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2015年5月16日 (土)

生物は「なまもの」

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生物は「なまもの」

- 「なまもの」を薄く切れるか -

 

前回
「Y染色体の発見」という
性別決定のメカニズムを解明した、
ネッティー・マリア・スティーブンズ
の話を少し書いた。

ネッティーは
チャイロコメノゴミムシダマシという小さな虫を解剖して、
卵子と精子を取り出し、
それを毎晩毎晩あくことなく顕微鏡で観察し、
この大きな発見に辿り着いた。

「顕微鏡で生物を観察する」、
特に「細胞内を詳細に調べる」ということは
どういう点がむつかしいのだろうか。

福岡伸一著「できそこないの男たち」
光文社新書

にある、
福岡さんのわかりやすい説明を聞きながら
細胞を観察する人がどんなことをやっているか、
ちょっとその世界を覗いてみたい。
(以下水色部、本からの引用)

 

まず、もっとも基本的なことをおさえておこう。

顕微鏡で対象を観察する際の最大の問題は、
ズバリ「対象物の厚み」だ

顕微鏡で観察を行うとき、
もっとも大きな障害となるもの。

それは対象物そのものの”厚み”である。

厚みは光の透過を妨げる。

顕微鏡は構造上、覗く方向とは反対側から光をあて、
その光が対象物を通過してできた像を眼で捉える。

したがって対象物が厚すぎると、
光はそこでブロックされてしまい、
対象物は真っ黒なゴミの塊にしか見えない。

 たとえ光がなんとか透過できる厚みであっても、
もしそこになお細胞の層が
何層か重なっているようなサンプルであれば、
見える観察像は二重写しした写真のように
ぼやけた線が輻輳(ふくそう)する、
不明瞭なものとなってしまう。

そこで微小世界の観察者たちが心血を注いだのは、
いかに対象物を薄く"削ぎ切り"するかという課題だった

 

小学校のころに顕微鏡で覗いた
「ムラサキツユクサの葉裏」のようなサンプルは
特別なものだったのだ。厚さの点において。

自然がすべて、
ムラサキツユクサの葉裏のようなものであれば
事は簡単だった。
ゆっくりと薄皮を引き剥がす。
そこには一層の細胞が均一なシート状に広がった、
透明で端正な世界がある。

 しかし私たちの身体のほとんどは、
脳にせよ、肝臓にせよ、筋肉にせよ、
ぎっしり詰まった細胞の塊からできている。

チャイロコメノゴミムシダマシの
精巣あるいは卵巣も全く例外ではない。

これらの成り立ちを調べるためには、
塊を薄く薄く、
削ぎ切りにした「切片」を得る必要がある

 

では、どの程度の厚さにすればいいのだろう。

そこに要請される薄さは約10マイクロメーター。
これが細胞ひとつ分の厚みにほぼ等しいからである。

10マイクロメーターは、1ミリの100分の1。

いかに天才的な料理人といえども、また、
どんなに研ぎ澄まされた包丁を用意したとしても、
マイクロメーターの薄作りは不可能である。

そんなに薄くしなくても見える場合があるじゃないか、は
「精子だけを外から眺める」程度の場合であれば、
まさにその通り。

しかし、ネッティーは、
「外から眺める」だけでなく、
小さな小さな精子のその中を
詳細に調べる必要があった
のだ。

 いや、精子のような単独で運動している対象物なら
削ぎ切りにする必要などないではないか。

そのとおり。レーウェンフックはまさに
ただ見ただけで見えるものとして精子の存在を発見した。

しかし今、私たちが見たいのは、
個々の精子の存在だけでなく、
精子たちが押し合いへし合いしながら
作り出されている現場と、
ひとつひとつの精子の中身なのだ


そこには本当に、立てた膝に腕を回して
体育座りした小人ホムンクルスが
潜んでいるのかどうかを調べたいのである。

それをはっきりさせるためには、
精子の頭部をスパッと削ぎ切りにして
内部を覗いてみるしかない。

 

ところが、細胞を
100分の1ミリレベルで薄く切ることは、
そのままではできない。
それは、なぜか。

生物が文字通り、なまものだからである

水をたっぷり含み、
極めて柔らかな内容物を含みつつ、
硬い腱や繊維質で覆われた臓器や組織は、
弾性に富み、同時に、脆くもある。

これを無理矢理切ろうとすると、
柔らかな部位は潰れ、
硬い部分は伸びるだけ伸びた挙句に
引きちぎられることになる。

美しく切り出された刺身の断面は、
だから、ミクロな眼で見ると
月面以上に凹凸が広がる荒野となる。

 

どうすれば「生物」を
100分の1ミリレベルの薄さに
切ることができるだろうか?

すごいアイデアが登場する。

たしかにカツオの刺身はミリ刻みで作ることはできない。
でも、カツオが、かつお節であれば?


 かつお節には、十分な硬度があり、
しかも水分含量が低く、不均一な弾性がない。

かつお節削り器の刃を研ぎ澄まし、かつ、
その刃先の位置を微妙に制御してやれば、
かつお節の表面から、ミリよりもずっと薄い
削り節のひとひらが得られるに違いない。

 実に、今、私たち生物学者が使用している
ミクロトームと呼ばれる切片の切り出し器は、
かつお節削り器と全く同じ原理に基づいた装置である。

ただし、ミクロトームは、
かつお節の側ではなく、刃の側が動く。

(略)

ほとんどの場合、削りだされた切片は、
刃先の上に天使の透明な羽のようにそっととまっている。

私たちは習字用の細い筆を用意していて、
切片をそっと筆の毛先に移しとる。
それをスライドガラスの上まで慎重に運ぶ。

 

カツオの刺身を極薄に作ることはできないが、
かつお節であれば1ミリ以下でも可能。
少し解に近づいたかもしれない。

ところが、
かつお節を思い出してみればわかる通り、
仮に薄く切ることができたとしても、
かつお節では生物の観察にはならない。
大きな問題点があるのだ。

いくら薄いかつお節を削り取ることができたとしても、
残念ながら、かつお節からは、
魚の、力に満ちた筋肉細胞の様子も、
そしてこれから
私たちが観察しようとしている染色体のありさまも、
全く見ることができない。

そこにあるのは焼け跡か廃屋のような
暗い柱と梁(はり)の残骸だけである。

 カツオがかつお節になるあいだに
繰り返された乾燥・加温・脱水などの工程で、
生命のみずみずしさはすっかり失われ、
細胞の形もその中の微細な構造も
すべてが破壊されてしまっているからである


 では、カツオの細胞の様子を
できるだけ生きた状態に近いまま、
つまり細胞の形態や微細構造を保ちつつ、
"かつお節"をつくるにはどうすればよいだろうか。

生きた細胞の状態を維持して、
"かつお節"をつくる、
そんなことができるのだろうか?

この話、もう少し続けたい。

 

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