コップ一杯の水を海に撒いて
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コップ一杯の水を海に撒いて
- 世界中の海に拡散したら -
シュレディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞」 (岩波文庫)
に次のような記述がある。(以下水色部、本からの引用)
(内容の濃い名著から、こんな些細な例だけを引用するのはちょっと気が引けるのだが、
分子の小ささ、数の多さを表現するのに、よく引用される例なので、
軽いクイズだと思って考えてみて下さい。)
【問題】
いま仮に、
コップ一杯の水の分子にすべて目印をつけることができたとします。
次にこのコップの中の水を海に注ぎ、海を十分にかきまわして、
この目印のついた分子が七つの海にくまなく一様にゆきわたるようにしたとします。
もし、そこで海の中のお好みの場所から水をコップ一杯汲んだとすると、...
再度汲み上げたコップ一杯の水の中に、
最初に目印をつけた水分子は入っているだろうか?
ここでは、便宜的に「目印をつけた分子」を「青い水分子」と呼ぶことにする。
海に撒いた、たったコップ一杯分の青い水分子が、世界中の海に拡散したあと、
同じコップで、いくつかでも回収することができるのだろうか。
一個くらいは入っているかも、
一万回くらい汲み上げれば一個くらいは引っかかるかも、
などなど、予測の幅も様々だろうが、
直感で当てることはかなりむつかしい気がする。
本は、あっさりとこう続けている。
海の中のお好みの場所から水をコップ一杯汲んだとすると、
その中には目印をつけた分子が約100個みつかるはずです。
もちろん、きっちり100個みつかるとは限りません
(たとえ、100という数字が正確な計算の結果だとしても)。
みつかる数は88あるいは95あるいは107あるいは112かもしれません。
だが、50のように少ないことや、
150のように多いことはとても起こりそうもありません。
コップ一杯に、青い水分子はなんと100個もみつかるという。
伊豆でコップ一杯分の青い水分子を太平洋に撒く。
その後、十分拡散したあとであれば、
ロサンゼルス沖で太平洋の水を一杯汲んでも、
ポルトガル沖で大西洋の水を一杯汲んでも、
ギリシャ沖で地中海の水を一杯汲んでも、
どの一杯にも100個の青い水分子が入っている、ということを意味している。
ほんとうだろうか。
ざっくり検算してみよう。
海水の総量は、ネットで調べると「13.7億km3」らしい。(km3は立方キロメートル)
水96.6%、塩3.4%とのことだが、
今はとりあえず全部水として考えることにする。
「青い」目印をつけたコップ一杯の水を180ccとすると、
この青い水分子が海水中に(180cc / 13.7億km3) の比率で存在することになる。
cm3[cc]で単位を揃えると
1.8E+2 / 1.37E+24 ・・・(aa) [1.8E+2 は 1.8x(10の2乗) を意味する]
再度汲み上げた水の量を180cc[g]とすると、
水の分子量が18なので、ちょうど10mol(モル)あることになる。
1molの分子数は、学生のときに習ったアボガドロ数(6.02E+23)なので、
10molの分子数は、6.02E+24。
このうち、上記(aa)の比率で青い水分子が存在するわけだから、
6.02E+24 * (1.8E+2 / 1.37E+24) = 7.91E+2 = 791
コップ一杯に、青い水分子は791個と求められる。
シュレディンガーの言う100個と、オーダーは合っているものの、
8倍ちかくも大きな数字になってしまった。
どうしてだろう?
本には、海水の総量も、コップの大きさも、
計算に使った数値が一切出てこないので、
どうやって100が導かれたのかはわからない。
可能性としては
(A) 私の計算が間違っている。
(B) シュレディンガーの計算が間違っている。
(C) シュレディンガーが本を出版した約70年前、1944年ころは、
海水の総量が今の8倍程度あると思われていた。
(D) コップが、実はデミタスカップのように容量の小さいものをさしていた。
(今回の計算の前提では、64ccくらいだとちょうど100個になる)
(E) (C)と(D)の組合せ。海水の総量もコップの大きさも、
今回の計算とは違う値を使って計算していた。
などが考えられるが、どれもすっきりしない。
(間違いの指摘も含めて、
もし100個になる式をご存知の方がいらっしゃいましたら、
ぜひ教えて下さい)
いずれにせよ、
(a1) コップ一杯分の「青い」水分子を海に撒く。
(a2) 十分拡散したあと、世界中の好きな海からコップ一杯分の水を汲み上げる。
(a3) どこから水を汲み上げようとも、
コップの水を調べてみると、その中には数百個レベルで青い水分子が存在する。
ということだ。
ここで思うは、某国の汚染された水のことだ。
300トンもの水が保存場所から漏れてしまったという。
300トン分の「赤い」水分子の水が、すべて海に流れ出てしまったとして、
同じ計算をしてみよう。
300トンなので、海水における赤い水分子の存在比率は、
3.0E+8 / 1.37E+24 ・・・(bb)
となる。
そこからコップ一杯180g(10mol)を汲んだとすると、
そこに存在する赤い水分子の数は以下のように計算できる。
6.02E+24 * (3.0E+8 / 1.37E+24) = 1.32E+9 = 13億2千万
(b1) 300トン分の「赤い」水分子を海に撒く。
(b2) 十分拡散したあと、世界中の好きな海からコップ一杯分の水を汲み上げる。
(b3) どこから水を汲み上げようとも、
コップの水を調べてみると、その中には13億個を越えるレベルで赤い水分子が存在する。
たった一杯分の水の中にだ。
分子は小さくて小さくて、そして、びっくりするほど数が多い。
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