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2014年8月16日 (土)

世界ことばの旅 (5)

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世界ことばの旅 (5)

- 「ブッシュマン」の吸着音 -

 

研究社の「世界ことばの旅」という
2枚組CDからの世界のことばの話、5回目。

Photo

(画像をクリックすると
 別タブでAmazon該当ページに。
 以下水色部は解説の小冊子から引用)


【5-1 ルーマニア語】

名詞には性・数・格の区別がある。
珍しいのは、いくつもある冠詞の1つ、
定冠詞が冠詞といわれながら
名詞に後置される
ことで、
いわゆる「バルカン言語連邦」の
1つの現象である。

冠詞が名詞の「後ろ」に置かれる、これは面白い。
沓詞なんてことばはないが、
後ろにあるのに冠では確かにヘンだ。


【5-2 バスク語】

話者数は約60万人、
スペインに50万、フランスに10万。

バスク語はヨーロッパの中に
同系の言語を持たず

(これは数詞をきいただけで分かる)、
しばしば謎の言語と思われ
ヨーロッパの諸言語がくる以前の
ヨーロッパにあった言語の
名残ではないかともいわれている。

一部でカフカース諸島、
特に南カフカース諸語との
同系説がいわれて久しいが、
これはまだ実証からは程遠い。

しかし、能格構文、動詞の多人称性、
数詞が20進法
なことなど、
カフカースのグルジア語と共通点がある。

タイプは膠着語。

方言が村ごとにある
といわれるほどあるのも
その大きな特徴である。

バスク語は独裁者フランコにより
使用が禁止されていた40年間に
話し手の数が減少したが、
今世紀後半に入って
バスク語の環境が整理され、
やや回復に向かいつつある。

文字はラテン文字で、
一音一文字のアルファベット。

同系言語がないことは
「数詞をきいただけで分かる」らしい。
さっそく、その部分だけ聞いてみよう。

(同系言語のない謎の言語という感じ、
 します?
 私には全くわかりません)


【5-3 アイルランド語】

一説では母語人口5000人余り
とも言われれている。
名詞は4つの格がある。

数は双数があるが、これは2という数字が
結びついたときに使う。
ペアーをなすものは全体で1つと考え、
単数を用いる

その一方をいうときは
「半分」という表現をするので、
これは
日本語の「片目、片手」というのと
似ていて面白い。

なるほど。
もうほとんど無意識のうちに使っているが、
「ペアをなすものは全体で1つと考える」から
「片目、片手」と言うのか。


【5-4 アイスランド語】

19世紀に起こった清浄化運動の結果、
デンマーク語やドイツ語の語彙を追放、
外来語は極端に少なく、
翻訳借用により新語を形成している。

面白いのは人名で、
男はほとんど
「息子」を意味する-sonに終わる

有名な学者Helgasonもそうなら、
この録音の話者もそう。

清浄化運動で外国語の語彙を追放、
そんなことができるものだろうか。


【5-5 ノルウェー語】

時制は2つの単純時制と
6つの複合時制
を持つ。
今世紀の初頭に独立するまで、
スウェーデン、デンマークの
支配下にあったこともあって、
言語に4つの形態があり、
これが方言とも関係していて複雑である。

「2つの単純時制と6つの複合時制」か。
あまり思い出したくはないが、ギリシャ語の
「4つの過去、3つの未来」を思い出してしまう。


【5-6 スウェーデン語】

性は2つで中性と共性。
冠詞は不定冠詞と定冠詞で、
前者は名詞の前に立つが、
後者は名詞に後接される

形容詞は性・数・定/不定で変化する。

「ルーマニア語」にもあった
名詞の後ろに置かれる「冠詞」。
性や数で形容詞が変化する
というのも面白い。


【5-7 オランダ語】

珍しいのは[g]の音のないことで、
オランダの画家Goghは
"ゴッホ"より"ホッホ"に近い。

人名、固有名詞はほんとうにむつかしい。
さらに外国人は勝手に
自言語読みをしてしまうから、
外国人同士が話をすると
さらにわからなくなる。

以前、アメリカ人と
オランダのアムステルダムに
出張したことがある。
運良く土日を挟んでいたため
休日はいっしょに観光に。

網の目のように運河が広がる
アムステルダムの街の散策は
ほんとうに楽しかったのだが、
途中、「これからどこに行く?」の
話をしていたとき
 私は「ゴッホ美術館に行きたい」といい、
 連れのアメリカ人は
「ゴー美術館に行きたい」と言った。
お互い一瞬「どこのこと?」と
よくわからず困惑顔。

実は双方、同じところに行きたがっている、
ということがわかったときは、
お互い「ゴッホ」「ゴー」と
相手の真似を大袈裟にして、
大笑いになった。なつかしい思い出だ。


【5-8 アラビア語】

有名な3母音の言語で、
2つの半母音と26の子音を有する。

文字はいわゆるアラビア文字を遣い、
右から左へ横に書き、
短母音は書き表わさない。

母音がたったの3つ。
母音の数というのは、
長・短、二重・三重も含めて、
数え方の定義が
かなりあやふやなもののようで、
「多い方」については
たいてい諸説があって、
特定しにくいものらしい。
でも、さすがに「少ない方」も3つなら
異論も少ないことだろう。

発音に関してではないが、
この「右から左へ横に書く」というのも、
アラビア語とヘブライ語ぐらいでしか
聞いたことがない。
右利きだと書いた文字が
どんどん読めなくなるので、
かなり扱いにくい。

利き手の比率が
民族や時代によって変化したのかどうか
はわからないが、
書く方向の起源を考える時、
ペンのようなもので
スラスラ書く、ということとは
別の書き方をイメージしないと
いけないのかもしれない。


【5-9 コサ語】

コサ語には
音の面でいろいろな特徴がある。
まず5母音の言語で、開音節であり、
日本語の「ン」のような音があるが、
これらはバントゥー語と共通である。

一方、南バントゥー諸語のみ
共通の要素があって、
声門から上の口の空気だけで出す
破裂音の放出音がある


さらに、
周囲の言語の影響と考えられる
舌打ちの音吸着音(クリック)があって、
これは録音でもよくきこえる。
この音はアフリカの言語でも
まったく別系統の
コイサン語族のものである。

南アフリカ共和国の
映画「ブッシュマン」を思い出す吸着音。
1981年の映画だ。
主役のニカウさんは、映画の中で、
まさにコイサン語族の
舌打ち音を連発していた。

この音は「子音のひとつ」
になるのだろうか。
どんな感じの音なのか、
少しだけ聞いてみよう。


【5-10 クアヌア語 ニューギニア】

いろいろ面白い言語で、
所有物を示すとき、
先天的か後天的に得られたものかを
区別するカテゴリー

示す小詞があったり、
人称代名詞に単数・双数・
三数・複数があったりする。

双数・三数が「2」と「3」の数詞、
複数が「4」の数詞を含むので、
録音の数詞をきくと、
人称代名詞の形と関係しているのが
分かる。

2人称の代名詞の双数・三数・複数は
amur, amutul, avatで、
あなた方2人、あなた方3人、
あなた方多数
を示す。

所有物を先天的か後天的かで区別する、
所有者が変われるものは後者のみ、という区別なのだろうか。


【5-11 アイヌ語】

系統的には同じ系統の言語を
まったく持たない言語
として
研究者の注目を集めている。

ラッコ、トナカイ、シシャモ、は
アイヌ語から入ってきたものらしい。


【5-12 エスペラント語】

これまでのところ一番成功した人工語で、
1887年にポーランドの医者
ザメンホフによって作られた。
最初、
ロシアとポーランドで広まったが、
20世紀の初めにはフランス、イギリス、
その他の国々でも広まり、
エスペランチストの運動のおかげで
国際的な性格をおびることになった。
・・・
エスペラントは
この言語を母語としている話者は
限られていると思われ、
基本となる発音が
何であるかが問題であり、
この録音もエスペラント語の
日本語方言的発音ということになる。

「母語としている話者は
 限られていると思われ」って
そもそも母語としている人が
いるのだろうか。

2007年に出版された

田中克彦 (著)
エスペラント

異端の言語
岩波新書

(書名または表紙画像をクリックすると
 別タブでAmazon該当ページに。
 以下、茶色部は本からの引用)

には、次のような記述がある。

エスペラントは
あまたある「国際人工語」の
一つにしかすぎなかったけれども、
その中ではかなりの成功をおさめ、
支持を得た。

日本でごく初期にこれを学んだ人に
音楽の山田耕作
文学の二葉亭四迷
-かれは入門書まで書いた-があり、
また1922年には
『武士道-日本の魂』の
著者として知られる新渡戸稲造
民俗学者の柳田国男
共同で国際連盟にはたらきかけ、
世界中の公立学校で
エスペラントを教えるよう
決議を求めた。

提案は、フランス語以外の言語は
世界語たるの資格がないと
主張するフランスの
強い反対を押しきって可決された。

中国では魯迅(ルーシュン)が
友人の蔡元培
(ツァイ・ユァンペイ)とともに、
北京師範学校の正科目として
エスペラントのコースを設けた。
今日でも中国はエスペラントで
国際放送を続ける、
世界のエスペラント大国である。
韓国では国家がエスペラントの
専従職員を確保している。

この本は、
単なる人工言語の紹介本ではない。
過去120年のエスペラントの歴史を
丁寧に追いながら、
「言語が人類にとって
 どのような意味を持っているのか」を
考えさせてくれる奥の深い本だ。

「言語」が民族をつくって人類を分断する。
「言語」は人々を統合するものなのか、
分断するものなのか。

では、めったに聞くことができない
エスペラント語の響きを
少しだけ聞いてみよう。


以上、
5回にもなってしまった「ことばの旅」だが、
今回で一旦終わりにしたい。

関連して読んだ本については、
ごく一部を簡単に引用したが
どれもおもしろかったので、
また改めて紹介する機会を作りたいと思う。

最後に、

田中克彦 (著)
ことばと国家

岩波新書

(書名または表紙画像をクリックすると
 別タブでAmazon該当ページに。
 以下、薄緑部本からの引用)

にあった一行を添えておきたい。

「文法」について妙に考えさせられる言葉で
今でもずーっと心に引っかかっている。

文法の誤りなどというものは、
文法が発明される以前には
まったくなかった。
    - F・マウトナー

 

 

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コメント

「世界ことばの旅」とても興味深い内容でした。引用部分で時々分かりにくいところもありましたが、『ことば』というものが国家間の歴史や影響で形づくられていったことがよく分かりました。途中に挿入される録音部分も適切で面白かったです。
つくづく思うのは、言語の種類と同じだけ文化があり、悲観的に観れば、そういった異なる文化を持つ民族同士が理解し合えるのは難しいだろうな、ということでした。だから『エスペラント語』といったような人工語が考えられたのでしょう。しかし、一方で、ことばを超えた心と心の理解もあると信じたいとも思いました。
いろいろ考えさせられる5回の連載でした。ご苦労様でした。

Ossan-takaさん、

コメントをありがとうございます。

>ことばを超えた心と心の理解もあると信じたいとも思いました。
ほんとうにそうですね。

ことばは双方の理解に役立つ面がある一方、
ことばにすることで対象の本質を隠してしまう面もあります。

だからこそ、ことばを越えた「心と心の理解」が持つ力は大きいのでしょう。
異なる文化を尊重しつつも、心と心の理解の向けて。
まだまだ世界は広げていけると思っています。

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