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2013年5月 5日 (日)

どうやって薬は効くのか?

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どうやって薬は効くのか?

- タンパク質の多様な働きと薬を作用させるための大きな課題 -

 

佐藤健太郎さんの著書「医薬品クライシス―78兆円市場の激震」(新潮新書)
を読みながらの、薬の話、2回目。(以下水色部 引用・要約)

今回は、どうやって薬は効くのか、と共に創薬の難しさを考えてみたい。

医薬品は、体内のタンパク質とゆるく結びついて作用することになるのだが、
まず始めに、その対象となるタンパク質の働きを整理しておこう。

 

【タンパク質の多様な働き】

 我々の体内には数万種類のタンパク質があり、きめ細かな分業体制の下、
生命を運営するあらゆる作業を行っている。

* 食べ物に含まれる炭水化物や脂質などを細かく分解消化
* DNA・RNA・ホルモンなどの分子を間違いなく合成
* 酸素を運ぶ(ヘモグロビンもタンパク質の一種)
 
* 筋肉を作る(アクチンやミオシン)
* 細胞同士を貼り合わせる(コラーゲン)
* 血糖値を下げろ、細胞分裂を始めろといったメッセージを出す
* 侵入してきた細菌やウイルスを撃退する

一つの仕事をいくつものタンパク質で分担していることもある。
例えばコレステロールの合成には、三十数種のタンパク質が関わっている。

なんと多くの重要な機能を担っているのだろう。
消化もするし、合成もするし、酸素も運ぶし、指示も出す。
そのうえ、悪者の撃退までしてくれている。

タンパク質は英語では「プロテイン」で、ギリシャ語の「最も大切なもの」という単語に由来するらしい。
その正体は最初はもちろんわからなかったはずなのに、
先人達はなんとふさわしい言葉を選んで名付けたのであろうか。
言葉選びのセンス自体に感服してしまう。

 

福岡伸一さんの傑作「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)には、

私たちが仮に断食を行った場合、外部からの「入り」がなくなるものの
内部からの「出」は継続される。
身体はできるだけその損失を食い止めようとするが「流れ」の掟に背くことはできない。

私たちの体タンパク質は徐々に失われていってしまう。
したがって飢餓による生命の危険は、エネルギー不足のファクターよりも
タンパク質欠乏によるファクターのほうが大きいのである。

エネルギーは体脂肪として蓄積でき、ある程度の飢餓に備えうるが、
タンパク質はためることができない。

という記述もある。
「出」や「流れの掟」といった言葉の説明なしでこの部分をだけを引用しても
わかりにくいとは思うが、とにかく、
飢餓のとき、危険はエネルギー不足にではなくタンパク質欠乏のほうにある、という
後半部分に着目あれ。
(「出」や「流れの掟」については、いつか改めて紹介します。この話もものすごくおもしろいので。)

タンパク質はまさに「最も大切なもの」なのである。

 

【タンパク質の驚くべき仕事の速さ】

 タンパク質の仕事ぶりはよく精密機械に例えられるが、
その働きぶりの速さと正確さは、人間の造り出した機械の比ではない。

一つの細胞内のATP合成酵素は、毎分5億個のATP分子を作り出す
酵素とは、化学反応を触媒するタンパク質のことをいう)。


DNAの二重らせんを合成するDNAポリメラーゼは、
毎秒2000個のヌクレオチドをつなぎ合わせ、配列に間違いがないかチェックし、
間違いがあれば正しいものに取り替える、という驚くべき作業をやってのける。

 直径50分の1ミリメートルほどの細胞には、
そのタンパク質が2万種、数億個も詰まっている。

そして一人の人間の体は、その細胞が60兆個ほども集まって成り立っている。

これらが猛烈な速度で狂いなく協働し、それぞれの職務を正確にこなすことで、
生命の営みは滞りなく行われているのだ。

タンパク質は多くの機能を担っているというだけでなく、仕事も速い。

間違い補正付のつなぎ合わせ作業を毎秒2000個!
ひとつの細胞に2万種のタンパク質、そしてそれらの正確な協働作業。
細胞の中ではすごいことが起こっているのだ。

多様な仕事を高速にこなすタンパク質。
そのタンパク質は、分解すればたった20種類のアミノ酸から成り立っている。

 

【たった20種のアミノ酸から、でノーベル賞】

 ではそのタンパク質は、いったいどんな姿をしているのだろうか。
...
 
基本的には、タンパク質たちは全て20種のアミノ酸の順列組み合わせだ。

生命を司る精密で多彩な働きが、
分解すればたった20種類のアミノ酸に行き着くという事実は、
学べば学ぶほど信じ難い。

 このことを最終的に確定させたイギリスのフレデリック・サンガーは、
1958年にノーベル化学賞を受賞している。
 
1953年にDNAの構造を解明したジェームス・ワトソンとフランシス・クリックが
9年も待たされたのに対し、
サンガーがわずか一年半で受賞に至ったのは、いかに彼の業績が衝撃的だったかを物語っている。

では、この「タンパク質に作用して薬が効く」とは、いったいどういうことなのだろうか。

 

【どうやって効く? キーワードは「酵素」と「受容体」】

 ...多くの薬は酵素に作用して特定の体内物質の生産を調整するか、
受容体に結びついてホルモンなどの伝達物質の作用を妨げる
(あるいはホルモンの代わりに情報伝達を行う)ことで効力を発揮する。

とりあえずここでは、無数にあるタンパク質のうち、
「酵素」と「受容体」という二種類が医薬のターゲットになりうる、とだけ
覚えておいていただきたい。

生産量の調整と情報伝達の妨害が、「効く」ということと深く関係しているようだ。
「酵素」と「受容体」を具体的な例で見てみよう。

 

【例:胃潰瘍の薬を考えてみる】

 胃潰瘍の薬を例にとって説明しよう。

胃の内部では胃酸や消化酵素が放出され、
食事で取り入れたタンパク質を消化分解しようとする。

胃壁もタンパク質でできているが、通常これを守る粘液が表面に分泌されており、
胃壁が消化されてしまうことはない。

しかし何らかの原因で胃酸と粘液のバランスが崩れると、
自分の胃液で自分の胃が消化され、ただれてしまうという状態が起きる。
これが胃潰瘍だ。
...
 
医薬にできるのは、胃酸の放出を調節して、胃がやられないように守ることだ。
...
 
 胃酸放出のスイッチを押すのは、ヒスタミンという小さな分子だ。
この分子が受容体タンパク質の窪みにはまり込むと、
その刺激をきっかけに胃酸分泌システムが動き出し、胃袋の中に胃酸が放出される。

 先ほどのたとえでいえば、ヒスタミンが鍵で、受容体は鍵穴に相当する。
 
つまりヒスタミンの鍵を差し込めないよう、
医薬分子で受容体の鍵穴をふさいでしまえば、
少なくとも胃潰瘍の悪化は食い止められることになる。

具体的には、本物の鍵であるヒスタミンに似ているが、
さらにしっかりと鍵穴に入り込んで抜けにくいような化合物を創り出せばよい。

スイッチを押すための鍵穴を薬で塞いでしまい、胃酸を放出するスイッチが入らないようにして、
胃潰瘍の悪化を食い止めるわけだ。

よくこんな仕組みが解明できたものだと、それだけでも感心してしまうが、
少なくとも胃酸放出のしくみ自体は明快ですっきりしている。

ところが、「鍵穴を塞ぐように」薬を作用させるためには、いくつもの課題を解決しなければならない。

一つ目の課題は、どうやってターゲットのみに「命中」させるか、ということ。
 
狙った鍵穴にどうやって医薬分子を差し込むか。
医薬は血流に乗って全身に運ばれるので、
目的としているターゲット以外の部分で作用してしまう可能性があるのだ。

 

【ターゲットのみに命中させる正確な攻撃能力】

具体的には、本物の鍵であるヒスタミンに似ているが、
さらにしっかりと鍵穴に入り込んで抜けにくいような化合物を創り出せばよい。

一時期よくテレビのコマーシャルで流れていた、「ヒスタミンブロック」というのは、
まさにこのことを言っていたわけだ。

しかし記憶力の良い方なら、
「そのコマーシャルは胃薬ではなく、花粉症の薬ではなかったか?」
と疑問に思われるかもしれない。

まさしくその通りだ。もちろん花粉症の薬を飲んでも胃潰瘍はよくならないし、
胃薬を飲んでもあの不快な花粉症の症状が治まるわけではない。

 実はこのあたりが、生命というシステムの一筋縄でいかないところだ。
...
 
ヒスタミン受容体には二種類ある...(後にもう二種類見つかっている)。
つまりヒスタミンという鍵は一つだが、それが差し込まれる鍵穴は二種類あったのだ。

鍵穴の一つ(H1受容体)はアレルギー反応に関わり、
もう一つ(H2受容体)が胃酸放出のスイッチとなる。
違う鍵穴なのだから、混乱しないように鍵も違うものを用意すればいいのにと思うが、
なぜかそうはなっていない。

...
 
同じヒスタミンを鍵として受け入れるH1・H2受容体は、
当然お互いに似たような構造を持つが、
何の工夫もなくこれらをふさぐ化合物を創ったのでは、
両方の受容体に作用してしまって余計な作用を引き起こすからだ。

 花粉症の薬であれば鼻だけ、
胃薬であれば胃だけに行って作用する薬を創れればいいのだが、
残念ながらこうした仕組み(ドラッグデリバリーシステム=DDS)は
いまだ実用化されていない。

医薬は血流に乗って全身の隅々にまで運ばれ、
基本的にどの部分にもまんべんなく作用してしまうのだ。

花粉症のくしやみを止めたいだけの人が、
胃酸放出までストップさせられたのでは消化不良を起こしてしまうし、
その逆もまた然りだ。

 が、医薬分子には自分のいる場所が胃か鼻かの見分けはつかなくとも、
同じ分子レベルの構造である受容体ならばどうにか見分けはつく。
というわけで胃潰瘍の薬を創るなら、胃酸放出に関わるH2受容体だけに作用し、
H1受容体には全く障らないものを創る必要があるのだ。

コマーシャルで流れていた「ヒスタミンブロック」は、
このH1受容体だけをふさぐ薬だ。

 他にもこうした例はたくさんある。
体内には数万種のタンパク質がひしめいており、似たようなものはたくさんあるから、
せっかくの医薬分子が目的以外の余計なタンパク質に作用してしまうこともありうる。

多くの場合、それは望まぬ副作用、毒性という形で現れてくる。
狙ったターゲットだけを間違いなく仕留める、
正確な攻撃能力こそが医薬分子の生命線なのだ。

的確なるターゲットを識別し、
そのターゲットのみに作用するような仕組みをもたせる。

ところがこの「何をターゲットにすべきか」の選択にも多くの制約がある。

これがふたつめの課題。
なぜ、ターゲットを自由に選べないのか。
薬が作用した時、できかけのヘンな化合物が
体内に溜まらないようにしないといけないからだ。

 

【ターゲットは自由に選べない】

 例えば、ある体内物質の生産を止める薬を創るとしよう。
多くの体内物質は、一回の反応でパッと作り出されるわけではない。
ベルトコンペアによる流れ作業のように、多くの酵素の間を手渡されながら、
いくつかの段階を経て合成される。

それらの酵素のどれを阻害しても、体内物質の生産は止められるはずだ。
しかし医薬として成立するためには、
ターゲットは自由にどれを選んでもいいというわけにはいかない。

 目的の体内物質の合成ルートを下手なところでストップすると、
できかけの化合物が大量に溜まって危険を引き起こすようなこともありうる。

一つの合成ルートをストップしても、
未知の別ルートがあったために生産が完全に止まらないケースも存在する。
道路の一ケ所を通行止めにしても、
バイパスがあれば車の流れは止まらないのと同じことだ。

 こうした障害はあらかじめ予測できることもあるが、
やってみて初めてわかることも少なくない。
人体には気の遠くなるほどのタンパク質がひしめき合っており、
それら全ての役割や分布がわかっているわけではないどころか、
細胞一つのふるまいでさえ不明な点が多く、どこをどう押せばどう反応するのか、
完璧な予測は現代の科学ではとうてい不可能なのだ。

 

以上を考慮し、適切なターゲットが選ばれ、
そのターゲットのみに適切に作用するようなものが用意できたとしても、
それで薬の完成というわけではない。

薬をどうやってターゲットにまで到達させるか、という問題が残っている。

生命は自分自身を守るために、異物が入ってくればそれを分解、排除しようとするからだ。
特に口から摂取する経口投与の薬にとって、その壁は幾重にもなった厳しいものだ。
この壁の克服が3つめの課題となる。

その話は次回に。薬の話、もう少し続けます。

 

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