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2013年8月

2013年8月31日 (土)

「ブルーグラス 箱根フェス2013」

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「ブルーグラス 箱根フェス2013」

- キャンプ場の夜空の下に -

 

2013年8月24日夜、
Hakone Sunset Creek BLUEGRASS FESTIVAL(箱根フェス)に行って、
ブルーグラスにどっぷりと浸ってきた。

ブルーグラスとは、
アメリカ人ビル・モンローによって確立された
アメリカに入植したスコッチ・アイリッシュの伝承音楽をベースにした
音楽の一スタイルのこと。

ブルーグラスという名は、彼のバンド名に由来している。

がブルーグラスの説明となるが、これだけでは「なんのこっちゃ?」という感じだろう。

ディズニーランドをご存知の方は、
「カントリーベア・シアター」のクマたちが演奏するカントリー調の曲、
というのが一番イメージしやすいかもしれない。

ギター、フラットマンドリン、フィドル(ヴァイオリン)、
バンジョー、ドブロ、ウッドベース
といった小規模な楽器編成にボーカル(歌)が加わって演奏される。
曲はアップテンポの曲が多い。

百聞は一聴(?)にしかず。

今回のフェスで聴いた「BLUEGRASS☆POLICE」というバンドの演奏が
YouTubeにアップされていたので、「こんな感じ」ということで、
3分弱、一例としてご試聴あれ。

「ワンマイク」と呼ばれる一本のマイクを奪い合うように演奏するスタイル。
楽器の音の濃淡を [楽器ごとのマイク+ミキサー] に任せるのではなく、
「動き」で表現しているので見ていて楽しい。

ワンマイクではないが、「Bremen Backpackers」というグループの演奏は、
こんな感じ。

 

箱根フェスは、プロ、アマを問わずブルーグラスバンドが
まさに日本中から集まって、3日間を過ごす年に一度のお祭りだ。

演奏するバンドの数は3日間でなんと180以上!
ステージはひとつしかないので、
すべてのバンドがそこで演奏を披露することになる。

「夕日の滝」という滝のそばのキャンプ場に、
びっしりとテントを張って、
多くの人が「朝から晩まで」、
と言うか「朝から明け方まで」音楽とともに過ごしている。

Img_6054s

ちなみに、上に貼った「BLUEGRASS☆POLICE」の演奏も、
実際に演奏しているのは25日の午前2時過ぎ、真夜中だ。

 

ステージはキャンプ場から少し登った木立の中に作られている。

Img_6060s

回りはゴツゴツした岩が飛び出していたりして、
どこにでも腰をおろせるような広い平らな草原ではないが、
各自キャンプ用のイスを持ち込んだりして、
思い思いの姿勢で楽しんでいる。

Img_6205s

Img_6110s

客席後方の木と木の間にハンモックを貼り、
寝転がって聴いている人もいる。
見ると、ハンモックには、
小さなクーラーボックスまでぶら下がっており、
手を伸ばせば冷えたビールにも寝たまま手が届く。

私が聴いたのは24日午後8時から25日午前3時までの約7時間。
1バンドの持ち時間は10分。
曲はすべてブルーグラス調のものだが、
次々と演奏者が変わるので飽きることはない。

 

「夕日の滝」が近いので、滝の音が常に小さく聞こえている。

Img_6147s

ステージの明るい照明に引き寄せられて、
かなり大きな虫も元気に飛び交っている。
最初のころはアブラゼミが多かったが、
夜が更けるにしたがって虫の種類も変わってきた。

風が吹けば葉擦れの音が、森の会場全体を包みこむ。

時間とともに空気がひんやりしてくると、
聴衆の中に長袖を羽織る人が増えてくる。

 

途中、キャンプ場内をうろつくと、
あちこちから小さな演奏が聞こえてくる。

Img_6134sl

Img_6117s

これから演奏するバンドが
リハーサルを兼ねて練習していたり、
すでに演奏が終わったにもかかわらず、
興奮冷めやらずセッションを続けていたり、
小さなランタンを囲んで、気の向くままに音を合わせていたり、
だれに聞かせるでもなく自分たち自身が楽しんでいる。

Img_6174s

 

一方、近くのテントわきでは、モウモウと煙をたてて、
バーベキューで盛り上がっている。
肉を頬張り、酒を飲んでの歌声なのに、一部きれいにハモっていたりする。

Img_6123s

 

ここでの主役はもちろん音楽だが、
音楽だけが威張ってはいない。

音楽があり、食事があり、酒があり、おしゃべりがあり、
滝の音があり、肉の焼けるにおいがあり、
歌っている人があり、楽器を抱えている人があり、
そして、キャンプ用の狭いベッドで気持ちよさそうに眠っている人がいる。

山の中の小さなキャンプ場の夜空の下に、全部ある。

 

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会場に戻ると、ステージの演奏は続いていた。

Img_6197s

出番を待つウッドベースとドブロが草の上に置かれている。

自然も人間も音楽も、なんの仕切りも区切りもなく、
自由に混ざり合っている感じがなんとも心地よい。

こういう開放感は夏フェスならでは、だ。

 

午前3時、最後のバンドの演奏が終わった。

アナウンスが流れた。

「以上で、本日のプログラムはすべて終了です。
 次のプログラムは朝7時40分から始まります」

ステージ会場から引き上げてきたキャンプ場の一部では、
最後の演奏を引き継ぐように、再び音を出し始めるグループがあった。
黒い山に演奏がこだましている。

 

プログラムが終ったのだから寝る。
皆が寝るのだから音は出さない。
そういう、常識的な縛りが、
このフェスにおいては、いかに小さくてつまらないことか、
そういうことが、全員で気持ちよく共有できている空間に流れる音楽は、
深夜であっても、じつに軽やかで生き生きとしている。

 

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2013年8月26日 (月)

「モリー先生との火曜日」

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「モリー先生との火曜日」

- ジャズに名曲なし、名演奏あるのみ。 -

 

「モリー先生との火曜日」という芝居を8月18日、下北沢・本多劇場で観た。
加藤健一・義宗親子による二人芝居。

1s

あらすじについては、加藤健一事務所のHPに
以下の通り紹介されている。(以下水色部、引用・抜粋)

人気スポーツライターのミッチ・アルボム(加藤義宗)は、
複数の新聞やラジオ、テレビ等で活躍し、多忙なスケジュールをこなし、
順風満帆の日々を駆け抜けていた。

ある日、偶然見ていた深夜のニュース番組「ナイト・ライン」で、
大学時代の恩師モリー・シュワルツ教授(加藤健一)が
ルー・ゲーリック病(筋萎縮性側索硬化症/ALS)という難病である事を知る。

画面の向こうで語る老教授の姿に胸を打たれたミッチは、
大学を卒業してから初めてモリーの自宅を訪ねる。

16年ぶりに再会したモリーは、歩行器姿で、
しかし学生の頃と変わりなくミッチを迎えてくれた。
最初は余命わずかな恩師に義理を果たすため、
一度だけの訪問のつもりであったが、
「君は自分自身に満足しているかい?」
モリーの言葉が脳裏から離れないミッチは、再びモリーに会いに行く。

容態が悪化し車イスに座ったモリーだったが、
ミッチの訪問を大歓迎する。
不自由な体で一生懸命ミッチとの大切な時間を楽しむモリー先生。

毎週火曜日、ミッチは多忙なスケジュールを調整して
デトロイトからボストン行きの飛行機に乗り、
モリー先生の自宅に通うようになった。

そしてたった二人だけの講義が始まる。

原作は実話に基づくノンフィクションで、
米国で大ヒットした本らしい。

加藤親子の芝居も、全国をツアーで回り、
今回すでに60回以上も上演されているという。

モリー先生最後の講義のテーマは、
「死」「恐れ」「老い」「欲望」「結婚」「家族」
「社会」「許し」「人生の意味」について・・・・

とあるように、会話劇ゆえ
「君は自分自身に満足しているかい?」
とのミッチへの問いかけから始まるモリー先生の言葉そのものが
まさにこの芝居の核となっている。

ただ、個人的な感想を正直に書くと
言葉の内容そのものにそれほど大きく心は動かされなかった。

 

「死ぬというのは悲しいことだ。
 だが、不幸せに生きているっていうのは、
 もっともっと悲しいことだ」

「相手が100%間違っていて、自分が100%正しいと思っても、
 相手を許しなさい」

「大切な事は出し惜しみせず、すぐに言うべきだ。
 取っておくから伝えられなくなる」

「謙遜のあまり、自らの輝きを隠してはいけない」

 

原作はベストセラーとのことだが、
本で読んでいたら途中で閉じてしまったかもしれない。

こういうセリフは好みの問題なのだろうが、
翻訳調はいいとしても、
テーマごとにあっちこっちから持って来たような
不安定感、混在感、既視感があって、どうも落ち着かない。

名言集ではないのだから、ちょっと気の利いた言葉を、
切り貼りのように次々と並べればいいというものではない。

 

「つまりは、おもしろい芝居じゃぁなかった、ってこと?」
と聞かれそうだが、ところがそれがそうではないのだ。

 

さすが加藤健一さん。これだから芝居はおもしろい。

病気の進行と共にどんどん体が不自由になってくるモリー先生。

最後はまさに寝たきりの状態なので、あの姿勢で発声し、
演技をすることはそれはそれでたいへんだったと思うが、
そういう不自由さを越えて伝わってくる「声」と「間」が、
セリフの内容以上にモリー先生の思いを運んでくるのだ。

カタログや吊しで見た限りでは、あまりいいと思わなかった服が、
ふさわしい人が見事に着こなすことで、
「えっ、この服ってこんなに素敵だったンだ」
と気がつくような感覚とでも言うか。

こうなると何を着てもカッコイイ。

言葉だけをとると寄せ集めのようなセリフも、
どう着こなすか、にひき寄せられると、
混在感が気にならないどころか、むしろ楽しみになるほど。

 

まさに死が直前に迫って、
永遠の別れとなれば、もう話ができなくなる、というミッチに、

「返事はできないけれど、ちゃんと聞いているから」

とおだやかに、ちょっとゆっくりした調子で話すシーンがある。
この「聞いているから」の言葉の響きのなんと優しいことか。

 

「ジャズに名曲なし、名演奏あるのみ」
と言うが、まさに名演奏の舞台だったと思う。

どんなにいい響きも、その場限りで完全に消えてしまう。

でも、いいライブは、
聴衆のなかにいつまでも「響き」だけを残している。
どんなメロディだったか、どんなセリフだったかは
ライブの経験においてはあまり重要ではないのかもしれない。

響きの残るお芝居だった。

 

Img_6013s

ロビーには、1980年「審判」から始まる加藤健一さんの
これまでの芝居のチラシが壁一面に貼ってあった。
個人的に思い出深いチラシもある。

まさにさまざまなセリフを着こなして、
その独自の世界を舞台で見せてくれたプロの仕事の歴史だ。

なつかしそうに覗きこんでいるのは古くからのファンなのだろう。
「あっ、これね...」と指差しながら
連れに思い出話をしているときのファンの顔は、
モリー先生のようにいい表情をしている。

 

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2013年8月21日 (水)

コップ一杯の水を海に撒いて

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コップ一杯の水を海に撒いて

- 世界中の海に拡散したら -

 

シュレディンガー著「生命とは何か―物理的にみた生細胞」 (岩波文庫)
に次のような記述がある。(以下水色部、本からの引用)

(内容の濃い名著から、こんな些細な例だけを引用するのはちょっと気が引けるのだが、
 分子の小ささ、数の多さを表現するのに、よく引用される例なので、
 軽いクイズだと思って考えてみて下さい。)

 

【問題】

いま仮に、
コップ一杯の水の分子にすべて目印をつけることができたとします。

次にこのコップの中の水を海に注ぎ、海を十分にかきまわして、
この目印のついた分子が七つの海にくまなく一様にゆきわたるようにしたとします。

もし、そこで海の中のお好みの場所から水をコップ一杯汲んだとすると、...

再度汲み上げたコップ一杯の水の中に、
最初に目印をつけた水分子は入っているだろうか?


ここでは、便宜的に「目印をつけた分子」を「青い水分子」と呼ぶことにする。

海に撒いた、たったコップ一杯分の青い水分子が、世界中の海に拡散したあと、
同じコップで、いくつかでも回収することができるのだろうか。

一個くらいは入っているかも、
一万回くらい汲み上げれば一個くらいは引っかかるかも、
などなど、予測の幅も様々だろうが、
直感で当てることはかなりむつかしい気がする。

本は、あっさりとこう続けている。

海の中のお好みの場所から水をコップ一杯汲んだとすると、
その中には目印をつけた分子が約100個みつかるはずです。

もちろん、きっちり100個みつかるとは限りません
(たとえ、100という数字が正確な計算の結果だとしても)。
みつかる数は88あるいは95あるいは107あるいは112かもしれません。
だが、50のように少ないことや、
150のように多いことはとても起こりそうもありません。

コップ一杯に、青い水分子はなんと100個もみつかるという。

 

伊豆でコップ一杯分の青い水分子を太平洋に撒く。

その後、十分拡散したあとであれば、
ロサンゼルス沖で太平洋の水を一杯汲んでも、
ポルトガル沖で大西洋の水を一杯汲んでも、
ギリシャ沖で地中海の水を一杯汲んでも、
どの一杯にも100個の青い水分子が入っている、ということを意味している。

ほんとうだろうか。

 

ざっくり検算してみよう。

海水の総量は、ネットで調べると「13.7億km3」らしい。(km3は立方キロメートル)

水96.6%、塩3.4%とのことだが、
今はとりあえず全部水として考えることにする。

「青い」目印をつけたコップ一杯の水を180ccとすると、
この青い水分子が海水中に(180cc / 13.7億km3) の比率で存在することになる。

cm3[cc]で単位を揃えると
   1.8E+2 / 1.37E+24 ・・・(aa) [1.8E+2 は 1.8x(10の2乗) を意味する]

再度汲み上げた水の量を180cc[g]とすると、
水の分子量が18なので、ちょうど10mol(モル)あることになる。

1molの分子数は、学生のときに習ったアボガドロ数(6.02E+23)なので、
10molの分子数は、6.02E+24。

このうち、上記(aa)の比率で青い水分子が存在するわけだから、

  6.02E+24 * (1.8E+2 / 1.37E+24) = 7.91E+2 = 791

コップ一杯に、青い水分子は791個と求められる。

シュレディンガーの言う100個と、オーダーは合っているものの、
8倍ちかくも大きな数字になってしまった。
どうしてだろう?

 

本には、海水の総量も、コップの大きさも、
計算に使った数値が一切出てこないので、
どうやって100が導かれたのかはわからない。

可能性としては

(A) 私の計算が間違っている。
(B) シュレディンガーの計算が間違っている。

(C) シュレディンガーが本を出版した約70年前、1944年ころは、
   海水の総量が今の8倍程度あると思われていた。
(D) コップが、実はデミタスカップのように容量の小さいものをさしていた。
   (今回の計算の前提では、64ccくらいだとちょうど100個になる)

(E) (C)と(D)の組合せ。海水の総量もコップの大きさも、
   今回の計算とは違う値を使って計算していた。

などが考えられるが、どれもすっきりしない。
(間違いの指摘も含めて、
 もし100個になる式をご存知の方がいらっしゃいましたら、
 ぜひ教えて下さい)

 

いずれにせよ、

(a1) コップ一杯分の「青い」水分子を海に撒く。

(a2) 十分拡散したあと、世界中の好きな海からコップ一杯分の水を汲み上げる。

(a3) どこから水を汲み上げようとも、
   コップの水を調べてみると、その中には数百個レベルで青い水分子が存在する。

ということだ。

 

ここで思うは、某国の汚染された水のことだ。

300トンもの水が保存場所から漏れてしまったという。
300トン分の「赤い」水分子の水が、すべて海に流れ出てしまったとして、
同じ計算をしてみよう。

300トンなので、海水における赤い水分子の存在比率は、
  3.0E+8 / 1.37E+24 ・・・(bb)

となる。

そこからコップ一杯180g(10mol)を汲んだとすると、
そこに存在する赤い水分子の数は以下のように計算できる。

  6.02E+24 * (3.0E+8 / 1.37E+24) = 1.32E+9 = 13億2千万

(b1) 300トン分の「赤い」水分子を海に撒く。

(b2) 十分拡散したあと、世界中の好きな海からコップ一杯分の水を汲み上げる。

(b3) どこから水を汲み上げようとも、
   コップの水を調べてみると、その中には13億個を越えるレベルで赤い水分子が存在する。
   たった一杯分の水の中にだ。

 

分子は小さくて小さくて、そして、びっくりするほど数が多い。

 

 

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2013年8月18日 (日)

玉はどこに向かって転がるの?

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玉はどこに向かって転がるの?

- 山頂間に雨樋を渡して -

 

今年は世界遺産に登録された影響もあって、
富士山への登山者もずいぶん増えているようだ。

日本で一番高い山は言うまでもなく富士山だが、
2位、3位をご存知だろうか?

子供のころ
「2位の山、知ってる?」
の質問に
「知らねぇ」
と答えると
「よく知ってたね、正解!、2位は白峰(しらね)山でした。」
なんてクイズを出された記憶があるのだが、
白峰三山のひとつ、北岳が標高では2位になる。

(この北岳、再確認しようと調べてみると、2004年に国土地理院が
 最高点の標高を3192mから3193mに改定している。
 山頂の三角点よりも、南の岩盤の方が高いことが確認されたためたらしい。)

3位は奥穂高岳3190m。

順位  山名(山頂名)   標高(m) 
 1   富士山   3,776
 2   北 岳   3,193
 3   奥穂高岳   3,190

さて今日は、2位と3位の山、北岳と奥穂高岳を使ったクイズを出題したい。

(このクイズ、物理学者の都筑卓司さんの著作で読んだ気がしていたので
 手元の本を探したのだが、見つけることができなかった。
 オリジナルの作者をご存知でしたらぜひ教えてください。)

 

【問題】

2位北岳の山頂と3位奥穂高岳の山頂間に、
全くたわまない、つまり完全な直線を維持できる
長い雨樋(あまどい)を渡すことにする。

実際には山頂は87km離れているので、
長さ87kmの長いまっすぐな雨樋、ということになる。

今、標高が3m高い北岳の山頂側に立ち、
雨樋に玉を置き、手を放す。

「雨樋が水平でない限り、玉は必ず低い方に向かって転がる」
を前提としたとき、
このあと玉はどういう動きをするだろうか。

低い方の奥穂高岳山頂まで転がって行くだろうか。

 

Yahoo!の地図を借りて位置を書くと
下記中央の紫の線のようなルートとなる。
右下(S)の位置が北岳山頂、左上(G)の位置が奥穂高岳山頂である。

1_2

さて、北岳山頂に置かれた玉は、ゆるやかな坂を転がり
奥穂高岳山頂に到達するだろうか。

もし、到達しない、ということであれば、玉はどうなってしまうのだろうか。

「どんなに緩やかでも、傾いている以上、
 玉は低い方に転がるンでしょ。
 だったら奥穂高岳山頂に到達するよ」

と思った方。
こんな図をイメージしていないだろうか。

1

ところが、この図では大事なことが忘れられている。
ヒントは、山頂間が87kmも離れていること。

そう、地球は丸いのだ。

つまり、実際にはこんな感じになる。

2

2枚の図の違いがわかるだろうか。

 

もう少し極端に書いてみよう。
そうすると一目瞭然。

3

そう、距離のある山頂間に渡した雨樋は、
中間地点の標高が両端よりも低くなるのだ


今、地球のジオイドが半径6371kmの完全な球と仮定して計算してみると、
今回の問題の雨樋の中央点付近の標高は約3043m。
つまり、両脇の山頂よりも、約150mも低くなる。

(「地球にロープを巻きつけて」は、
 中学一年生でも解けるシンプルな一次方程式を使って計算できたが、
 こちらの計算にはどうしても高校一年生程度の三角関数の知識が必要。

 昔は理工系の学生しか持っていなかった関数電卓も
 今やPCやスマホのアプリとしてだれでも簡単に入手できるので、
 ご興味があれば検算下さい。)

 

よって玉は、3m低い山頂ではなく、
150m低い雨樋のほぼ中央を目指して転がり「落ち」、
最終的にはそこに留まることになる、が正解


中央点付近の一番標高の低い部分から見ると奥穂高岳山頂は、
雨樋を「登って」行かなければならないからだ。

(今回は、地球が丸いために、
 直線の雨樋は場所によって標高が変わり、
 中央点付近は両脇の山頂よりもずっと低くなっている、
 ということが伝えたかった点なので、
 位置エネルギー ⇒ 運動エネルギー ⇒ 位置エネルギーの変換が、
 ロスなく行われるとしていいならば、
 中央点の標高が低かったとしても
 奥穂高岳山頂までボールは登るはず、という
 ロスのないエネルギー変換の話は対象外としています。)

 

同じように考えると、こういう図になる場合もある。

4

具体的な例で言うならば、(現実的ではないけれど)こんな状況。

* 身長170cmの二人(AとB)が、頭に雨樋を乗せて離れていくと、
 わずか10km離れただけで、雨樋の中央は接地してしまう。
 言い換えると、
 10km離れると、「地球に邪魔されて」どんなにいい望遠鏡を使っても
 AからBは見えなくなる。
 (目の位置はもっと低いので、実際にはもっと手前で見えなくなってしまう)

* 富士山(3776m)Fの他に、
 直線距離で約440km離れた岡山あたりに
 もうひとつ同じ高さの山Gがあったとする。
 ふたつの山の間が全部標高0mの平地だったとしても、
 FとGの山頂間に直線の雨樋を渡すことはできない。
 なぜなら雨樋の中央部分が接地してしまうから。

 

地球はずいぶん「丸い」のだ。

 

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2013年8月14日 (水)

「雀の羽色」と「キメ色」の江戸前ファッション

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「雀の羽色」と「キメ色」の江戸前ファッション

- 人まねではサインにならない。 -

 

漫画家・江戸風俗研究家の杉浦日向子さんの「ぶらり江戸学」の講義から。

  (1) 江戸の粋(イキ)と上方の粋(スイ)
  (2) 「愛」より「恋」、「恋」より「色」
  (3) 江戸は「情けねえ」土地
  (4) おかず」は食事、「料理」は行事

に続く第5回目。

(以下水色部、「大人の学校 卒業編」静山社文庫からの引用)

きょうは、江戸前のファッションについての話を紹介したい。

 まず、江戸前のファッションは、上方とはまったく違います

上方では、色彩が華やかで大柄の模様 ― そうですね、
カラフルなプリントスカーフのような
着物の柄(がら)ゆきをイメージしていただくといいんですけれど、
豪華絢爛(ごうかけんらん)が好まれていました。
しかもそれを、女らしく着る。

はんなり」という言葉がありますけれども、
ふんわりと、女性のからだの丸みを生かすような、
華やいだ感じで着こなすのが好まれました。

 男の人のほうは、堅実な装い、
いまで言うと、黒っぽいダークスーツといった感じでしょうか。
そういったものを中心に着られていました。

 元禄(げんろく)のころまでは、
江戸も上方を真似していました

それが中期になって、江戸独特の好みが出てきます。

ファッションに限らないが、
なんでも上方を真似ていた江戸の文化が
独自のスタイルになっていくのは、江戸も中期以降だ。

「坂東(ばんどう)武士」という言い方がありますが、
それまでの上方模倣とは違う、坂東風な、無骨で男っぽい、
気骨があってさっぱりしたファッションが好まれるようになりました。

その結果、男性も女性も同じようなものを着るようになって、
恋人同士が着物を取り換えっこしても十分街を歩けるような、
そういうパイセクシヤルなファッションが、江戸の特徴となりました。

 

第一の特徴は「無地」。

 具体的にはどんなものかと言いますと、
上方の大柄で立派な友禅に対して、
江戸は一に「無地」です。

これはやっぱり、絢爛な柄に反発してのことだと思うんですが、
無地の着物が非常に好まれました。

 

第二の特徴は「縞」。

 次に、「縞(しま)」です。
最も江戸らしい粋(いき)な着こなしというと
縞をあげなきゃなりませんが、
まあ順位をつけるとすれば、無地が一、縞が二。

 

そして三番目に「小紋」。

 そして、次が「小紋(こもん)」です。
「江戸小紋」と言いますが、
その中でも一番江戸らしいのが、「鮫(さめ)小紋」。

ワサビをすりおろすときに、サメハダを使いますけれど、
あの鮫の肌のように、ポチポチポチッという小さい絞の模様のことを
「鮫小紋」と言います。

「無地」「縞」「小紋」が三大傾向。そして色は「雀(ジャン)」

 この三つが、江戸のおしゃれの三大傾向です。
これをひと口で覚えるのに便利なのが、「ジャン」。
つまり、「雀(ジャン)」、雀(すずめ)の羽色なんです。
雀を思い浮かべてみてください。

頭から、黒、茶色、ベージュ、グレー、白・・・そんなような、
雀の持っている色すべてが、江戸好みの色です。
まあ、おおざっぱに言ってモノトーン感覚ですね。

それに茶色系が入って、紺色がプラスされるぐらい。
江戸好みの色は雀の羽色、と覚えてください。

 

この雀の羽色、生活空間にも多く、事実上保護色のようになっている。

 これを考えますと、江戸の家屋も、すべてこの色で構成されているんです。
江戸の建物は、瓦が黒、壁が白、柱が茶色、障子が白、畳がベージュ ―
生活空間の色が、全部雀の羽色の中でまかなえます

しかも、よく考えるとこの雀の羽色というのは、
日本人がヌードになったときにも全部ある色ですよね。
髪の黒、肌のベージュ、白目の白 ― 
日本人がもともと持っているグラデーションです。

そういう色を身にまとい、同じ色調の居住空間に住まうというのは、
ほとんど保護色ですから、落ちつくわけです。

 江戸は派手なイメージがあるんですが、
実は基本はこの雀の羽色なんです。
それを大基本として、キメ色を上手に使っていく。

で、ここに「キメ色」登場!。
これこそが江戸前ファッションの真髄。

大部分の面積は基本の色で埋めておいて、
その中に真っ赤をチョコッとつけるとか、
紫色をスッと入れる、
あるいは見目(みめ)鮮やかな若緑をパッとしめる。

そうやって、雀色の中に一つだけキメ色を効かせるというのが、
江戸の真髄と言っていいような、おしゃれの基本でした


 江戸のおしゃれの仕方は、自分のセンスをアピールする。
「こういうセンスなんだよ」ってアピールして、
この組み合わせをわかってくれる人と友達になりたい、というサインなんです。

だから、人真似のおしゃれというのは、
まったくと言っていいほど、ありません。
人真似をしていたんでは、サインとして成立しえないってことですから。

雀色の中に一つだけキメ色を効かせるというのが江戸の真髄、
しかも、人まねはしない。
人まねをしていたんでは、サインとして成立しえないから。

なんとも風が流れるようだ。

 

 

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2013年8月11日 (日)

「おかず」は食事、「料理」は行事

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「おかず」は食事、「料理」は行事

- 料理はイベントでありアトラクション -

 

漫画家・江戸風俗研究家の杉浦日向子さんの4回に渡った
「ぶらり江戸学」の講義から。

  (1) 江戸の粋(イキ)と上方の粋(スイ)
  (2) 「愛」より「恋」、「恋」より「色」
  (3) 江戸は「情けねえ」土地

に続く第四回目。

(以下水色部、「大人の学校 卒業編」静山社文庫からの引用)

きょうは、江戸庶民の食生活を覗いてみよう。

 一般の庶民、つまり長屋の熊さん八っつぁんクラスの人たちですね。
この層が一番厚くて、江戸に住んでる人間の八割方は、長屋住まいの階層です

この人たちがふだん何を食べていたかと言いますと、まずご飯です。
ほとんどご飯です。
一日の総カロリー摂取量の90パーセント以上を、ご飯で補っていました。

その残りの一割が、おかずであったりおやつであったりするわけで、
いかにご飯の量が多いかということが実感できるかと思います。

大人の江戸っ子は、一日平均五合(ごんごう)食べたと言います。一日に、です。

五合飯(ごんごうめし)。
当時は朝飯と夕飯、一日二食なんです。
江戸後期にやっと三食です。つまり、一食二合半ですね。
二合半のご飯は、どんぶりにてんこ盛りにして、二杯です。
すごい量です。

それが九割ですから、おかずはほとんどないと考えてけっこうです。

ほとんどないとはいえ、おかずは何だったのだろう?

一番ポピュラーなおかずは、たくあんです
江戸前のたくあんというのは、非常に塩辛かったんだそうです。
上方の上品なたくあんとは比べものにもならず、
「江戸のたくあんは塩よりも辛い」と言われていました。

江戸前のたくあんのしっぽ、一番固くてしまった細いところをちょんと切って、
ねぼけた人の口の中にボンと入れると、目がバチンと覚めたというくらい、辛い。

そんな塩より辛いたくあん二切れで、二合半をかっ込む。
これが平均的な食生活です。

他には、佃煮とか煮豆 ― こちらも、しようゆより辛いというぐらい、
からーく煮しめたものですが、それをチョコチョコッとおかずにする。

後は、嘗(なめ)味噌 ― これも金山寺味噌のような豪華なものではなくて、
ただほんとに味噌を焼いただけの、さっぱりした、甘味のないものですが、
この焼き味噌で、ご飯をかっ込む。

結局、塩っ辛いもので大量のメシをかっ込むというのが基本でした。

 

「おかず」は「料理」ではない?!

 ふだんがこういう食生活で、この食事は「菜(さい)」と言います

これに「お」がつくと、「お菜(かず)」と読みます。
この「お菜(かず)」は、イコール「しょっぱいもの」なんですね。

・・・

 これとは別に、たまに食べるごちそうで、
「料理」というものがあります。

いまは料理とお菜(かず)は同じことですけれど、
江戸のころは全然違うものでした。


お菜は塩っ辛い、ご飯を食べるための補助食品で、
料理は、ご飯を食べるためのもの、食事とは切り離して考えていました。

 江戸には、「家庭料理」という言葉自体が、ないんです。
なぜかと言いますと、料理屋で料理人が作るものが料理であって、
家でカカアが作るのは料理じゃないんです。

家で作る「お菜」 の場合は食事ですけれども、
料理の場合はもはや食事ではなくて、行事なんです。

「料理」という言葉は、
「あの件、うまく料理しておいてくれ」と使ったりするように、
「うまく処理する」や「処置する、世話する」などが元の意味らしく、
そもそもは「食べ物を作る」という意味ではなかったらしい。

ところが、日本では8世紀ごろにはすでに「食べ物を作る」の意味で使われ始めていた、
という話を別のところで聞いたことがある。

話が逸れてしまったが、いずれにせよ、「おかず」は「料理」ではない。

 お菜(かず)はお腹がすいたから食べるもの、
からだを保つために食べるものなんですが、
料理は楽しむために食べるものであって、
口と胃を使った遊び、つまり、イベントであり、アトラクションである


楽しみたいから、じゃあ料理屋に行こうか、
料理を食おうかということになるんであって、
これは体感イベントなんですね。

食事とは、まったく種類の違うものだと考えてください。

では、どんなものがイベントとしての「料理」になるのだろうか。

江戸っ子の料理イベントの中で、一番の嚆矢(こうし)と言いますか、
トップは「鰹」。
なんと言っても鰹です。

「初鰹」に関して、講義では

* 湘南のあたりで獲れた初鰹を、船の両側に水夫がびっしり並んで、
  むかでのようにオールを出してこぐ、超高速艇で日本橋の魚河岸に運んだこと。

* 価格はべらぼうに高い。
  しかし、売りに行く魚屋は、金持ちの門前はすっ飛ばしてしまう。
  江戸の金持ちはケチンボでムダ遣いをしないため、
  買ってくれないからだ。

* では、どういうところに売りに行くか。
  いわゆる職人。左官屋さんや大工さん。
  当時、火事による飛び込みの仕事もよくあり、アブク銭をもっていた。
  なので、特に腕のよさそうな職人衆の棟梁とか親方のところに売りに行った。

* 初鰹の場合、通常の初物の十倍、「750日長生きする」と言われ
  高くても珍重されていた。

などの話が続いており、
「料理」についても、「握り寿司」や「そば」に話が広がっていくが、
詳しく知りたい方は本の方を参照あれ。

今日紹介したかったのは、「おかず」は食事、「料理」は行事、の感覚。

 

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2013年8月 7日 (水)

江戸は「情けねえ」土地

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江戸は「情けねえ」土地

- 「情緒」と「風情」 -

 

漫画家・江戸風俗研究家の杉浦日向子さんの4回に渡った
「ぶらり江戸学」の講義から。

  (1) 江戸の粋(イキ)と上方の粋(スイ)
  (2) 「愛」より「恋」、「恋」より「色」

に続く第三回目。
(以下水色部、「大人の学校 卒業編」静山社文庫からの引用)

最初に「江戸前」の意味を確認したあと、
「情緒」と「風情」についての説明を聞いてみよう。

 

まずは「江戸前」の意味の再確認。

 「江戸前」と申しますと、
「江戸前の蒲焼き」とか「江戸前のお寿司」なんていう言葉が思い浮かぶと思いますが、
もともとはどんな意味だと思いますか?

「江戸前」というぐらいですから、江戸の前、江戸湾で、
江戸近海で獲(と)れた魚で作ったお寿司とか、
江戸の地(じ)のものという意味に考えられるんじゃないかと思います。
ま、それも正解です。

まさに、物理的な「前」だが、
「江戸前」にはもうひとつ、大切な意味がある。

「江戸前」にはもう一つ意味があります。

江戸前の「前」は、「男前」とか「腕前」の「前」に通じるんです
こちらの意味に使った場合は、「江戸スタイル」ということなんです。

 

江戸と聞くと、なぜか一緒に情緒という言葉が浮かぶことが多いが、
「江戸」と「情緒」は合わない、と言う。

 江戸というと、必ずペアで出てくるのが「江戸情緒」という言葉です。
よく耳にされる言葉だと思うんですが、
「江戸情緒」というと、「ああ、江戸だなあ、しっとりしてていいなあ」って、
すぐ納得できると思うんです。

でも、あれは実は明治以降の造語で、江戸時代、
当の江戸っ子たちは「江戸情緒」という言葉を知りませんでした。

・・・

第一、あの情緒の「情」、「情けの文化」というのは、上方のものなんです。
江戸はあんまり「情け」というものがない、「情けねえ」土地なんです。

・・・

 江戸は、どちらかと言うと、「情け」ではなくて、「性」のほうなんです
性と言ってもセックスだけではなくて、性質とか、気質、かたぎ ― というような、
行動パターンとしての 「性」なんですね

・・・

だから、「江戸」と「情緒」は合わないんですね。

 それがなぜ定着してしまったかというと、明治をすぎてから、
昔を懐かしむような気風がどんどん流行りまして、
例えば永井荷風なんかが「昔はよかったなあ」なんて言い出して、
そういうセンチメンタルな懐古趣味が、
こういう不似合いな言葉を引き寄せてしまったんです。

ですから、昔は「江戸情緒」というものは、なかったわけです。

「情緒」が合わないとすれば、ピッタリくるのは?

「江戸」に合うものと考えますと、「風情」というのが一番近いと思います。
風のような情けは一応ある - というようなことなんですけれども、
風情、あるいは、情けよりは趣(おもむき)の、風趣。
「江戸風趣」「江戸風情」という言葉は、
江戸を表すのにぴったり来ると思います。

 これはどういうものかと言うと、
「情緒」が
水の上にぽつんぽつんと水滴が落ちて波紋がフワーツと広がっていくような、
一点から連鎖作用が生じる運動であるのに対して、

「風情」「風趣」というのは
柳に風がスーツと通って、
その下をツバメがピュッと飛んでいくような、なんと言うか、
さわやかな、後に何も残らないあっけらかんとしたシーンを言います。

例えば上方の「情緒」のくどき方は
「好きだ好きだ好きだ・・・」と言葉を重ねて、
じわじわ攻めていって落として共に奈落まで、という方法ですけれども、

江戸の「風情」のくどき方は
「好きだ」と、ひとこと言って、
その女の子が振り向いたとたんパッと逃げて行って、
ハイ次というような、過程のみで完成のない感じで、全然違います。

そんなことで、江戸前は「情緒」が似合わない街、
これを、頭に入れていただきたく思います。

「情緒」は一点からの連鎖作用、
「風情」は後に何も残らないあっけらかんとしたシーン、
説明しにくい言葉のイメージをなんとか伝えようとする工夫が、
講義を印象深いものにしている。

 

 

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2013年8月 4日 (日)

「愛」より「恋」、「恋」より「色」

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「愛」より「恋」、「恋」より「色」

- 「色」は想像力の世界 -

 

前回に続いて、
漫画家・江戸風俗研究家の杉浦日向子さんによる、
「江戸前の色と恋」の講義の内容から。

(以下水色部、「大人の学校 卒業編」静山社文庫からの引用)

 

今日は、「愛」と「恋」と「色」について。

 現代では「愛」と「恋」を比べると、
「愛」のほうがなんとなく立派なものだと思われていますね。

人間愛とか純愛というのが、ちょっと高尚なものに聞こえるし、
恋が発展して愛になるようなイメージがある。

未熟な世代に恋をして、それがやがて愛になるという、
こういう図式を思い浮かべてしまいますが、江戸のころは逆でした。
愛が出世して恋になるんです。

まず、「愛」とはどんなことを指していたかと言うと...、

 いまは、愛というと「神々の愛」とか「いつくしみ」という意味に使われるので、
こうなってしまったんですが、江戸のころの愛は、
壺(つぼ)を愛するとか茶碗を愛するといったように、
物に対する執着心のことを言いました。

「これを失いたくない、これは俺のものだ」という、
とても即物的な執着心を指したわけです。

一方、「恋」とは?

 恋というのはそこから一歩進んで、
その愛するものを手に入れようとする行動を伴うことなんです。
つまり、愛するものを自分のものにしようとして、
どんどんアプローチをしていくこと、それが恋なんですね。

 愛というのを人に対して使えば、
人を物としてしか見ていないということです。
例えば「女の子を愛する」と言った場合は、
その女の子を人形か何かのように愛すること。

「子供が愛らしい」と言えば、おもちゃのようにかわいいと見てるだけで、
つまり、人格がないものに対して「愛」という言葉を使うんですね。

「恋」は人に対しても十分使える言葉で、さきほど言ったように、
獲得しようという気持ちが恋になります。
この愛と恋が、上方がリードしてきた男女の文化でした。

その中でも、元禄(げんろく)時代あたりまでは、
男女の間には恋という感情が主流にありました。

上方がリードして来た男女の文化が「愛」と「恋」というわけだ。

そこに江戸中期以降「色」が登場する。

 これが江戸も中期以降、江戸前が出るに至って、
「色」というものが出てきます。

それまでの「恋」は、結局「彼が好きだ」「彼女が好きだ」という、
割と動物的な本能で突き進めるものです。
そして、「恋は命賭け」というように、命と引き換えにするほどの、
衝動的な、ものすごい激情なんです。

 それに比べて、「色」はゲーム感覚で、
「色はその日の出来心」と言って、
その日の天気や気分によって恋人をとっかえひっかえする - 
身の内からわき起こってくる要求に従って行動する「恋」とは違い、
「色」は想像力の世界なんですね。

「色」は想像力の世界、とはなんともいい言葉ではないか。

「色」と「恋」の一番端的な違いは、
恋は相思相愛ですが、色は相思相愛とは限らない。

つまり、女郎買いの遊びがそうなんです。
女郎買いというのは、初めて会った男女なのに、ずーっと一緒にいるように、
夫婦の契(ちぎ)りを交わして、とても濃密な時間をすごす。

あるいは、逆に、とても惚(ほ)れ合っている同士の男女なのに、
決して肌身を合わさないというような素人の恋愛の仕方も「色」なんです。

 惚れ合っててもからだを合わせない、
あるいは惚れてないのにからだを合わすという、
想像力で補う部分を必要とするのが「色」で、
つまり、「恋」よりも大人の意識がなければならない。

想像力で補う大人の意識が「色」には必要、ということらしい。

ですから、心中にしても、
上方では男女双方思いつめて死んでしまうことが多いんですが、
江戸では、落語にある「品川心中」のように、
遊びの途中のかけひきでもって、その場のノリで死んじゃう。

恋の果ての突きつめた、昇華した姿としての心中ではなくて、
成りゆきでうっかり死んじゃったという、言ってみれば事故死ですね。
江戸の心中は、ほとんどこの事故死と考えてかまいません。

 西鶴(さいかく)、近松(ちかまつ)のような 「情」の世界は、
とうてい江戸にはなかった
、ということを、ひとつ覚えて、
明日からせいぜい楽しい「色」の世界を学んでいただければ幸いです。

西鶴も近松ももちろん上方。

17世紀末からの上方を中心にした元禄文化、
18世紀末からの江戸を中心にした化政文化、
のような受験勉強的分類に、
まさに「色」を与えてくれる説明だった。

「想像力」こそが重要で、かつおもしろいのは、
「色」や「歴史」の世界だけではないはずだ。

 

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