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2013年5月12日 (日)

薬に立ちはだかる幾重もの壁

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薬に立ちはだかる幾重もの壁

- どんなにいい薬でも体にとっては異物だ。 -

 

中坊さんの話が一回割り込んでしまったが、薬の話に戻って続けたい。

佐藤健太郎さんの著書「医薬品クライシス―78兆円市場の激震」(新潮新書)
を読みながらの、薬の話、3回目。(以下水色部 引用・要約)

薬が、目標とするタンパク質に到達するまでに立ちはだかる壁とはどんなものなのか。
今日はその話から始めたい。

医薬の分子的な大きさは、通常のタンパク質に比べると圧倒的に小さい。
実はこれも壁を乗り越えるためのひとつの策なのだ。

 

【ターゲットにたどり着くまでの試練】

 実は、医薬となる化合物は、先ほど述べた
「特定のタンパク質と結合し、その働きを調整する」
という条件を満たしただけでは成立しない。

医薬は目的のタンパク質にたどり着くまでに、
生体が備えた何重もの防御システムを突破しなければならない。

この監視者たちの目を盗んで体内に侵入するため、
医薬はあれだけ小さなサイズである必要があるのだ。

 また小さければよいというものではなく、
医薬にはさらに厳しい追加条件も求められる。

我々が病院でもらう薬は、
たいてい口から飲み込む形で投与される(経口投与という)。

当たり前のことのようだが、
これは医薬を創り出す側にとって非常に厳しいハードルなのだ。
経口投与された医薬が患部に届くまでには、
それこそ波瀾万丈と言いたくなるほどいくつもの壁を乗り越えなければならない。

経口投与、つまり口から飲んだ薬がどうなるかを追っていこう。

 

【最初の関門 胃 : 酸、消化酵素】

 水と一緒に飲み込んだ医薬は、まず胃に到達する。
これが第一の関門だ。酸というものは、効率よく有機化合物を分解してしまう能力を持つ
...

 胃液はご存知の通り、pHおよそ1.5という強烈な酸だ。
ここにペプシンなどの消化酵素が混じり、
摂氏三十七度の温度でぐいぐいと撹拝されるのだから、
胃の中というものは医薬分子にとっては極めて過酷な環境だ。

医薬は、この過酷な条件に打ち勝てるよう、非常に丈夫な構造である必要がある。

まずは、酸や酵素で分解されないようにしなければならない。
薬自体が消化・分解されてしまっては効きようがない。

 

【第二の関門、腸 : アルカリ性、消化酵素】

 この地獄のような胃袋をどうにか耐え抜いて腸に送られると、
一転して環境はアルカリ性へ変化し、今度はタンパク質や糖類をバラバラに分解する、
高性能な消化酵素たちが待っている。
もちろん医薬はこの攻撃にも耐えなければならない。

酸の次はアルカリ性。 どちらの環境でも、分解されずに生き延びる必要がある。

 

【第三の関門、生体膜 : 一億分の一メートルという極めて薄いシートなのに】

 医薬は小腸の腸壁から吸収され、血管に入り込む。
この時、腸や血管を構成する生体膜を通過せねばならないが、
これもなかなか侮りがたい関門だ。

膜は厚さが一億分の一メートルという極めて薄いシートなのだが、
タンパク質などの大きな分子を極めて効率よくブロックする。
また膜はリン脂質やコレステロールといった「油っぼい」成分からできているから、
水溶性の高い分子とはなじみが悪く、これを通せんぼしてしまう。

 これは生体にとっては当然のことで、大切な細胞内に、
素性の知れない異物を易々ともぐり込ませるわけにはいかないのだ。

医薬は目的地にたどり着くまでに、
この生体膜というバリアを何度も突破する必要がある。 

酸、アルカリの環境を生き延びたあと、
生体膜を通り抜けて初めて体内に入ったことになる。

糖尿病患者にとっては命の綱とも言える「インスリン」は、経口投与できない。
理由は、タンパク質の一種であるインスリンは口から飲むと腸で分解されてしまうからだ。
仮に、消化酵素の攻撃を凌ぎきったとしても、
今度は分子が大きすぎて生体膜を透過できない。
よって、皮下に直接注射するという投与の方法しかないわけだ。

生体膜を通りぬけ、ようやく小腸から血管に入り込んでも、さらなるかつ最大の敵が待っている。

 

【第四の関門、肝臓 : 最大の敵、無慈悲な破壊マシーン】

 一般に水溶性が高い化合物は尿から排泄されるが、
脂溶性の高いものは脂肪などに溶け込み、体内に蓄積しやすい。
そこで肝臓は様々な代謝酵素を繰り出して体内に入り込んできた異物を代謝し、
水に溶けやすくして排泄を容易にする機能を持つ。

医薬もまた体にとっては異物に他ならないから、
この肝臓の代謝機構にとっては恰好の標的となる。

肝臓の代謝・解毒機構は人体を守る大切なシステムだが、
医薬及び医薬研究者の側からすれば、
肝臓は無慈悲な破壊マシーンでしかない。

どんなにいい薬であろうと、体にとって異物にほかならない。
体はまさに全力で分解・排泄しようとするわけだ。

 

【第五の関門、血清 : 吸着を振りきれ】

ようやく肝臓を脱出しても、血液中にも「敵」は潜んでいる。
血清の50-65%を占めるタンパク質、アルブミンだ。
アルブミンはその表面に脂溶性の高い分子を吸着してしまう性質を持つ。

このトラップを振りきって細胞に入り込み、
ようやく医薬分子は目的のタンパク質の元にたどり着くことができる。

 

以上、ざっくり分類しても5種類の全くタイプの異なる関門がある。

まとめると、医薬分子は、

* ターゲットタンパク質との結合という面では、大きい方が有利。
* 一方、生体膜の通過という点では、小さくなければならない。

* 小さくても、酸、アルカリ、そして消化酵素にも耐えうる丈夫な構造が必要。

* 生体膜を通過し患部に届くためにはある程度の脂溶性が必要。
* 一方、体の防御システムをかいくぐるためには脂溶性が低い方が有利。

ということになる。
このように、すべての関門を突破するための要求は、矛盾を含んだ厄介なものなのだ。

そのうえで、無数のタンパク質の中から、
標的だけを正確に捉える分子を設計すること、それこそがまさしく創薬ということになる。

薬の話、もう少し続けたい。

 

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コメント

この「薬の話」は、非常に興味深い。
原典があるようだが、それを詳しく、かつ、わかりやすくかみ砕いて書かれてあるので、薬の効き方や体内への取り込まれ方などがとてもよく分かる。
こういうブログは、出来るだけ多くの人に読んでもらいたいものだ。
最後までじっくり読ませていただきますので、心ゆくまでお書きください。

Ossan-takaさん、
丁寧なコメントをありがとうございます。

「イレッサ」の新聞記事を読んで、この本のことを思い出しました。
特に強く印象に残っていたイレッサのこととガンのこと、
この2点について書きたいと思い、本棚から取り出したのですが、
書こうと思って一部を読み返してみたら急におもしろくなり、
すっかり引きこまれてしまいました。
というわけで、自分自身への整理を兼ねて
つらつらと要約を始めてしまったわけです。

数回にもなり、ちょっと長すぎるかな、と気になっていたのですが、
いただいたコメントを読み「心ゆくまで」書く決心がつきました。

最初に書こうと思ったガンの話は、
今は最後にもってこようと思っていますので、
ガンの話がでてくるまで、もう少しお付き合い下さい。

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