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2013年4月10日 (水)

ワインの産地はなぜ川のそば

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ワインの産地はなぜ川のそば

- おいしいワインを作るのは川? -

 

知人の紹介で、イタリア料理を食べに行った。
料理も絶品であったが、お店のワイングラスがどれもほんとうにすばらしく、
食器がいいと味もさらに良くなる、をまさに体験した夜だった。

私自身は寡聞にして反応できなかったが、
一緒にいった友人は、最初のグラスがでてきた時から
「これ、ロブマイヤー(LOBMEYR)じゃないですか」と目を輝かせている。
ロブマイヤーの各種グラスでワインを通して飲めたことに、
「星付きレストランでもないよ」と最後まで興奮気味。

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どのグラスも、ガラスの薄さとつくり自体はほんとうに繊細で美しいものだったが、
お店の人の話によると、簡単に割れたりはしない、むしろ丈夫なものなのだとか。

「いいグラスで気持よく食事を楽しんでもらいたくて」と
一脚*万円もするグラスをさり気なく並べてくれるお店の姿勢がうれしい。

 

ワインで思い出した話があるので、今日はそれを紹介したい。

早稲田大学教授の福田育弘さんが書いた
「ワインという思想 - おいしいワインは川が作る?」 (学燈 2004年秋号)

ワインそのものについてではなく、「川」との関係について。(以下水色部は引用)

ヨーロッパのワイン産地の地図を見ると、多くの人はある明白な事実に気づく。
それは、ほとんどすべての有名なワイン産地が川沿いにあることだ。
川沿いの丘の斜面にきれいに剪定され、背丈の揃ったぶどうの木が、
下から上に何列も整然とならぶ風景。

これは、フランスの主要河川であるロワール川やローヌ川だけでなく、
ドイツのライン川やモーゼル川、ポルトガルのドウロ川沿いにも見られる、
ヨーロッパに共通の風景だ。

では、なぜ川なのか。

福田さんは学生に質問してみた。

「ぶどうの栽培にきれいな水が必要だから」という答えが多く返ってきた。

なかには、わざわざ
「乾燥しているヨーロッパでは川のそばでないと栽培に必要な水が得られないから」
という説明を付けた解答もあった。

「きれいな水」、おいしいものと結びつけて思わず使ってしまう単語だ。
しかしこの解答は、大きな誤解を含んでいる。

ぶどうはもともと湿気を嫌い、かなり長い日照時間を必要とする植物で、
問題は「水」よりも「水はけ」である。

日本酒に対するイメージが、誤解を生む原因のひとつになっているのかもしれない。

日本は米を主食とし、日本人にとって馴染みのアルコール飲料である日本酒も、
その米から作られる。稲を作る水田には大量の水が必要で、
田に水を引く用水の建設を柱とした灌漑作業が不可欠だ。

しかも、米という乾燥した穀物をアルコール飲料にするためには、麹につけて、
さらにそこに大量の水を、しかも上質の水を投入しなければならない。

日本人が慣れ親しんできた日本酒とは、温暖多湿な気候で、
水が大量に利用可能な条件ではじめて作られうる飲み物、
まさしく豊富な水が生んだ「水の精華」のなのだ。

ところが、ワインは、これとは正反対の方向で作られる。
なぜなら、ワインはぶどう果汁だけを絞って作られるからだ。
乾燥し、水が貴重な砂漠的な気候で「水代わり」に飲まれたもの、
それがワインなのだ。

同じような誤解はフランス人にもあるらしい。

たとえば、ワインの製造法を近代化した化学者であり、
さらに内務大臣まで務めたジャン・アントワーヌ・シャプタルは、
『ぶどう栽培の理論と実践に関する概論』のなかで
フランス各地で河川の流域に優良なぶどう畑が広がる事実を広く確認したあと、
これらの川が
「ぶどうにとって重要な滋養分となる」要素を大気にもたらしていると結論づけ、
「これらの水蒸気がゆっくりとぶどうの木を冷やし、猛暑の影響を遮断したり
緩和したりして、ぶどうの皮を柔らかくする」云々とまことしやかに述べたてている。

さすがにフランスの気候とぶどう栽培の条件を知っているシャプタルは、
水を直接的な条件とせず、水蒸気の緩和作用とみなしているものの、
川のもたらす自然条件が重要であると考える点では、
日本の学生たちと同じである。

では、なぜ川の周辺にぶどう畑が広がっているのだろうか。

答えは簡単、流通が容易だからだ。

古代から中世にかけて、物資を安全かつ大量に運ぶのに河川輸送にまさる手段はなかった。
陸上輸送は人や馬にたよって荷車を用いるため、費用がかさむ。
 
特に荷物が重い液体のワインとなればなおさらである。
しかも、大小の領主が覇権を争っていたためしばしば戦争があり、
道路状況もけっして万全ではなかった。

そんなとき河川を経由すれば重い荷物も大量に運べてコストがかからない。
これがヨーロッパの主要都市が河川に面している理由であるし、
またそうした都市を消費地としたワイン産地が河川に面して拓かれた理由でもある。

 

水そのものよりも、川がもつ社会的要因が各地の特色を生み出していくことになる。

 

【ブルゴーニュ地方】

たとえば、唯一高名なぶどう産地で航行可能な河川が流れていないブルゴーニュ地方は、
陸路による輸送に経費がかかるため、その経費を上乗せしても売れるような
高品質で高価なワインを作るというマーケティング戦略に出て、
いまの名声の基礎を確立したのだった。

 

【ボルドー地方】

また、ガロンヌ川とドルドーニュ川という二つの重要な河川のほぼ合流点に位置するボルドーは、
その立地を生かして、川の上流から輸送されてくるワインに
高い税金を課すなどの数々の制約を加えて、
自分たちのワイン市場を確保したのである。

中世の長い時期にわたってイギリス領だったボルドーは、フランス領である内陸に対して、
特権をもつことをイギリス王から許されていたのである。

 

【メドック地方】

もっとも下流のメドックがワイン産地になったのも、
ボルドーがフランス領になってボルドー特権が廃止され、
より輸送に適した下流のメドックの立地が評価されたからにほかならない。

メドックには、
「ワインがおいしくなるにはぶどう畑が川から見えなくてはならない」
という古い格言がある。
これを川の社会的な役割を表現した文章だと理解するには、
同じ文化に属していても、時代を相対化する想像力が必要であるように思われる。

 

代表的な産地には、単なるぶどうの種類や気候の違いだけではない、
川と深く結びついたこんな背景の違いがあるのだ。

 

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