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2013年9月 5日 (木)

「おーい でてこーい」

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「おーい でてこーい」

- 都会の汚れを洗い流してくれる穴 -

 

9月になったものの暑い日が続いている。

だから、というわけではないが、
今日はとびきり怖い話をひとつ紹介したい。

原発事故をきっかけに思い出して以来、
ニュースを聞くたびに頭の中で再生されてしまう。

星新一著「ボッコちゃん」(新潮文庫)にある
「おーい でてこーい」
という題名のたった6ページのショートショート。
(以下水色部、抜粋・引用)

こんなふうに始まっている。

 台風が去って、すばらしい青空になった。

 都会からあまりはなれていないある村でも、被害があった。
村はずれの山に近い所にある小さな社(やしろ)が、
がけくずれで流されたのだ。

・・・

 その時、一人が声を高めた。
「おい、この穴は、いったいなんだい」

 みんなが集ってきたところには、
直径一メートルぐらいの穴があった。

のぞき込んでみたが、なかは暗くてなにも見えない。
なにか、地球の中心までつき抜けているように深い感じがした。

 「キツネの穴かな」
 そんなことを言った者もあった。

 「おーい、でてこーい」

 若者は穴にむかって叫んでみたが、底からはなんの反響もなかった。
彼はつぎに、そばの石ころを拾って投げこもうとした。

 「ばちが当るかもしれないから、やめとけよ」

 と老人がとめたが、彼は勢いよく石を投げこんだ。
だが、底からはやはり反響がなかった。

村人たちは、木を切って縄(なわ)でむすんで柵(さく)をつくり、
穴のまわりを囲った。
そして、ひとまず村にひきあげた。

 

穴の話を聞きつけて、
新聞記者、学者、やじうまが次々にやってくる。
駐在所の巡査は、穴に落ちる者があるといけないので、
つきっきりで番をした。

 新聞記者の一人は、長いひもの先におもりをつけて穴にたらした。
ひもは、いくらでも下っていった。

・・・

 学者は研究所に連絡して、高性能の拡声器を持ってこさせた。
底からの反響を調べようとしたのだ。
音をいろいろ変えてみたが、反響はなかった。
学者は首をかしげたが、みんなが見つめているので、やめるわけにいかない。

 拡声器を穴にぴったりつけ、音量を最大にして、長いあいだ鳴らしつづけた。
地上なら、何十キロと遠くまで達する音だ。
だが、穴は平然と音をのみこんだ。

そこに、「社を建ててあげますので、穴をください」という利権屋が現れた。

 その利権屋の約束は、でたらめではなかった。
小さいけれど集会場つきの社を、もっと村の近くに建ててくれた。

 新しい社で秋祭りの行われたころ、利権屋の設立した穴埋め会社も、
穴のそばの小屋で小さな看板をかかげた。


さぁ、手に入れた穴をどうしようというのだろう。

 利権屋は、仲間を都会で猛運動させた。

すばらしく深い穴がありますよ。
学者たちも、少なくとも五千メートルはあると言っています。

原子炉のカスなんか捨てるのに、絶好でしょう。

 官庁は、許可を与えた。
原子力発電会社は、争って契約した。

村人たちはちょっと心配したが、数千年は絶対に地上に害は出ないと説明され、
また、利益の配分をもらうことで、なっとくした。
しかも、まもなく都会から村まで、立派な道路が作られたのだ。

 トラックは道路を走り、鉛の箱を運んできた。
穴の上でふたはあけられ、原子炉のカスは穴のなかに落ちていった。

これ以降、あらゆるものがこの穴に捨てられる。

 外務省や防衛庁から、不要になった機密書類箱を捨てにきた。

・・・

 穴は、いっぱいになるけはいを示さなかった。
よっぽど深いのか、それとも、底の方でひろがっているのかもしれないと思われた。
穴埋め会社は、少しずつ事業を拡張した。

 大学で伝染病の実験に使われた動物の死体も運ばれてきたし、
引き取り手のない浮浪者の死体もくわわった。
海に捨てるよりいいと、都会の汚物を長いパイプで穴まで導く計画も立った。

 穴は都会の住民たちに、安心感を与えた。
つぎつぎと生産することばかりに熱心で、あとしまつに頭を使うのは、
だれもがいやがっていたのだ。
この問題も、穴によって、少しずつ解決していくだろうと思われた。

 婚約のきまった女の子は、古い日記を穴に捨てた。
かつての恋人ととった写真を穴に捨てて、新しい恋愛をはじめる人もいた。

警察は、押収した巧妙なにせ札を穴でしまつして安心した。
犯罪者たちは、証拠物件を穴に投げ込んでほっとした。

 

機密書類、動物の死体、浮浪者の死体、都会の汚物、古い日記、
かつての恋人ととった写真、にせ札、証拠物件、
穴は、なんでも吸い込んだ。

 穴は、捨てたいものは、なんでも引き受けてくれた。
穴は、都会の汚れを洗い流してくれ、海や空が以前にくらべて、
いくらか澄んできたように見えた。

 その空をめざして、新しいビルが、つぎつぎと作られていった。

そんなある日、小さな出来事が起こったことだけを記して小説は終わっている。

 ある日、建築中のビルの高い鉄骨の上でひと仕事を終えた作業員が、
ひと休みしていた。
彼は頭の上で、

「おーい、でてこーい」

 と叫ぶ声を聞いた。

しかし、見上げた空には、なにもなかった。
青空がひろがっているだけだった。
彼は、気のせいかな、と思った。

そして、もとの姿勢にもどった時、声のした方角から、
小さな石ころが彼をかすめて落ちていった。

 しかし彼は、ますます美しくなってゆく
都会のスカイラインをぽんやり眺めていたので、
それには気がつかなかった。

 

怖い。
あまりにも怖すぎる。

星さんがこの小説を発表したのは55年も前のことだ。

 

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