梯子に登った少年
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梯子に登った少年
- 「翻訳とは快楽の伝達である」 -
前回、柴田元幸さんのエッセイを紹介したが、
柴田さんで思い出した話がもうひとつあるので、
今日はそれを紹介したい。
東京FMの「未来授業」という番組での柴田さんの講義。
以下、水色部2013年10月28日放送分からの抜粋。
(Podcastで全内容をいつでも聴くことができるので
ご興味があれば「未来授業」のHPへどうぞ)
まず最初、
「翻訳家の仕事」のこの「たとえ」が実に明快でいい。
で、塀の内側にお屋敷があって
お屋敷の庭でなにか楽しいことが起きているらしい。
でも塀があるから、
塀の外にいる子どもたちにはそれが見えないわけですよね。
でも、たとえばそこに梯子が一本あって、
子どもがひとり登れば
その中で起きていることが見えて
外の子どもたちに教えてあげられるわけですよね。
で、ボクのイメージからすると、
翻訳者っていうのは梯子に登った子どもみたいなものですね。
中にある楽しいことを
それが見えない外の子どもたちに教えてあげる
そういうことですよね。
まずは面白さを伝えるってことが仕事なんだなと思うんですね。
だから、
「つまらない本を訳す」っていうのは論理的に間違っている。
っていう感じがしますね。
「つまらない本を訳す」っていうのは論理的に間違っている。
「面白くなければ伝えられない」ということだろうか。
簡潔な言葉で言い切ってしまっているが、
一歩引いて見ると「伝える」ということについて、
いろいろ考えさせられる。
翻訳者の感じる「面白さ」「快感」については
次のように続けている。
「翻訳とは快楽の伝達である」っていうことなんですね。
だから意味を伝えるんじゃなくて
翻訳者はある作品を読んで
頭っていうよりも体全体でその快感みたいなものを感じる、
で、それを読み手にも伝えるっていう
一種伝達ゲームのようなものですね。
ところで、翻訳家は「作者」と「読者」、
どちらの側に立っているのだろうか?
片っぽには作者がいて、
もう片っぽには読者がいて、
両者の都合は必ずしも一致しないわけですね。
だからその、
二人の女性に両方忠実を尽くす、というのは
あんまりいい比喩じゃないかもしれないけれど、
そういう風に両者の都合を考えつつやっていく仕事、ですが、
強いて言えば作者の代理というよりは
読者代表だろうと思いますね。
作者の代理ってできないですよね。
って言うかもう、
作品を書き終えられてしまった時点で
もう作者だってひとりの読者の側に回って
作者がその作品について言うことがべつに絶対じゃなくて
ひとりの読者としての
まぁ、かなり特権的な意見ではありますけど、
になってしまうと思うんですよね。
あるのはとにかく活字になったこの言葉だけであると。
その言葉が翻訳者にどう感じられるかっていうのを
別な言葉で再現していく
それが翻訳だとすれば、やっぱりそれは読者のやることですよね。
「作品を作り終えてしまったら、
以降は作者だってひとりの鑑賞者」
これは、文芸作品に限らず
創作に関わる多くのことに当てはまる。
作品は「活字になったこの言葉だけ」、で作者からは独立。
作者自身も、創作している時と、
作品を仕上げたあとは、ある意味別人。
独立した作品だけが、
作者も含めて多くの読者、鑑賞者を
たのしませることができるのだ。
それが面白いとき、必然的に
「快楽を伝達したい」と思う人が現れるということなのだろう。
そう考えると
「つまらない本を訳す」っていうのは論理的に間違っている。
の意味するところが、ようやく少しわかってきたような気がする。
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