あらゆる場所が物語の力を秘めている
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あらゆる場所が物語の力を秘めている
- 故国の白樺のざわめきも -
1月15日、第152回の芥川賞、直木賞が決まった。
芥川賞は正式には「芥川龍之介賞」。
では直木賞は?
ご存知だろうか。
正解は「直木三十五賞」
「なおきさんじゅうごしょう」と読む。
芥川龍之介の作品も、
芥川賞の作品も、直木賞の作品も
何冊も読んだことがあるのに、
直木三十五の作品はひとつも読んだことがない。
どんな作品なのだろう。
さて、今回、芥川賞を受賞した小野正嗣さんの
受賞会見では、ふたつ、印象的な言葉があった。
忘れないうちにちょっと書き留めておきたい。
(以下、水色部、小野さんの言葉)
ひとつめ。
「批評でも活躍しているが、
自分をどういう作家だと分析しているか」
の質問に対して。
たいした研究者でも批評家でもありませんけど、
おそらく作品を書くことと読むことは
連動しているんじゃないですか。
素晴らしい作品を読むと、自分でも書きたくなる。
人間には模倣の欲望があるから、
いいものを見ると絶対にまねしたくなる。
けれども、素晴らしい作品というのは近づくと
「ここはすでにもうおまえの場所じゃない。
そうじゃないものを創らなければいけない」と
蹴っ飛ばす。
本を批評的に読むというのはそういう風に
ケツを蹴っ飛ばされる経験だったわけです。
いろんなものに蹴られながら、
自分の場所に向かっていく。
読むことは書くことに必ずつながっている。
「蹴られながら、自分の場所に向かっていく」か。
蹴られていることに気付く能力こそが、
才能の一部ではあるのだろうけれど。
ふたつめ。
大分県南部の蒲江町(現佐伯市)で生まれ育った小野さん。
大分合同新聞の記者がこんな質問をした。
「今までずっと書いてきた蒲江や
県南が舞台の作品で受賞した感想を」
小説とは土地に根ざしたものですよね。
土地があり、そこに生きている人を描くのが
小説の基本形だと思います。
あらゆる場所が物語の力を秘めている。
それをすくい取って書くことが、普遍的な力を持つ。
世界の優れた文学の多くは、土地と人間を描いている。
蒲江という土地も、非常に面白い場所です。
そういう個別の世界を描きながら、
掘り下げていくとある種普遍的なものにつながる。
自分が実現できるとはまったく思いませんが、
僕が大好きな文学はそういうものですので、
個別の世界を描きながらも普遍的なもの、
人間的な何かを描くことは可能であるし、
自分もできればそういう作品を書きたいという風に
常々思っています。
あらゆる場所が物語の力を秘めている。
そう言えば、音楽の世界においても
ピアニストの中村紘子さんは、
ロシア出身の作曲家ラフマニノフについて、
こんな話を書いていた。
(以下、緑色部、
中村紘子著「アルゼンチンまでもぐりたい」文春文庫
からの引用)
今から四分の三世紀前の十二月、
レーニンの十月革命から逃れるために祖国を離れた。
永遠の別れであった。
愛する家族を伴っての亡命ではあったが、
しかし彼はその後五年以上にもわたって
作曲することができなかった。
その理由を問われたとき、彼はこう答えたといわれる。
「どうやって作曲するのですか?
メロディがない、何もないというのに。それに」と
彼は弱々しく微笑んでしばらく沈黙した。
「私はもう何年ものあいだ、
(懐かしい故国ロシアの)ライ麦畑のささやきも
白樺のざわめきも聞いていないのですから……」。
八十四曲に及ぶラフマニノフの歌曲は、
ごく数曲を除いてみな、
彼がロシアにいたときに作曲されたものである。
土地が持っている力は、
土地に根ざしたものの力は、
もちろん小説や音楽の世界でだけの話ではない。
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