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2014年6月21日 (土)

マドンナの追悼スピーチ

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マドンナの追悼スピーチ

- スーパースターにしかわからない孤独 -

 

ル・マンもツール・ド・フランスも集団的自衛権も、
サッカーの記事のためにスペースを譲っている一ヶ月ではあるが、
今日は、6月と聞くと思い出す、亡くなってからまもなく5年になる
マイケル・ジャクソンについての話をひとつ紹介したい。

彼の急逝は2009年6月25日のこと。
7月からは、50回にも渡る「THIS IS IT」公演が
ロンドンで予定されていて、まさにその直前でのことだった。

歌だけでなく、圧倒的なダンスパフォーマンスで
数々の映像作品を残しているマイケル・ジャクソンだが、やはり
初めて「スリラー」のミュージック・ビデオを観た時の衝撃は
忘れられない。もう30年以上も前の話だ。

YouTubeでもすでに1億8千万回以上も再生されている。
(「なつかしいので、もう一度観たい」という方は、下の写真
 またはここをクリックするとYouTubeに移って再生されます)

Thriller

 

キレのある踊りで観客を魅了する一方、
ブカレスト公演のオープニングのように、
ただ、じっと立っているだけで観客を絶叫させ、熱狂させる
絶頂期のあのオーラは、
まさにスーパースターと呼ぶにふさわしいものだったと思う。

(よく語られるブカレスト公演、登場直後の
 約2分間の完全静止の動画はコレ
 下の写真をクリックしてもYouTubeに移って再生されます)

Bucharest

(話が横道にそれてしまうが、
 私はコレを見ると、落語家の古今亭志ん生が
 「うーー」とか「えーー」とかしか言っていないのに、
 もうそれだけで、観客が笑い転げている
 あの様子がどうしても浮かんでしまう。)

 

さて、そのマイケル・ジャクソン。

亡くなったあと多くの方がいろいろなコメントを寄せていた。
プライベートなエピソードを赤裸々に語った
ブルック・シールズのスピーチのように
彼の才能への単なる賛辞だけではない印象深い話はいくつかあるが、
個人的に、圧倒的に強く印象に残っているのはなんと言っても
「マドンナの追悼スピーチ」だ。

スーパースターにしかわからない孤独、
スーパースターへの敬意、
スーパースターの力を、
スーパースター自身が、
だれにでも共感できる言葉で語っている。
皆に静かに省みる態度を促しながら、決して説教臭くはない。
ほんとうにすばらしいスピーチだと思う。

約6分間、日本語字幕もついているので、
間やイントネーションが持つ「声」の力を感じながら、
ゆっくりお聞き下さい。

(下の写真またはここをクリックすると
 MTVサイトに移って再生されます)

Photo

 

この動画を友人に紹介したところ、こんな感想を返してくれた。

一般のファンなら、賞賛するほうに心が行き、
身内なら、そのつらい人生に思いをはせるのでしょうが、
突然の死という大事件のさなかに、
スーパースターとしてのマイケルと、
一人の人間としてのマイケルを合わせて見ることができた人は、
世界中さがしても、何人もいなかったでしょう。

私達がその目を持てたのは、マドンナのおかげ。

でも、そのことでマドンナに感謝した次の瞬間には、
マドンナ自身の孤独が胸に迫り、
それが、また、マイケルの大きさを照らしだす、
・・そんな印象です。

 

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コメント

マイケルジャクソンは本当に唄も踊りも抜群でした。天才ですが、それだけの練習をこなした方でしたね。 私が初めてマイケルジャクソンと知ったのは、映画の「ベン」を観に行った時のことです。 ベンの映画の内容は忘れましたが、そのテーマソングを歌っている声に感動したことは昨日のようによく覚えています。 

その後マイケルのことは全く気にとめたことが無かったのですが、あの「スリラー」のミュージックビデオは衝撃でした。その時に初めて「ベン」の主題歌を歌っていたのがマイケルジャクソンさんだと知ったのです。

マドンナさんの追悼スピーチを初めて見ました。素晴らしい内容で、感激しました。 あのような天才を周りがサポート出来たらあの悲劇は生まれなかったのかも知れません。 深い孤独と不安が彼を覆ってしまったのでしょうか? 

本当に手の届かないスターとなってしまいました。残念です。

omoromachiさん、コメントをありがとうございます。
ほんとうに稀有な才能だったと思います。

田舎で友達と元気に子ども時代を過ごした私にとって、
「彼には子供時代がなく」
「私には子供時代があり、過ちを犯しても-注目を浴びることなくやり直せました」
は考えたこともない視点でしたし、
「私の手を握りました。恋人ではなく友達を求める手でした。私は喜んで応じました」
の短い表現に詰まっている孤独感は胸に迫るものでした。

せめて、
「彼の才能を知った新世代の子供たち」には、どんな形であれ、
彼の遺したものに「再び命を吹き込んで」いってもらいたい、と思っています。

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