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2013年4月21日 (日)

米国ですべてを盗まれた。

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米国ですべてを盗まれた。

- 忘れられない夕食 -

 

米国で盗難に遭ったことがある。
パスポートから現金、衣類、帰りの航空券まで、まさにすべてを盗まれた痛い経験。
皆様もどうぞお気をつけあれ。

 

メーカのエンジニアとして仕事をしていた私は、ある製品開発のため、
米国に出張することになった。後輩のエンジニアも一緒のふたりでの海外出張。

米国の開発部隊と合流して、一緒に作業を進める予定だったので、
日本からの手荷物には、2台のノートPCのほか、小型サーバも含まれており、
ふたりの手荷物は合わせて5つになっていた。

米国、ロサンゼルス空港(LAX)に昼前に到着。

まずはレンタカーを借りに行った。借りたのは4ドアセダン。
トランクは大きかったが5つの荷物を入れるといっぱいになった。

目的地まではLAXから車で一時間ほど。
寄り道をせず、目的地まで直行して、
ホテルにチェックインしてしまえばよかったのだが、
ちょうど昼時だったこともあり、
空港から10分ほど走ったところにある「うどん屋」に、
「お昼を食べよう」と寄ってしまった。
日本人が多く住む地域のそばにある、以前にも何度か寄ったことのある店だった。

 

昼をすませて車に戻り、運転席側のドアを開けた。
その瞬間、妙な違和感があった。
ドアを開けるとき、すぅーと、風が流れるような気がしたのだ。
戻ってきた時点で確かにロックはされていたが、
なぜか密閉されていた空気感がない。

「あれ?」
と思ってドアを見た。特に異常はない。
「気のせいか」
と思ったその直後、視界の片隅に、キラキラ光るものが飛び込んできた。

「なんだ?」
 
よく見ると、それは後部座席に散らばる小さく砕けたガラスの破片だった。

「まさか!?」

改めて後ろのドアに目を遣ると、窓ガラスの後ろのすみ、
ハメ殺しになっている小さな三角窓のガラスが割れて
穴があいている。

車の室内にはなにも置いていなかったので、
目に見える変化は三角窓のガラスの破片だけだったが、
最悪の事態になっていることはすぐに理解できた。

 

あわててトランクを開けてみた。

「やられた!」

完全にカラ!!
真昼間、しかもほぼ満車というほど混んでいるモールの中、
5つの荷物は跡形もなく消えていた。

 

手元にあるのはお昼を食べた時に使った財布と腕時計のみ。
着替えはもちろん、パスポートも、帰りの航空券も、ノートPCも、
買い換えたばかりのデジカメも、とにかく全部。
連れももちろん同様の被害。

普通なら、常に持ち歩く貴重品の入った手荷物も
よりによって今回はスーツケースと一緒にトランクに入れてしまっていた。

昼食に降りる際、貴重品のことはもちろん気になったのだが、
手荷物を取るためにトランクを開けると、
荷物満載が見えてしまうことになるので、かえって良くないと思い、
「開けない」ことのほうを選んだのだ。
それが完全に裏目に出てしまった。

もちろん車の室内、見えるところにはなにも置いていなかったのだが。

 

まぁ、考えてもしかたがない。
まずは、警察に電話だ。

「米国に到着早々、すべての荷物を盗まれた」
「けが人はいるか?」
「いない」
「じゃあ、行かない」
「えっ?!」
「保険の請求のために、盗難届を出さなければならない」
「だったら、住所を言うからオフィスまで来い」

しかたがないので、住所を聞いてこちらから出向くことにした。

 

仕事での訪問先にも予定通りに着けなくなってしまったことを連絡せねば。
飛行機は定刻に着いているので、大幅に遅れると心配させてしまう。
電話番号は...

あちゃ、盗まれた荷物の中だ。

「もしかしたら、ここに入れていたかも...」と
覗き始めたのは腕時計。
デジタル時計で電話番号をメモできる、というタイプだったのだ。
現地時間と日本時間が同時に分かるという点でも、
海外出張時には重宝していた。

「あった!」
外から電話することがあるかも、とたまたま入力していたのだが、
まさか、こんなシチュエーションで役立つことになるとは。

電話して事情を話すとずいぶん心配してくれたが、
まだ車で一時間近くもかかる離れたところにいるので、
実質的にHelpしてもらうわけにもいかない。
 
「ふたりともケガはしていないので、大丈夫。遅れていきます」
とだけ伝えた。

 

まさに何もない状況だったので、
「電話を使ってもいいですよ」
「警察へ行くなら、地図、コピーしましょうか」
と被害に遭ったことを知って助けてくださった「うどん屋」の方の御厚意が
ほんとうにありがたい。

 

あまりの事態に、最初は全く実感のなかった盗難という現実が
あちこちに電話しているうちに、だんだん「ほんもの」になって胸に迫ってきた。

まいった。
事務的な手続きに追われることで、
落ち込んだ気分を忘れよう、吹き飛ばそうとはするものの、
言いようのないくらぁーい気分が急に強く押し寄せてくるような瞬間がある。

 

とりあえず警察に行って盗難届を出そう。
「最寄りの」とは言え、まだフリーウェイを走らねばならなかった。
三角窓の穴は、ちょうど腕が入るほどの大きさだったが、
高速で走るとバリバリと風の音がうるさい。

映画でよく見るLAPD(ロサンゼルス警察)のお世話になるなんて。

 

到着し、窓口に並ぶ。
順番が来たので、事情を説明。
窓ガラスが割られて、と話しているのに、車を見て確認する気配は全くない。
幼稚園児のようなヘタな車の絵を書いて「どこの窓ガラスだ?」と聞くだけ。

続いて、ざっくりとした盗難品リストを作った。
「高いものは何がある?」
3台のコンピュータはもちろん高価だが、
「それ以外に」と聞かれ、
買ったばかりのデジカメを答えたら、そこから先、もう詰まってしまった。

考えてみると高価なものをほんとに持っていない。
担当の方も
「jewelry(宝石類)はないのか」
と聞いてくる。

 

とりあえず書類を作ってもらったので、
次はレンタカーを交換すべく、LAX(ロサンゼルス空港)にまで戻ることにした。

レンタカーオフィスに行って事情を説明。
しかし、
「あっ、そう」
という感じで、「事件」としては全く伝わっていない。

「で、車はどこに停めた?」
「A番のところ」

 
ここでも警察同様、「窓ガラスが…」と言っているのに、
現物を確認する気は一切ない。

警察での盗難届の写しもあったせいか、
拍子抜けするくらい簡単に、代わりの車を用意してくれた。

別に「同情してほしい」とまでは言わないが、
この「なんでもない感」はいったいナンなんだ。
警察といい、レンタカーの担当者といい、
「ケガ人のいない」この程度のことは「事件」のうちに入らない、
ということなのだろうか。

 

「R番に停まっている車を代わりに使って。
 前の車から荷物を移したら、
 鍵はそのまま挿しておいてくれればいいから」

担当の方は、R番の車のキーと書類を手渡しながら最後、
 
「A番の車の中に忘れ物をしないようにね」
 
と親切に言葉を添えてくれた。
忘れ物をしようにも移す荷物が一切ない。

車も交換してようやく普通に走れる状態に戻ったので、
訪問先を目指すことができるようになった。

 

このあと、パスポートの申請、航空券の再発行手続き、
会社財産、私物の保険請求、等々、
面倒な事務手続きのオンパレードだったが、この部分は全部省略。
 
一言で言えば「ふぅ」。

でも、会社の仲間や友人、家族には精神的にずいぶん助けてもらった。
「声を聞くだけで元気になる」という人がいることのありがたさを
こんなに痛感したことはなかったかもしれない。

とまぁ、ここまでが遭遇した盗難事件の概要。

 

ここから先は、この事件に深く関連するエピソードをふたつ。


(1)なぜ私の車だけが狙われたのか。

 
昼食に寄ったモールの駐車場はほぼ満車だった。
その中から、トランクに荷物満載の車をどうやって見抜いたのか。
上に書いた通り、荷物満載が見られるのが嫌で、モールでは一度も開けていないのだ。

実は、ちょっと思い当たることがある。
最初にレンタカーを借りて、駐車場のゲートを出るとき、
ゲートで出庫を確認している係の人が、
 
「ノートPCを持っているか」
 
と聞いてきたのだ。

これまで、相当な回数米国でレンタカーを借りているが、
ゲートでそんな質問をされたことは一度もない。
 
なんでそんなことを聞くのだろう、と変な顔をしていたら、

「レンタカーのオフィスにPCの忘れ物があったので」

と言う。助手席に座っていた連れに

「ちゃんとトランクに入れたよね(日本語)」

と確認し、係の人には、親指で後ろのトランクを指さしながら

「持っているから大丈夫(英語)」

と答えた。
どうもこれがいけなかった気がする。

 

このあとから、誰かにつけられたのではないか、と思っている。
もちろん証拠は一切ない。
ゲートの担当者がどこかに連絡したという証拠は。
でも、少なくとも一台以上のPCがトランクにあることを彼は知っている。
しかも開ければ、持ち出しやすいように全荷物がパッキングまでしてあるのだ。
考えてみると「空港からのレンタカー」は狙うなら
かなり「おいしい」ターゲットなのかもしれない。

 

最初に駐車して車から離れたのが空港から10分ほどの場所、と近かったことも、
相手の思う壺だったのかもしれない。
(さすがに一時間も走れば追跡も諦める気がするけれど)

 

繰り返しになるが、証拠はない。
でも、そうであれば、ゲートで聞かれたヘンな質問も、
満車の駐車場から荷物満載の一台を確実に狙えたことも説明がつく。

とにかく、読者の皆様、お気をつけあれ。
荷物があるなら、まずはホテルに直行して,
チェックインしてしまうことをお薦めする。

 

(2)忘れられない夕食
 

米国滞在中、以前一緒に仕事をしていたベトナム人から連絡があった。

 
「夕食を一緒にしましょう。ホテルまで迎えに行きますから」
 

彼は、その時点では、もう別な会社で働いていたので、
まさにわざわざ来てくれたことになる。

結婚が決まっていた彼は、婚約者と一緒に夕刻、
約束通りホテルまで迎えに来てくれた。
他の仕事仲間も加わって、ご両人お薦めのベトナム料理レストランへ。

 

料理ももちろんおいしかったが、
 
「事件に遭って、落ち込んでいるだろうから励まそう」
 
というお二人の気持ちがじわじわとあたたかく伝わってきて、
それはもう、うれしくて、うれしくて。

一緒に仕事をしていたころのなつかしい昔話が持っている力とは、
いったい何なのだろう。
笑いながら思い出を語りあっているうちに、
へこんでいた気持ちがどんどん元気になっていく。

 

料理と会話だけでも十分励まされたのに、最後、彼は
 
「今日は、盗難に遭ったふたりに特別なプレゼントがある」と言う。

「なに? なに?」

「特注で作ったTシャツなんだ」

「Tシャツ? 特注??」

円卓を囲む皆が興味津々で彼に注目する。
彼は手にした袋から白いTシャツを取り出し大きく広げた。

胸には大きな文字で「I SURVIVED」。
もちろん意味は、「私は生き残った」。

 

事件後、話をするたびに現地の人から何度も言われた。
「犯人達(複数犯に間違いないだろう)と顔を合わせなくてよかったよ」
「声をあげて追ったりすれば、下手すりゃ命まで危なかったンだから」
「ロサンゼルス、荷物目当てで殺されることだってあるからね」
 

あんな荷物のために怖い思いをしたり、
ましてや命を失なったりはしたくない。
 
そういう意味では確かに「生き残った」のかもしれない。

 

受け取った私は立ち上がって、胸に当てて誇らしげに回りに見せた。
笑いと拍手がドッと広がる。

歓声まじりの拍手の中、円卓に座る皆の笑顔を見ていたら思わず胸が熱くなった。
今回の出張では、ほんとにひどい目に遭ったのに、
今のこの幸福感はどう言葉にすればいいのだろう。

ほんとうに忘れられない夕食となった。

 

もらったTシャツは、もちろん翌日会社に着ていった。
出張者の災難は部署内ですでによく知られていたので、
職場でも、それはそれはオオウケだった。

彼への感謝の気持ちとともに、今でも大事にとってある宝物のひとつだ。

2003年5月のこと。もう十年も前の話ではあるけれど。

 

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コメント

はまさん、こんにちは
私のバンコクでのバッグ盗難の記事に暖かいコメント有難うございました(http://khaaw.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/a-story-of-my-b.html; 2014年1月25日)。同じような盗難にあわれた、はまさんからのコメントが心にしみました。ありがとうございました。
実はこのはまさんの記事、以前読んだことがありました。その時は、気をつけていてもこんなことがあるから、気をつけたほうがよいなあと思ったのと、こういう辛い時の人の温かい心は本当に有難いものだと思った記憶があります。
そのはまさんの記事にもかかわらず、自分の場合、自分の不注意のせいで盗難にあったもので恥ずかしい限りです
はまさんの書かれている通り、怪我がなかったのが、一番よかったと思います。
また、けが人がなく(また、犯人を捕まえられる可能性の低い)事件に対する警察の関心の低さはタイも同じです。
それだけ、日本の警察が親切だということなのだと思います。
やはり海外ではそのことを自覚して、行動することが重要だと再度認識しました。

Khaawさん、

ほんとうにたいへんでしたね。

なくなってみると、もちろん金銭的被害は痛いけれど、
「買えばなんとかなるもの」はまだあきらめがつく。

つらいのは、お金を出しても買えないもの。

私の場合は、手帳(もちろん書いてある中身)と
イタリアの某所で気に入って買った皮のキーホルダなど。
それこそブツとしてはどれも使い古していて金銭的な価値は全くなく、
犯人にとってはゴミみたいなものでしょうが、
個人的には「それだけでも返してくれ」という感じでした。

カードの再発行や停止等、手続きその他かなり面倒だったことと思います。
でも、気分転換、気分転換、早く元気になれますよう祈っています。
繰り返しになりますが「モノだけで済んだのですから」

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