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2013年3月24日 (日)

民主的選挙は不可能?

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民主的選挙は不可能?

- 投票方式の矛盾と全員当選! -

 

一票の格差が違憲であるとの判決が続いている。
一方で、選挙無効の請求については棄却が続いているので、
先日の朝日新聞にはこんな川柳が載っていた。
「違憲でもやったが勝ちという裁き」

選挙制度の話になると、定員や、小選挙区や比例代表によるメリット、デメリットなど、
おきまりの型にはまった狭い議論になりがちだが、
そもそも民主的に選ぶ、とはどういうことなのだろう。

高橋昌一郎著「理性の限界」(講談社現代新書) は、
これ以上はないほどの、シンプルなモデルを使って、
さまざまな選択方式がもつ矛盾をわかりやすく解説している。

本は「シンポジウムにおける議論」という形を借りた読み物となっているが、
ここでは、ロジック(論理)だけに集中するため、
一部、さらなる記号化を進めながら内容を紹介したい。

最初に簡単な準備を。
選択肢の優先順位を「選好順序」と呼ぶ。
「XをYより好む」は「X>Y」と表記する。これだけ。

以下、説明のため、選好は「好き」「嫌い」という言葉で表現することにする。
AがBより好き、または BがAより嫌い、を「A>B」と表している。

(1) 「勝ち抜き決選投票方式」

a1.  A>B>C
a2.  B>C>A
a3.  C>A>B

の選好順位を持つ三人がいたとする。
本では、旅行に行きたい場所を例として挙げていた。
さて、この三人が実際にどこに旅行に行くかを決めるときのことを考えてみよう。

 

「AとBのどちらを選ぶ?」と投票すると2対1でAが選ばれる。
「では、AとCではどちらを選ぶ?」と投票すると2対1でCが選ばれる。

A>BでC>Aなので、この結果を順に並べると C>A>B となる。(*1)

 

ところが同じ集団に対して、質問の順番を変えて

「AとCのどちらを選ぶ?」と投票すると2対1でCが選ばれる。
「では、CとBではどちらを選ぶ?」と投票すると2対1でBが選ばれる。

C>AでB>Cなので、この結果を順に並べると B>C>A となる。(*2)

 

(*2)のB>C>A と (*1)のC>A>B とを見ると、

    B>C>A>B

と不思議なことになる。
 
Bは、
ある質問(*2)では「最も好きなもの」として選ばれるが、
ある質問(*1)では「最も嫌いなもの」として選ばれることになる。

このような集団では、
「2つの選択肢の勝者」と「残りの選択肢」を勝ち抜き投票で決めると
「残りの選択肢」が必ず勝つことになる。

X>Y、Y>Zならば、X>Zという性質を「選好の推移律」と言うが、
個人において成立している選好の推移律が、集団においては成立していない。
この事例は、1785年フランスの数学者コンドルセによって初めて示されたので、
「コンドルセのパラドックス」と呼ばれている。

勝ち抜き投票という選択方式にはこのような問題があるが、
実は、複数の選択肢から単数を選択して投票する「単記投票方式」も、
必ずしも民主的な投票方式でないことがわかっている。
コンドルセと同時代のフランスの数学者ボルダによって最初に指摘された。

(2) 「単記投票方式」
以下のような7人の集団を考える。

b1.  A>B>C
b2.  A>B>C
b3.  A>B>C
b4.  B>C>A
b5.  B>C>A
b6.  C>B>A
b7.  C>B>A

この集団が「最も好きなもの」を単記投票すると
A3票、B2票、C2票となりAに決定される。

ところが同じ集団で、「最も嫌いな(好きじゃない)もの」を単記投票すると
A4票、B0票、C3票となりAに決定される。

「最も好きなもの」を選んでも、「最も嫌いな(好きじゃない)もの」を選んでもAが選ばれてしまう。

「3票で当選(選ばれるの)はおかしい?」
「選ばれるなら最低でも、過半数は取らなきゃ」

ということで、一回きりの単純な多数決の欠点を回避するために、
単記投票第一位の得票数が過半数に満たない場合は、上位二者の決選投票を行うという
「上位二者決選投票方式」が考案された。
国際オリンピック委員会が用いている方式だ。

ところが、この方式でも必ずしも矛盾を回避できない。

(3) 「上位二者決選投票方式」

c1.  A>B>C
c2.  A>B>C
c3.  A>B>C
c4.  B>C>A
c5.  B>C>A
c6.  B>C>A
c7.  C>A>B

「最も好きなもの」を投票するとA3票、B3票、C1票となり、
どれも過半数を取れない。よって、上位二者による決選投票を行う。
すると、A4票、B3票という結果となりAが過半数を占めることになる。
というわけで、決選投票過半数で「最も好きなもの」としてAが選ばれる。

一方「最も嫌いな(好きじゃない)もの」を投票するとA3票、B1票、C3票となり、
どれも過半数を取れない。よって、上位二者による決選投票を行う。
すると、A4票、C3票という結果となりAが過半数を占めることになる。
というわけで、決選投票過半数で「最も嫌いな(好きじゃない)もの」としてAが選ばれる。

またまた
「最も好きなもの」を選んでも、「最も嫌いな(好きじゃない)もの」を選んでもAが選ばれてしまう。

「勝ち抜き決選投票方式」にも「単記投票方式」にも「上位二者決選投票方式」にも矛盾がある。
それを回避するために生み出された「複数記名方式」と「順位評点方式」という方法にも問題がある。

 

(4)「全員当選モデル」

有権者55名が、AからEの5名の立候補者に対して、
一位から五位の選好順位を記入して投票した結果、次のようになったとしよう。

(d1) A>D>E>C>B 18名
(d2) B>E>D>C>A 12名 
(d3) C>B>E>D>A 10名 
(d4) D>C>E>B>A  9名
(d5) E>B>D>C>A  4名
(d6) E>C>D>B>A  2名

A候補 一位票を最も多く得たAが当選すべき。(単記投票方式)

B候補 18名では過半数を満たしていないので、
     上位二者(A18票、B12票)で決選投票すべき。
     決選投票すると(A18票、B37票)でBが当選。
     (上位二者決選投票方式)

C候補 決選投票するなら、一位票の最も少ない立候補者を除外して
     再投票を繰り返す「勝ち抜き投票」を行なってもらいたい。
     2回目:Eを除外して、A18票、B16票、C12票、D9票
     3回目:Dを除外して、A18票、B16票、C21票
     4回目:Bを除外して、A18票、C37票で、Cが当選。
     (勝ち抜き決選投票方式)

D候補 有権者が並べた全体順位を重視。
     1位5点、2位4点、3位3点、4位2点、5位1点で集計。
     A127点、B156点、C162点、D191点、E189点
     となり、Dが当選。
     (順位評点方式)

E候補 全体順位よりも一対一で比較。
     A対E は 18対37
     B対E は 22対33
     C対E は 19対36
     D対E は 27対28
     となり、全組合せでEの票が多いのでEが当選。
     (総当り投票方式)

つまり、全員が当選を主張できる。

この「全員当選モデル」は1991年テンプル大学の数学者ジョン・パウロスが考案したもの。

ここで、当選者のタイプをちょっとみてみよう。

単記投票方式で選ばれるA候補
 18名から一位支持を受ける一方、残りの37名からは最低評価。
上位二者決選投票で選ばれるB候補も
 26名が1位か2位なのに、残り29名は4位か5位の下位評価。
勝ち抜き決選投票方式で選ばれるC候補も
 どちらかと言えば上位か下位に分かれている。
味方もいるが敵も多い「両極端タイプ」

総当り投票方式で選ばれるE候補
 1位評価は6名しかいないが、4位以下の評価なし。37名が中間の3位。
順位評点方式で選ばれるD候補も
 2,3,4位の中間層に集中。
これらの候補は極端に高い評価も低い評価もない、無難な「八方美人タイプ」

どのような投票方式で選ぶかと定める時点で、すでに当選者のタイプも暗黙のうちに決まっているのだ。

実社会では、どのようなタイプの当選者を求めるかによって、
どの投票方式が適しているかが、経験的に定められている。

実社会の多くの選挙で「単記投票方式」や「上位二者決選投票方式」が
用いられているのは、当選者に強いリーダーシップが求められていることが理由だと考えられる。

 

以上、さまざまな投票方式の問題点を説明したあと、
1951年にコロンビア大学の数理経済学者ケネス・アロウが証明した「不可能性定理」
の話に繋がっていく。
 
「不可能性定理」とは何か。

なんと、「完全に民主的な社会的決定方式は存在しない」が証明されているらしい。
アロウは、この業績をさらに数学的に厳密に構成して「一般均衡理論」の
定式化を導き、1972年にノーベル経済学賞を受賞している。

アロウが厳密に定義した意味での完全民主主義を実現することは論理的に不可能。
定義域が何十万人であっても、何百万人であっても、パロスの全員当選モデルのように、
社会的選択関数を一意に定められない事態が起こりうることを証明できる、のだとか。

さらに衝撃的事実が。

それは、1973年ミシガン大学の哲学者アラン・ギバードと
ウィスコンシン大学の政治学者マーク・サタースウェイトによって独立に発見された。
独裁者の存在を認めるような投票方式でないかぎり、戦略的操作が可能になるというもので、
「ギバード・サタースウェイトの定理」と呼ばれている。

いかなる民主的な投票方式においても、必ず戦略的操作が可能。
もし戦略的操作ができないような投票方式があるとすれば、
そこには必ず、すべての決定権が一人の投票者に委ねられるという意味での独裁者が存在する。
要するに、完全に公平な投票方式は存在しない。

 

数学的に完璧にする途はなくても、戦略的操作を完全には排除できなくても、
実社会において、我々はより良いなんらかの選挙制度をつくり出し、選択して行かなければならない。

本には、こんなジョークも出ていたけれど...
「独裁政治では、一人が決める。貴族政治では、数名が決める。民主政治では、誰も決められない!」

 

 

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