ヒッグス粒子 2つのエピソード
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ヒッグス粒子 2つのエピソード
- 2ヶ月遅れの論文なのに -
ここ一週間ほど、2012年7月に発見された素粒子が
「ヒッグス粒子であることの確信を深めた」とか、
「ヒッグス粒子であったことを確認した」とかのニュースを何度か耳にした。
検証のステップゆえ、「ついに発見か!」の昨年7月ほどの大きな扱いではないが、
欧州原子核研究機構(CERN)におけるその確度はますます高まっているようだ。
質量を持つ仕組みを説明する「神の粒子」とよばれているヒッグス粒子。
それはいったいどういうもので、どういう理論により予測されたものなのだろう。
わかりやすい説明を聞いてみたい、ということであれば、
村山斉著「宇宙になぜ我々が存在するのか」(講談社ブルーバックス)
がお薦めだ。
わずか二百ページ程度しかないブルーバックスの中で、
素粒子論のこれまでの歩みを総復習しながら話は進んでいくので、興味さえあれば、
「素粒子論に関する基礎知識がないから」なんてことは、全く気にする必要はない。
素粒子という名の通り、話の対象自体はまさにコレ以上はないほどの微小な世界なのに、
時間的にも空間的にもスケールの大きな話が続き、
具体的な「たとえ」を交えたわかりやすい説明は、
そのまま最新の研究成果とその理論の説明へと繋がっていく。
宇宙誕生の瞬間と、今、「我々が存在している、存在できている」理由とは
いったいどういう関係があるというのだろう。
最新のトピックス「ヒッグス粒子」についても、もちろん丁寧に扱われている。
(以下水色部分は本文のまま)
2012年7月4日、ヒッグス粒子発見のニュースが世界中を駆け巡りました。
この発表がおこわれたのがスイスのCERNです。
ヒッグス粒子のシグナルがあったという発表をした瞬間、
その場にいた物理学者たちは、みんなガッツポーズをして喜びました。
ヒッグス粒子があるはずだとピーター・ヒッグス博士が予言したのは、
今から50年ほど前の1964年のことです。
その予言を確かめるために実験の構想がもち上がったのが約30年前、
そして、その構想をもとに装置をつくりはじめたのが10年前で、
今回やっとヒッグス粒子をとらえることができたのです。
当日、会場にはヒッグス博士も駆けつけて、発表の様子を見守っていました。
で、そのヒッグス粒子の存在とそれが意味するところだが、
私たちの体をつくっているのは原子ですが、
原子をつくっている素粒子が光速で飛びださないでいるのは、
この宇宙に凍りついたヒッグス粒子がぎっしり詰まっているからです。
...
ヒッグス粒子が真空中にビッシリと詰まっているおかげで、
原子はその場にとどまっているように秩序をつくってくれているわけですから、
ヒッグス粒子はとても大切な存在だといえます。
と表現されている。
「原子をつくっている素粒子が光速で飛びださないでいるのは、
この宇宙に凍りついたヒッグス粒子がぎっしり詰まっているからです」
間の話をぜ~んぶ省略してしまったので、
結論となるこの部分だけを読むとまさに意味不明かもしれないが、
この一文を読んで、少しでもその意味を知りたい、と思ったなら、
ぜひ本のページを捲ってみてほしい。
この文の意味するところが伝わってくるばかりでなく、
宇宙を、物質を、見る目がガラリと変わる快感をも味わうことができるはずだ。
というわけで「ヒッグス粒子」の理論に関する説明は本のほうにお任せするが、
今日は、本にあった、ヒッグス粒子に関する2つのエピソードを紹介したい。
(1)2ヶ月遅れの論文なのに
本書、湯川氏、朝永氏からはじまって、小柴氏ら日本人研究者の業績についても
ポイントを絞って簡潔に説明している点もたいへん好ましい。
偉大なる日本人の先達については、その研究の中身も含めて、
もっともっと広く知られるようになるべきだと思っているからだ。
「ヒッグス粒子」誕生のエピソードにおいても、
ものすごく重要な、でもちょっと意外なところであの方の名前が登場する。
今回の発表で、50年以上探していたヒッグス粒子は
実際に存在することがはっきりしましたので、
ほとんどの物理学者は近い将来ノーベル賞が贈られるのではないかと思っています。
その候補として、まず、名前が挙がるのが、
ヒッグス粒子の提唱者であるピーター・ヒッグス博士です。
さらにあと二人、
ベルギーのフランソワ・エングレール博士とロバート・ブラウト博士も、
ほぼ同時期に論文を出していて、ノーベル賞の価値があるといわれています。
残念ながらブラウト博士は2011年にお亡くなりになってしまったので、
ブラウト博士が受賞されることはなくなってしまいました。
ノーベル賞は生存している人に贈られる賞なので、これはしかたがないことですね。
3人の博士は同じように1964年に論文を出しています。
エングレール博士とブラウト博士は6月に投稿しているのに対して、
ヒッグス博士は8月に出しました。
ヒッグス博士の方が2ヵ月も遅いのに、
なぜ、ヒッグス粒子という名がついたのでしょうか。
その答えは3人の書いた論文の中身にあったのです。
エングレール博士とブラウト博士の論文は
「このような謎を解決しました」
というところまでしか書いてなくて、
新しい粒子のことには触れていなかったのです。
ところが、ヒッグス博士の方は
「このような新しい粒子があるはずだ」
という一行がちゃんと記されていました。
この一行が書いてあったことによって
予言された粒子をヒッグス粒子とよぶようになったのです。
実は、この話には、さらに続きがありまして、
ヒッグス博士が
「新しい粒子があるはずだ」
と書いた論文は、最初の原稿ではその一行が入っていなかったのです。
これはすごく大切な項目ですよね。
これが書いてあるかどうかで、粒子の名前が変わる可能性があったわけですから。
学術雑誌には投稿された論文を掲載するかどうかを審査する
レフリーという役割の人がいます。
そのとき、ヒッグス博士の論文を読んだレフリーは、
このままだと2ヵ月前に投稿されたエングレール博士やブラウト博士の論文と同じ内容で、
新規性がないので掲載できないと判断したのです。
このとき
「このままだったら掲載できないが、このアイデアを使ったら、
新しい粒子があることがわかるのだから、
その一行を書き加えたらいいのではないか」
と提案したそうです。
ヒッグス博士はその一行を加えて無事、論文が掲載されたわけですが、
そのレフリーの一言がなければ、ヒッグス博士の人生は変わっていたかもしれません。
実は、そのレフリーは南部陽一郎博士だったそうです。
学術雑誌では誰がレフリーをしているのかは、ふつう公表していませんが、
後日、ヒッグス博士自身がそのように書いているので、どうもまちがいないようです。
50年前の学術誌の査読者(レフリー)が南部博士だったとは。
幸運な出会いが、まさにヒッグス粒子を生んだのだ。
(2)神の粒子?
ヒッグス粒子は別名、神の粒子ともいわれています。
この名前は1988年にノーベル物理学賞を受賞したレオン・レーダーマン博士が、
著書の中で、ヒッグス粒子のことを
「god particle」
とよんだことがはじまりです。
ところが、これはまことしやかな噂によると、レーダーマン博士は
神の粒子なんていうすばらしい名前をつけるつもりはなかったらしいのです。
30年以上延々と探し続けていても一向に見つからない粒子にしびれを切らせて、
「この粒子、こんちくしょう」という意味の
「godddamn particle」
と言ったところ、これが短くなって
「god particle」となったのだろうといわれています。
この話が本当だとしたら、本来はいい意味ではなかったようですが、
ヒッグス粒子はそれぐらい長いこと探し求められていて、
やっと発見することにいたったわけで、
物理学者たちがどのくらい待ち望んできたのかがおわかりいただけるでしょう。
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