「ガンなんて治しちゃってほんとにいいんだろうか」
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「ガンなんて治しちゃってほんとにいいんだろうか」
- ガンを克服した人類は、人類にとってのガン細胞? -
佐藤健太郎さんの著書「医薬品クライシス―78兆円市場の激震」(新潮新書)
を読みながらの薬の話、6回目、最終回。(以下水色部 引用・要約)
この本の紹介を始めたのは、1回目に書いた通り「イレッサ」がきっかけではある。
が、読み返してみると、興味深い医薬と医薬業界の話が満載だったため、
すでに5回も書いてしまった。
最後はガンについての話。
実は、薬の話で最も書きたかったのは、このエピソードだ。
まず、ガンとはどんなものなのか、をおさらいしておこう。
【ガンとはどんなもの?】
ガンは今や日本人の死因の三割を占め、
多くの努力にもかかわらずいまだ決定的な治療薬はない。
ではガンとは一体何であろうか。
細胞は一生の間に何度も分裂を繰り返し、新陳代謝を続ける。
いわば分裂増殖することこそが、細胞に与えられた使命であるといっていい。
しかし細胞分裂は、厳重に管理されなければならない。
例えば細胞が増殖していき、
何か他のもの(他の臓器や、プラスチック板などでもよい)に接触すると、
途端に分裂は止まる。
またDNAの末端にはテロメアと呼ばれる細胞分裂のたびに短くなっていく領域があり、
これが一定以下の長さになってしまえばそれ以上の分裂はできなくなる
細胞は必要以上に増殖することのないよう、様々な歯止めがかかっているのだ。
さらに重要なのは「アポトーシス」という仕組みだ。
細胞は、分裂の際にDNAが複製されるが、この時いくらかコピーミスが出る。
このミスが致命的なものであった場合、
細胞はそれを感じ取ると自ら「自爆装置」のスイッチを押す。
またウイルス感染、放射線などによって細胞に異常が発生した時にも、
やはりこの「プログラムされた自殺」が起こる。
大事な細胞が何のために「自爆」するかといえば、全体を守るためだ。
異常を来した細胞が分裂増殖を続ければ、体は重大な危機を迎えることになる。
異常な細胞が自ら死を選ぶことにより、全体を健全に保つ
のがアポトーシスの役割なのだ。
アポトーシス機能が壊れてしまうと、細胞は一気にガン化へ突き進み始める。
ガン細胞は無制限に増殖し、他に行き渡るべき栄養を奪い、
様々な物質を放出して体を衰弱させ、やがて宿主と共倒れになる。
以上がガンの概略。逆に言うと
* 無制限に増殖しない。
* 細胞に異常があれば自ら死を選ぶことで、生命全体を守る。
* 他への栄養を奪わない。
* 有害物質を撒き散らかなさい。
細胞自らがそうすることで生命全体を維持している。
【治しちゃってほんとにいいんだろうか】
筆者自身も一時期、抗ガン剤の研究に携わった。
その中で、プロジェクトリーダーが実験中、誰に言うともなくふと漏らした一言が、
今でも忘れられないで心に残っている。
彼は抗ガン剤候補化合物の入ったフラスコを見つめながら、
ぼそりとこう言ったのだった。
「しかし、ガンなんて治しちゃってほんとにいいんだろうか」
創薬の研究者が何ということを言うのかと言われそうだが、
筆者には彼の言いたいことが何となくわかる気がした。
「しかし、ガンなんて治しちゃってほんとにいいんだろうか」
この言葉が持つ意味。
最初に書いたガン自体の性質を思い出しながら、ちょっと考えてみたい。
人々の集まる社会を一個の生命に譬(たと)えるなら、
人間一人一人は細胞のひとつひとつに相当するだろう。
社会が健全であるためには、
古くなった細胞はアポトーシスを起こして新たな細胞に席を譲らなければならない。
しかし人類はあらゆる手段を使って、死を遠ざけようと懸命になっている。
いつまでも死なず、やたらに増え続け、資源を引っ張ってきて自分勝手に使い、
有害物質をまき散らす。
皮肉なことにそんな人類の姿は、我々が忌み嫌い、
なんとか退治しようと躍起になっているガン細胞に似てきてはいないだろうか?
であれば我々を待つ運命は、宿主との共倒れなのだろうか?
ガンを克服した人類は、人類にとってのガン細胞になりはしないか。
もちろん自分がガンで死ぬのはまっぴらだし、親しい人、大切な人をガンで失いたくはない。
しかし種として見た場合、ガンを治してしまうのは本当に人類に幸福をもたらすのだろうか。
「答え」はなくとも、持ち続けなければならない「問い」はある。
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