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2013年3月 6日 (水)

千枚のラブレター

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千枚のラブレター

- 「田中角栄研究」と「ニュー・シネマ・パラダイス」-

 

立花隆さんの著作に「田中角栄研究」(1982年:講談社)という本がある。

立花氏は、1974年、雑誌「文藝春秋」に
「田中角栄研究~その金脈と人脈」を発表した。
この記事がきっかけとなり、
時の首相「田中角栄」が退陣に追い込まれていくこととなる
まさに「ペンの力」を示したセンセーショナルなレポートだ。

その後の取材内容も合わせ、田中追及の詳細をまとめたのが
この「田中角栄研究」。

膨大かつ綿密な取材データに裏打ちされたその内容や、
なぜ、文藝春秋社ではなく講談社から出版されているのか、
などについてはここでは書かない。
と言うか、とても簡単にはまとめられない。

その後、ロッキード事件、元首相逮捕へと繋がっていくことになる
「田中角栄研究」の真髄にご興味があるようであれば、
ぜひ原本でゆっくり触れてもらいたい。

 

今日紹介するのは、この「田中角栄研究」の「まえがき」にある
立花氏自身のエピソードだ。

内容は、意外や(?)「千枚のラブレター」

こんな調子で始まっている。

 かつて、一人の女の子に、千枚のラブ・レターを書いたことがあった。
 人間、若いときには、妙なことに自信を持つものである。
そして、若さからくる自信には、しばしば鼻もちならないものがある。
若者が大人になるためには、挫折体験が必要らしい。

そのころ私は、文章で人を説得することに妙な自信を持っていた。
そこで、明白な片想いであることが確認ずみの相手に向かって、
自分はこれから千枚のラブ・レターを書く、
千枚書くうちに、必ずあなたを説き伏せてみせると宣言して、
それを書きはじめたのだった。

それを書くのに二年越しの時間が必要だった。
結果は無残だった。
あと数枚で千枚という時点にいたっても、
相手の気持ちはこれっぱかりも変えることはできなかった。

残りの数枚を書いてみても、事情はかわらなかったろう。

 

最終的に彼は、千枚まで数枚を残し、筆を置いてしまった。
どうしてやめてしまったのか。

学生時代にこの本を読んだ私は、
この「やめてしまった」というエピソードが妙に気に入ってしまった。

「どうしてやめてしまったと思う?」
酒を囲んで、友人と盛り上がったりもした。

 

8年後。

「映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989年)観た?」
と友人が聞いてきた。

「映画を観ていたら、あの話と同じような話が出てきたンで、びっくりしたよ。
 急に昔の話を思い出しちゃって」

昔の話をよく覚えていてくれたものだ。

映画では、映写技師アルフレードが、少女エレナに恋した少年トトに
話して聞かせるお伽話「兵士の話」として登場する。

こんな話だ。

兵士が王女に恋をした。
もちろん通常なら叶わぬ恋だが、
兵士の深い思いを知った王女は兵士にこう言った。

「100日の間、昼も夜も、
 私のバルコニーの下で待ってくれたら
 あなたのものになります」

兵士はすぐにバルコニーの下に行った。
雨の日も風の日も、雪が降っても兵士は動かなかった。

90日が過ぎた。
兵士はひからびてまっ白になった。
眠る気力さえなかった。
王女はずっと見守っていた。

99日目の夜、兵士は立ちあがった。
そして椅子を持って行ってしまった。

トトも聞く。
「最後の日に?(どうして)」

「そうだ、最後の日にだ。
 なぜかは分らない。
 分ったら教えてくれ」
とアルフレード。

この話が映画の中でどういうエピソードに繋がっていくのかが気になる方は、
ぜひ映画のほうもご覧下さい。いい映画です。音楽も。

 

最初に書いた立花氏のほうは、
千枚直前でやめてしまった理由を次のように書いている。

残りの数枚を書いてみても、事情はかわらなかったろう。
最終的に千枚書かず、そこで筆を止めたのは、
挫折を最終的に確認するのがいやだったからにちがいない。
まだ千枚書いていない、だから・・・と自分にいいきかせようと
思ったのだろう。

しかし、それが単なる負け惜しみにすぎないということは、
自分でもよくわかっていた。
そのとき私は自分のものを書く能力に対して、完全に自信を喪失した。
読者を一人にしぼり、たった一つのテーマについて千枚も語り続け、
それでもなおその読者をいささかも説得することができなかったのだから、
自信を失って当然である。

そのとき、すでにもの書き稼業をはじめていた私は、
ラブ・レターを書き続けるのをやめるとともに、
もの書き稼業もやめることにした。

私の経歴の中に、
「一九七一年から七二年にかけて新宿でバーを経営」
という妙な一項があるのは、このときのことである。

 

こういう男の負け惜しみは、なぜか愛おしい。
そう思うのは、自分が男だからだろうか。

 

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