、まゐらす。
ひろげて御覧じて、いといたくあはれがらせ給て、
物もきこしめさず、御遊びなどもなかりけり。

大臣上達(かんたちべ)を召して、
「いづれの山か天に近き」
と問はせたまふに、ある人奏す、
「駿河(するが)の國にあるなる山なん、
 この都も近く、天も近く侍る」と奏す。

これを聞かせ給ひて、

  逢ことも涙に浮かぶ我身には
  死なぬくすりも何にかはせむ

かの奉る不死の薬に、
又、壺具して、御使に賜はす。

勅使には、つきのいはかさといふ人を召して、
駿河の國にあなる山の頂にもてつくべきよし仰(せ)給。

嶺(みね)にてすべきやう教へさせ給。
御文、不死の薬の壺ならべて、
火をつけて燃やすべきよし仰せ給。

そのよしうけたまわりて、
つはものどもあまた具して山へ登りけるよりなん、
その山を「ふじの山」とは名づけける。

その煙(けぶり)いまだ雲のなかへ
たち上るとぞ、言ひ傳へたる。

現代語訳は、ここから引用させていただく。

薬の壺にかぐや姫からのお手紙を添えて差し上げた。

帝は手紙を御覧になって、たいそう深くお悲しみになり、
食事もお取りにならず、
詩歌管弦のお遊びなどもなかった。

大臣や上達部をお呼びになり、
「どこの山が天に近いか」とお尋ねになると、
お仕えの者が奏上し、
「駿河の国にあるという山が、
 この都にも近く、天にも近うございます」
と申し上げた。

これをお聞きになり、

 <もう会うこともないので、
  こぼれ落ちる涙に浮かんでいるようなわが身にとって、
  不死の薬が何の役に立とう。>

かぐや姫が献上した不死の薬に、また壺を添えて、
御使いの者にお渡しになった。
勅使に対し、つきの岩笠という人を召して、
駿河の国にあるという
山の頂上に持っていくようお命じになった。

そして、山の頂でなすべきことをお教えあそばした。

すなわち、お手紙と不死の薬の壺を並べ、
火をつけて燃やすようにとお命じになった。

その旨をお聞きし、
兵士らを大勢連れて山に登ったことから、
実はその山を「富士の山(士に富む山)」と名づけたという。

そのお手紙と壺を焼いた煙が
今も雲の中へ立ち上っていると言い伝えている。

 

不死の薬を焼いたからではなく、
士(つわもの)を多く伴って登ったから、
士に富む山で「富士山」か。

「二つとない」の「不二」から、
という話は聞いたことがあったが、
「富士」の話は実は今回初めて知った。

直感的になにかあるかも、と思ったら
これは、という人に聞いてみるものだ。

それにしても最終行、
「煙が今も雲の中へ立ち上っている」とは。

竹取物語が何年に書かれたものかは
いまだ明確にはなっていない。
しかし、800年から1083年の間を見てみると
富士山には噴火した記録が約10回もあるという。
この煙は、まさに
ほんとうの噴煙を指しているのかもしれない。

 

読者の皆様、
「富士山にまつわる物語」で
他にも思いつくものがあれば、
ぜひ教えて下さい。

 

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