Villa Savoye (サヴォア邸)
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Villa Savoye (サヴォア邸)
- 「建築は写真ではわからない」 -
「ボンボン」の女性に
丁寧に道案内してもらって到着したサヴォア邸。
いよいよご対面だ。
「20世紀の住宅の最高作品の一つ」の入り口にしては、
中学校の裏門のようで妙に味気ない。
人ひとりが通れる程度にしか開いていない。
すこし林の中を歩く。秋の落ち葉がサクサクと心地よい。
いきなり右側前方が大きく開け、その全景が飛び込んできた。
緑の芝生の中、真っ白な箱が浮いている。
遠巻きにゆっくり歩いて全景を楽しむ。
まだ、全景を眺めているだけ。
近くに寄ってもいないのに、
強く感じるこのオーラはなんなんだ。
写真だけでしか見たことがなかったときに抱いていた、
マイナスの印象がどんどん溶かされていく。
おい、ずいぶん簡単じゃないか、オレ。
確かに形は単純だ。
特徴ある横長の窓は印象的なるも
タダの白い直方体と言えばそれまでで
無機質といえば無機質、
美しくデザインされた形というわけではない。
ところがこのインパクト。どう言えばいいのだろう。
放射してくるような魅力ではなく、
むしろ逆で、
引き込まれるような「引力」の魅力がある。
一軒家ながら、
360度、どの角度からも全景が眺められるという
立地条件も、くやしいくらいこの建物には合う。
依頼主、ユジェニー・サヴォワ夫人は、
1928年9月付の短い手紙の中でいくつかの希望を
ル・コルビュジエに伝えている。
その中のひとつがなんと
「3台の車を入れることのできるガレージ」。
モータリゼーションの時代を先読みしていたのか、
80年以上も前に、そんな注文を出すなんて。
ピロティで家全体を
2階以上に押し上げたような形になっているその1階部分は、
全体が車回しになっていて、
そのまま玄関前に車で乗り付けることができる。
1階平面図を見てみよう。
1階の壁面のカーブがまさに車の回転のまま。
注文の「3台の車を入れることのできるガレージ」は
残念ながら公開されてはおらず、
中を見ることはできなかった。(1階平面図右側)
ただ、1階部分の外壁の多くが
庭の芝生と同じ緑色をしているので、
まさに2階以上が浮き上がっているように見える。
我ながら情けないくらい簡単に
全景で魅了されてしまい、
闘争心はすっかり萎えてしまった。
「ほんとうに強いものは敵を作らない」
なぜかこの言葉がふと頭に浮かぶ。
全景を外から眺める分にはタダ。
玄関からの入場料は7.5ユーロ。
気分がすでに高揚していたせいか、
その時のレートで日本円にすると千円以上になるのに、
全く高いとは思わなかった。
さぁ、中に入ってみよう。
玄関ホールには解説本等、小さな売店のコーナがある。
すぐ横の螺旋階段のカーブが印象的だ。
さて、この家を語る時、必ず出てくる言葉があるので、
それだけ簡単に触れておこう。
それはル・コルビュジエ自身が提案したと言われる
「近代建築の5原則」
(実はこれは翻訳の間違いで正確には
「新しい建築の5つの要点」ということらしいのだが、
フランス語にも建築にも詳しくはないので
個人的にはどちらでも変わらない)
1. ピロティ (1階の支柱)
2. 屋上庭園
3. 自由な平面
4. 水平連続窓
5. 自由な立面
とにかく、サヴォア邸ではこの5つが
みごとに具現化されている。
鉄筋コンクリートの登場は、
石壁が床を支えるような石造りの家では不可能だったことを
次々と可能にしていった。
壁ではなく、柱が構造を支える。
それにより部屋も壁も自由に配置できるようになった。
水平連続窓も、まさに石造では不可能だったもののひとつだ。
石造りでは縦に細長い窓にするしかない。
大きな窓によって、近代建築の重要な特性となる
光と透明度が建物にもたらされることになる。
石造りから鉄筋コンクリートへ。
それによって獲得された自由を、制約からの解放を
ル・コルビュジエは、
まさに謳歌するように形にしてみせている。
訪問者が感想を書き込むノートが置いてある。
日本語のコメントもちらほら。落書きも楽しい。
2階に上がるには、螺旋階段とスロープの両方がある。
平面図[2]のスロープをゆっくり上ってみる。
2階の平面図。
平面図[5]の螺旋階段は2階でも美しい。
2階がまさにご夫妻の居住スペース。
平面図[6]のリビングはこんな感じ。
大きな大きなガラス窓はテラス側にある。
80年前、こんな大きなガラス窓は作れたのだろうか?
と思うくらい大きい。
テラス側からリビングを覗くとこんな感じ。
テラス部の立面にも窓と同じ高さの穴が
横長に大きくあけてある。
2階にある平面図[7]のキッチン
さすがに水回りには時代を感じる。
大きな収納棚と料理を出し入れする窓口。
棚にはアルミニウム製の引き戸がついている。
平面図[13]の浴室
デザインされた長椅子、カーテン、
天窓からの光。演劇の舞台のようだ。
実際に風呂に入っているところを考えると
かなり色っぽい、というかエロい。
絶妙な曲線を描く長椅子のせいだ。
スロープから2階のテラスを眺めながら
ゆっくり3階に上ってみよう。
3階の平面図
3階はまさに屋上庭園のみ。
風よけの壁でデザインされている。
壁の穴からはセーヌ川が眺められたらしいが、
残念ながら今は見えない。
室内に使われている色は少ないが、
一部の壁は単色で塗られており、インパクトがある。
特に、天窓からの光を効果的に使っている廊下は、
印象的だ。
二度も三度も、グルグルと家の中を行ったり来たり。
あぁ、こういうふうに見えるのか、という発見が続く。
いゃぁ、来てほんとに良かった。
名残惜しくて、最後に回りをもうひとまわり。
ル・コルビュジエ設計の上野の国立西洋美術館を
美術品ではなく建物をメインに訪問してみたい、と
改めて強く思いながら帰途についた。
しつこいけれど、もう一度。
これは80年以上も前の家だ。
「建築は写真ではわからない」
をまたもや痛感したひとときだった。
それを喜んで、写真で報告しているのは、
確かに矛盾しているのだが。
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はまさん、こんばんは。
「20世紀の住宅の最高作品の一つ」と言うだけあって、はまさんの説明を見ながら写真を眺めると納得出来ます。
最初の遠望からの全体像では、支柱の沢山あるシンプルな家としか思いませんが、次第に内部に入って行くと、全てか計算され、光の入りぐあい、らせんの使い方が凄いと感じました。
建築を知らない私ですが、直線を多用するシンプルな構造で無駄を省き大きな空間を確保出来たのはコンクリートと鉄筋が使えるようになったからでしょうか?
本文の途中で話された「ほんとうに強いものは敵を作らない」・・・分かる気がします。圧倒的に強い方に対して素直にまねたいと思うことがあります。
投稿: omoromachi | 2014年12月 7日 (日) 00時13分
omoromachiさん、
丁寧なコメントをありがとうございました。
私の拙い文章と写真からいろいろ感じていただけたようで、
紹介したものとして、これ以上の喜びはありません。
私も見ることだけは大好きなものの、
建築に関する専門知識はぜんぜんないので、
もっと勉強するともっと楽しめるのかもしれませんが、
そういったことを抜きにしても、
充分魅力的な建物でした。
「5つの要点」にしても、
一般的な概念や理論としてではなく、
説明用の言葉としてではなく、
まさに、具体的な形にして提示していることに
圧倒的な説得力があります。
ちょっと乱暴な言い方かもしれませんが、
のちに登場する住宅建築の「いいもの」は、
実は「すでに全部ここにある」
そんな気さえしてしてくるほど、
多くの要素が詰め込まれた家でした。
投稿: はま | 2014年12月 8日 (月) 22時40分