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2014年9月 7日 (日)

根粒菌の話

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根粒菌の話

- 「生きている」って何? -

 

前回 の「空中窒素固定」について、では
レンゲの根粒菌から話を始めた。

調べる途中で割り込んできた
「ハニーフラッシュ!」に目が眩み(?)
結果的にその「びっくり報告」だけになってしまったが、
今日は、話を戻して根粒菌を詳しく見てみたい。

 

名前だけ聞くと、
「根に付着するツブツブの菌」
くらいしかイメージできないかもしれないが、
この根粒菌、
付着なんていう優しい付き方ではないのだ。

どうなっているのかを
中屋敷均著 「生命のからくり」 講談社現代新書
に教えてもらおう。(以下水色部、本からの引用)

 

根粒菌はレンゲなどのマメ科植物の根に
コブ(根粒)を作って棲息し、
宿主が光合成で作った炭水化物を利用しながら窒素固定を行い、
固定した窒素をアンモニアとして宿主に提供している


この現象を利用して、レンゲについた根粒菌の作用により
空気中の窒素を固定し、それを緑肥として鋤き込むことで
田んぼを肥沃にできる。

これが田んぼにレンゲが植えられていた理由である。

ここまでは、前回の復習。

 

【レンゲは自分に合った菌のみを受け入れる】

  このマメ科植物と根粒菌の関係は、
厳密に制御された複雑な生物現象であり、
特定の根粒菌パートナーを
数多い微生物の中から選択する機構が詳しく解明されている。

根粒菌が産生するノッドファクターと呼ばれる
短いオリゴ糖(リボキトオリゴ糖)が
植物に受け入れてもらうための「手形」のような働きをしており、
植物は自分に合った「手形」を持った根粒菌だけを受け入れる

「受け入れる」とはどういうことだろう。

 

【細胞に招き入れられたうえに住処まで作ってもらえる】

「手形」が有効だった場合には、根毛内にトンネルのような
「感染糸」と呼ぼれる管状構造が形成され、
それを通って根粒菌は根の内部組織である
皮層組織まで招き入れられる。

そこで活発な宿主細胞の細胞分裂が誘導されて、
根粒菌の住み処となるコブ、すなわち根粒が形成される

「根粒の中で菌と植物が共生している」と言うと
「カクレクマノミが
 イソギンチャクの中で隠れて暮らしている」といった、
ほのぼのとしたイメージが湧いてくるが、
同じ「共生」と考えられている現象でも、
実態はかなり異なっている。

クマノミ類は、ディズニーのアニメ映画
「ファインディング・ニモ」のニモのモデルだ。
アカデミー賞で長編アニメ賞を受賞しているので、
ディズニーファン以外でも知っている方は多いだろう。
(カクレクマノミがモデル、と言うと正確さを欠くらしい)

クマノミは、イソギンチャクの中に潜み、
イソギンチャクの刺胞、つまり毒針で
外敵から身を守ってもらう。
一方イソギンチャクは、クマノミから**の恩恵を受ける。
(**の部分は諸説あるようで
 どうもはっきりはしていないようだが)

いずれにせよ、
「お互い助け合いながら、それぞれ別々に生きる」という
共生とは、全く違う関係がそこにはある。

侵入者に対して、
「細胞の中にまでどうぞ」と言う特別待遇にも驚くが、
宿主は、その外部からの侵入者のために、
体内に住処(すみか)まで作ってくれるのだ。

 

【細胞分裂を停止しバクテロイドに】

感染糸を通って皮層細胞へと到達した根粒菌は
*エンドサイトーシスにより、
細胞膜に包まれた形で皮層細胞内に取り込まれることになる。

再び、「細胞内共生」である。
細胞内に取り込まれた根粒菌はしばらく活発に分裂するが、
その後、細胞分裂を停止して

バクテロイドと呼ばれる状態へと変化していく。

(*エンドサイトーシスとは
 細胞が細胞外の物質を取り込む様式の一種。
 細胞膜の一部が陥没し、対象物を取り込み、
 そのくびれ部が融合してちぎれる様式。
 このことによって、細胞膜に包まれた小胞内に
 対象物を包み込んで細胞内に取り込むことになる。

せっかく内部にまで侵入させてもらえたのに、
ご本人は細胞分裂を停止して静かになる。で、
このあと、自身が変化を始める。

 

【共生して初めて窒素固定を実行】

バクテロイドはさまざまな意味で、
通常のバクテリアとは異なっている。

マメ科のモデル植物である
タルウマゴヤシの根粒菌を例にして紹介すると、
まず形態的には細胞が肥大・伸長し、同時に多核となる。

その後は自らのDNA複製も行わなくなり
発現される遺伝子の種類も大きく変わっていく。

意外なことだが、根粒菌は土壌中で単独で生活している際には
実は窒素固定を行わないと考えられており、
植物と共生して初めて窒素固定を行うようになる。

宿主への侵入に成功した菌は、
なんと、自分のDNAの複製を行わなくなるだけでなく、
発現遺伝子も変化してくるのだ。

 

【細胞分裂を停止し、自身の遺伝子は宿主ために】

窒素固定反応を担う本体はニトロゲナーゼという酵素であるが、
この遺伝子の発現は単独生活の場合は、ほぼ認められない。

しかし、バクテロイド中では、
その発現が通常の1000倍以上にも上昇し、
バクテロイド全タンパク質の10~20%を占めるようになる。

 さて、このバクテロイドとは、いったい何なのだろう? 
自分自身の細胞分裂も止め、発現している大半の遺伝子が 
「自分には必要のない」窒素固定に関するもの
だ。

あたかも植物の細胞に窒素固定のための工場
あるいはオルガネラができたかのようである。

宿主のための窒素工場に自らが変化するなんて!

 

【もはや単独では生きていけない】

特に、タルウマゴヤシ型のバクテロイドは
なんとも不思議としか形容できない状態になっている。

というのも根粒からバクテロイドを再分離し
培地で培養しても、
独立して生きることのできる根粒菌は
ほとんど復活しないことが示されているのだ。

すなわち植物の細胞の中では、
生態的にも生理的にも機能を持ち、
問題なく「生きている」ように見えるバクテロイドも、
宿主植物との短い共生の間に
すでに単独では生きられない形へと変化してしまっている

(正確には、このバクテロイドへの変化は
 宿主植物が誘導していることが近年明らかとなった)。

この状態になると植物細胞が生きている限りは、
バクテロイドも生体として機能を保てるが、
植物が括れると同時にバクテロイドも死んでしまうことになる。

根粒菌のバクテリアとしてのアイデンティティーは
すでに失われてしまっていると言って良いだろう。

菌を体に取り込み、
自らが成長するための窒素工場へと変化させてしまう植物。
なんという仕組みだろう。

 

【独立生活できる根粒菌もある】

根粒菌は特定の植物をパートナーとすることを先に述べたが、
たとえばマメ科植物のもう一つのモデル植物である
ミヤコグサの根粒菌はまた系統が異なっている。

この場合には、バクテロイドとなっても、
遺伝子発現こそ変化するものの、
形態的には正常で根粒から再分離するとほとんどの場合、
独立生活する根粒菌が復活する

こちらの場合は、文句なしに「生きている」と言って良い状態だ。

では、すでに単独では生きられない
タルウマゴヤシ型のバクテロイドは、
「生きている」と言えるのだろうか。

AとBを独立した生物として分けている境界、
「生」と「死」の境界、
どちらもかなり不明瞭なものであるということがよくわかる。

01というデジタル的な世界で捉えようとするから
「不明瞭」という言葉を使いたくなるが、
もともとどちらも連続的なものなのかもしれない。

 

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コメント

はまさん こんにちは、根粒菌の話、興味深かったです。
人間が、化石燃料の莫大なエネルギーを使って空中の窒素固定を行い窒素肥料を作っていることを考えると(ただ、私の記憶が正しければ、今は石油コンビナートでの副産物として窒素肥料を作っているのが大半だと思いますが)、マメ科植物と共存する根粒菌の話、本当に自然や生物の偉大な力を感じます。
しかも生命とは何かを考えさせられました。確かに連続的なものの中に明確な線引きは難しいと思いますね。

Khaawさん、
コメントをありがとうございます。
>自然や生物の偉大な力を感じます。
ほんとうに不思議なことだらけで、
知れば知るほど興味は深まるばかりです。

どうしてこんな連携プレイが
なんの練習もなく(!?)
うまく行くのだろう、と。

小さなエピソードではありますが、
「独立して生きている」ってどういこと?
を改めて考えさせてくれるトピックスだったので、
紹介させていただきました。

個体についても、生死についても、
無理やり分けようと線を引くのではなく、
連続性の中で捉えることが、
重要な見方のような気がしています。

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