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2013年11月17日 (日)

バールのようなもの

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バールのようなもの

-「のようなもの」は類似品、それとも全くの別物? -

 

もう11月も半ばなので、なにをいまさら、という感じだが、
9月末に最終回を迎えたNHKの朝のドラマ「あまちゃん」について、
ひとつ書いておきたい。

「あまちゃん」、私も毎日たのしみにみていたひとりなのだが、
ちょうど米国への出張と9月の最終週が重なってしまった。

なので、録画していたものを帰ってから一気にまとめて観た。
「次回がたのしみ」というドラマは、
「次回を待つ」というその時間がドラマの味を作っている部分がある。

続けて見られることはうれしいが、一気にみると
連続ドラマがもつ独特な味を、ひとつ味わい忘れてしまったようで、
ちょっとした欠落感がある。

ドラマというのはスジがわかればいいというものではない。
連続ドラマというのは、時間が作るドラマなんだなぁ、と改めて思う。

 

さてさて、今日は、「あまちゃん」の中で使われた「あるひとこと」について
取り上げてみたい。

小ネタや仕掛け満載の宮藤官九郎さんの脚本は、
本筋以外でも大いに楽しませてくれた。
ドラマの中でも
「わかる人にわかればいい」
とまで言わせていたが、そこまで開き直ってしまえばもう怖いものなしだ。

今日の「あるひとこと」も、まさにスジとは全く関係のないセリフのなかにある。

 

まずは実際の「あまちゃん」のシーンからピックアップしよう。
2013年7月4日放送分。以下水色の部分だ。

高校生の主人公アキの親友ユイちゃんが
グレているという噂がネット上で話題になり始める。

栗原     「これが あの北鉄のユイちゃん ヤバくね?」 だって。
   
大吉    ヤバイから騒いでんだよ! 削除できないの? コレ!
   
菅原    書き込みも多いよ。 ほら!
   
   「コンビニの前に座り込んで通りかかった中学生を恐喝・・・」
   
大吉  あ~あ!!
   
吉田  「夜中にバールのようなもので自動販売機をこじあけ・・・」
   
菅原  いや、これは嘘だべぇ~!
   
吉田  「バールのようなものでコンビニ店員を脅し・・・」
   
大吉  やめてけろ!
   
吉田  「バール」ではないですよ駅長、 「・・・のようなもの」ですから。
   
栗原  「バールのようなもの」って、バールしかなくない?
   
吉田  あるだろう?! 孫の手とかよう!

 

吉田君の一言、

 「バール」ではないですよ駅長、 「・・・のようなもの」ですから。

を聞くと、清水義範さんの短編小説「バールのようなもの」を思い出さずにはいられない。
(以下薄茶色部、清水義範著「バールのようなもの」からの引用)

どんな小説なのか、その内容を簡単に紹介したい。

NHKの、顔なじみのアナウンサーが、いつも通りのきっちりとした口調で、
事務的に次のようなニュースを読みあげたのである。

「次です。品川区××のビルの一階にある宝石店が襲われ、
 宝石や現金など、六千万円相当が盗まれるという事件がありました」

 六千万円とはかなりの被害額だなあと思って、私はニュースに注目した。
アナウンサーは、被害発見のいきさつなどを語っていく。
 その時、その言葉がアナウンサーの口から発せられたのだ。

「店にはシャッターが降りていましたが、
 犯人はこれをバールのようなもので破って侵入したもようです」

 最初私は、その言葉を何気なくききのがすところであった。
別に、変だとは思わなかったのである。

 ふうん、そういうものでこじ開けたのか、と全面的に納得さえしそうになった。
 だが、その時ふと、次のような疑問が浮かびあがったのである。
 それ、どういうものなんだろう。

「バールのようなもので破って侵入したもようです」
よく聞く言葉だ。

では、「バールのようなもの」とはいったいどんなものなのだろう。

 疑問がだんだんこうじてきた私は、ついに国語辞典をひいて調べてみた。
 ところが、バールのようなもの、はどの辞典にものっていないのである。

「広辞苑」にも「大辞林」にも「明解国語辞典」にも、
なんと「日本国語大辞典」にもない。

 バールのようなものは、日本語ではないというのであろうか。

 私は、時事用語辞典類にもあたってみた。
「知恵蔵」「現代用語の基礎知識」「イミダス」「会社四季報」。
 どこにも、バールのようなもの、は出てこない。
 平凡社の「世界大百科事典」にも出ていないのだ。
 バールのようなものは、正しく教えてはいけない言葉なのであろうか。

辞書にないので、人に聞いてみることにした。

 私は、やむなく数人の友人、知人にその言葉の意味を尋ねてみた。
ただし、私がそれを知らないのはとんだ大恥なのかもしれないので、
無知をさらさないように、さりげなく、
ちょっと度忘れしただけだが、という口調で尋ねたのである。

友人、知人の回答をまとめると以下の通り。

 整理してみよう。

 バールのようなものとは何か   ① バールみたいなもの
  ② バールに似た形のもの
  ③ おそらくバール状のもの

誰も、バールのようなもの、の説明をしてはいないことがわかるであろう。
みんなは、「のような」という部分を「みたいな」「似た形の」「状の」という具合に
言い替えているだけなのである。


 言い替えても、そのものの説明にはならないのだ。

鉄あれい、が何なのかを知らない人に、
鉄のあれいだ、と言って答になっているであろうか。

MS-DOSを、マイクロソフト社が開発した、
ディスクドライブ用のオペレーション・システムだ、と言って
説明になっているであろうか。否である。

 バールのようなものとは、バールみたいなものである、と言っても
そのものの正体には少しも迫っていないのである。

 驚くべきことに、どうやら私だけではなく、
多くの人がバールのようなものとは何かについて、正確な知識を持っていないらしい。

そして、そのことを問題視するわけでもなく、
なんとなくわかったような気になっているようなのだ。

そもそも「のようなもの」を考えると、あるキーワードが浮かび上がる。

「のようなもの」は、「類似の」という意味の言葉である。
もちろん私はそれを承知している。
だが、類似のものは、絶対に、もとのものと同じではない。
似てはいるが、完全に別のものだからこそ、
あえて、のようなもの、と称するのである。


 女と、女のようなやつ、は同じではない。
 ダニと、ダニのようなやつ、も同じではない。


だから、バールと、バールのようなもの、は全く別物であり、
バールを知っているからといって、
バールのようなものを知っていることにはならないのである。

ほんとうに「全く別物」と言っていいのだろうか。

 

落語家立川志の輔さんは、この短編小説をもとに
創作落語「バールのようなもの」を完成させた。

CDやDVDにはなっていないが、アカウントがあればニコニコ動画で音声だけは聞くことができる。
(以下、薄緑色部は立川志の輔 創作落語「バールのようなもの」からの引用・要約)

Photo_2

「バールのようなもの」を使ったという泥棒のニュースを聞いた大工の八つぁんが、
「道具箱にバールがあるので」泥棒と疑われるのじゃないか、とご隠居に相談に来る。

落語なので文字で書くのはヤボというものだが、ご隠居は、

女のような、と言えば女じゃない。
ダニのような、と言えばダニじゃない。
肉のような、と言えば肉じゃない。
ハワイのような、と言えばハワイじゃない。
夢のような、と言えば夢じゃない。

だから
バールのような、と言えばバールじゃない。

と言って、八つぁんを安心させる。
この件に関しては一安心と家に帰る八つぁんだが、

実は八つぁん、飲み屋にお気に入りの女性がいて、
一緒にいる現場を奥さんにおさえられてしまう。

あの女は「妾だろ」と声を荒らげて詰め寄る奥さんに、
言葉に困った八つぁんは思わずこう言ってしまう。

「あれは妾じゃない。妾のようなものだ」

「女のような、ダニのような、肉のような、ハワイのような、夢のような」の例を挙げて、
「妾のような」と言えば「妾」じゃない、と説明しようとするのだが・・・

奥さんに殴られて、ご隠居のところに逃げ戻った八つぁん。

ご隠居に

「世の中の言葉で妾だけは、『ような』を付けちゃいけないンだ」

「妾だけは『ような』をつけると意味を強めることになる」

と言われる。

落語を聞いた清水義範さん自身も志の輔さんに言っている。
「よく思いつきますね」

 

「あまちゃん」、清水義範さん、志の輔さん、
「のようなもの」のたった一言だけで、世界はどんどん広がっていく。

 

オマケ:

清水義範さんの著作「バールのようなもの」には表題作のほか、
やはり短編だが「みどりの窓口」もある。


志の輔さんはこの「みどりの窓口」もみごとな創作落語に仕立てており、
こちらの方はCDになっている。(カップリングの人情話「しじみ売り」も絶品)

 

なお、CDになっている志の輔さんの創作落語では「はんどたおる」がそれらのさらに上を行く傑作だ。

 

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