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2013年3月

2013年3月31日 (日)

日本に持ち込んではいけない本やビデオは

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日本に持ち込んではいけない本やビデオは

- 税関検査官の肩 -

 

メーカのエンジニアとしてずいぶん多くの海外出張を経験した。
現地メンバとの共同開発で、ということもあったし、
機器のトラブルが発生し、お客様のところに調査と謝罪に、ということもあった。

職場では、そういった出張者の土産がよく回っていた。
配りやすく、かつ無難なチョコレートが圧倒的に多かったが、
地元のマニアックなお菓子を狙って、
「珍しさ」や「話題性」で盛り上げるのが上手な人もいた。

ヨーロッパ出張の土産「リコリス」「サルミアッキ」といったお菓子は、
いまでもその「まずさ」が職場で語り継がれている。
地元ではかなりポピュラーなお菓子らしいが、
あれを「おいしい」と言って食べている人がいるのは、いまでも信じられない。

 

土産と言えば、インターネットなんていうものが普及するよりもずっと前、
写真の多い雑誌を買ってきて、茶封筒に入れ若い男性陣の間でだけ回覧する、
ということも時としてあった。

もちろん会社で開けることはなく、回覧表を見るとすぐにそれとわかるので、
コッソリ回していたのだが、
職場には少ないとはいえ女性がひとりもいなかったわけではなく、
中身はコソコソ具合から想像できたであろうから、
今ならセクハラと大きな問題になっていたことだろう。

で、その中身の日本への持ち込みだが、
通関時、もし見つかれば没収にでもなったのであろうか。
なぜか(?!)「実際に没収された」という話を身近で聞いたことはない。

 

私自身も、カバンを開けられて、形式的ではない、
詳細な荷物チェックを受けたことは数十回の通過で一度だけだ。

ただ、理由はよくわからないが、その時は
「そこまで見るか」と言うほど、まさに隅々まで執拗に調べられた。

雑誌2,3冊とは言え、
運良くその時は、怪しいものは何ひとつ持っていなかったので、
「さぁ、好きなだけ調べてくれ」とかなり余裕のある態度だったと思う。

荷物を確認しながら検査官が質問した。

「日本に持ち込んではいけない本やビデオは持っていませんね」

気が緩んでいた私はさらりと答えた。

「はい、今日は持っていません」

 

下を向いて荷物検査をしていた検査官の手が止まった。
肩がヒクヒクと動いている。

検査官 「ィャ、き、きょう、持っていなければいいンですよ」

と明らかに、笑いをこらえた不自然な声。

二十年以上も前の話なのに、通関するたびに
あのときの検査官の肩のヒクヒクを妙にリアルに思い出してしまう。

 

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2013年3月28日 (木)

踊りに口パクはない

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踊りに口パクはない

- その場にいなければ永久に見られない、それでいいのだ。-

 

某テレビ局のプロデューサが、
担当する音楽番組での「口パク」を禁止する、と明言したらしい。

理由はいろいろあるようだが、録音に合わせて「歌うフリ」をするだけでなく、
伴奏の方も「演奏しているフリ」をする、これもいまやめずらしいことではないようだ。

歌の上手い下手とは別に、歌手が観客を前に、歌を歌わなかったら何をするンだよ、とも思うが、
生の歌で何かを表現すること自体を放棄しているのだから、
本人も「見たい」人だけを相手にしているということなのだろう。

だから、というわけでもないだろうが、歌や演奏に録音を使うような人でも、
踊りについては毎回ちゃんと踊っている。
歌と踊りのライブ感がズレてしまって、チグハグな感じがすることもあるが、
いずれにせよ、踊りのほうはサボれない。

今日は、踊りに関して、特に「舞踏譜」に関するメモをちょっと整理しておきたい。

 

音楽における楽譜のように、踊りを表現する「舞踏譜」というものはあるのだろうか?
そういう疑問を持ったのはずいぶん前のことで、「ある」と知ったのも同じ頃のことだが、
以降、実物にお目にかかったことも、使っているのを見たり聞いたりしたことも一度もない。

踊りを作る、という段階ではどうだろう。
振付師が、作曲者が楽譜を書くように、舞踏譜を書く、という作業をすることがあるのだろうか?
振付師がイメージした踊りをダンサーに伝える際、
実際に踊ってみせる「振り写し」ではなく、舞踏譜を使う、ということがあるのだろうか?
そもそも「舞踏譜が読める」というダンサーの言葉を聞いたことがない。

記録という意味ではどうだろう。
録音からの採譜のように、踊りを記録する手段として舞踏譜は使えるものなのだろうか?
録画よりも良い点があるのだろうか?

情報の伝達手段という意味ではどうだろう。
完成した振り付けを、他の集団や、後世の人が踊れるように、
伝達する手段として舞踏譜は使われているのだろうか?

舞踏譜については、謎だらけだ。

 

というわけで、まずは

中村美奈子さんが書いて、Webで公開されている
「舞踊記譜法 -用途、歴史、分類-、そして応用」を参照させていただき、
舞踏譜の概要を掴んでおきたい。(以下水色部分、要点のみの抜粋)

舞踏譜は、「ダンス・ノーテーション」などの言葉で検索すると、さまざまな手法が出てくるが、
その数は80種にもなると言われている。
もちろん代表的なものがいくつかあるが、決定的な一つの方法が、
五線譜のように広く踊りの世界に広まっている、というわけではないようだ。

それはなぜか、も考えながら見ていきたい。

 

最初に、舞踏譜がもつべき情報量の多さを、想像してみよう。

楽譜は、「時間の経過に従って起こる音楽を視覚的な記号に変換したもの」ということ
であるが、舞踊の場合は、これに「空間」という要素も加わることになる。

更に、身体のある一部位の動作の譜面を、ある楽器のパート譜と考えるならば、
身体全体の運動は、オーケストラの総譜(スコア)のような膨大な情報量になることが
理解していただけるだろうか。

これが、音楽の五線譜と違い、舞踊譜があまり普及しない理由のひとつでもある。

つまり、ほんの少しの動作の舞踊譜を読むにも、
オーケストラのスコアを読むほどの労力が必要になるからである。
これならむしろ、身体から身体へ、実践で習ったほうが、
身体のよく動く舞踊家にとっては、楽なのである。

オーケストラのスコアが難なく読める人は、
音楽家の中でも訓練を受けた限られた一部の人のみである。
舞踊譜も複雑な体系を持つ記譜法(LabanotationやBenesh Notation)については、
その記譜と解読を専門的に行うノーテーターが存在する。

体の一部位がひとつのパート、よって、部位が合体した、たった一人の動きでさえ、
オーケストラ・スコアのような膨大な情報量になる。
これは十分わかる気がする。

一人でもそうなのだから、複数人による群舞ともなると、
その絡み合いも合わせて、その複雑さはいったいどれほどになることだろう。

 
それでも舞踏譜は存在している。

中村さんは、「舞踏譜を利用する理由」を次の5つに整理している。

1.二次元映像(ビデオ)には、技術的な限界がある。
  三次元の舞踏を二次元にしているので、死角がある。
  マルチチャンネル撮影や三次元化の技術もあるが開発中の段階。

2.ビデオ映像は、ある特定の(1回きりの)上演例であって作品と同一ではない。
  舞踊譜には、「コンセプト」が書かれている。
  舞踊は、一回一回生成されては消え去る時空間で起こる無形の現象。

3.紙に書かれたものについては舞踏の著作権が認められるようになったので、
  記譜して保存するようになった。

4.舞踊の分析と研究の手法として有効である。
  採譜された舞踊譜を使って、舞踊の全体構造を見たり、
  逆にフレーズの細部について検証したり、
  二つの舞踊を比較分析したりと、舞踊の研究が可能になる。

5.コンピュータ内で身体運動をどのようなデータで表現するか、という
  内部表現への活用として見直されている。
  舞踊だけでなく、コンピュータグラフィックスやロボティクスなどの
  分野への広がりも期待できる。

 

これを読むと、作るためにも、保存するためにも、伝達するためにも、
使えそうなものであることはわかる。

特に興味深いのは「コンセプト」が書かれたものだ、という点。
音楽の譜面だろうが、機械図面だろうが、
肝心なのはそこに書かれた「コンセプト」だ。
それは、採譜の際にも、ノーテーターの意識として反映されることになる。

記述譜の例としては、演奏をなんらかの方針で記録した採譜(transcription)が挙げられる。
しかし、採譜は、どんなに正確にまた詳細に行ったところで、
音楽のあらゆる面を記録することができるわけではない。

舞踊の動きを完全に記録することができないのも同様である。
よって、採譜のときには、
その舞踊のもつ関与性を考慮に入れた記述をおこなう必要がある。

すなわち、かかとを床につけることが必要なのか、
それとも、そのときの足首の角度が重要なのか、
二人が向き合って立つことが必要なのか、
それとも、そのときの各自の空間に対する方向が重要なのかといったことを
採譜する際に見極める必要がある。

 

実際にはどのような記述方法があるのだろう。

ヨーロッパでは、古くから舞踊を記譜する試みが行われてきた。
アン・ハッチンソン(Ann Hutchinson)は、その著書『CHOREO-GRAPHICS』の中で、
それらの舞踊譜をタイプ別に

1.文字・単語方式、
2.軌跡の描画方式、
3.Stick Figure(視覚的)方式、
4.音符方式、
5.抽象記号方式

と分類し、各舞踊譜の比較検討を行っている。

 

他の資料でもよく目にする代表的なノーテーションは、
ベネッシュ・ノーテーションとラバノーテーションだ。
上のタイプ別分類に当てはめてみると、それぞれ、
Stick Figure(視覚的)方式と抽象記号方式ということになる。

(1)ベネッシュ・ノーテーション
ベネッシュ・ノーテーションは、ベネッシュ夫妻(Rudolf and Joan Benesh)によって
バレエの動作単位であるパ(pas)を記述するために考案されたもので、
1949年にその原型が作られた。
人間の骨格を模した(人の形をした)図案で視覚的に表わすStick Figure(視覚的)方式。
さまざまな抽象的な記号も加えられ複雑な体系を持つものになっている。

英国ロイヤルバレエ団の舞踊は、専門のベネッシュノーテーターによって
現在でも記譜されている。
また、日本の新国立劇場でも、バレエ作品の記譜にこの記譜法が用いられている。

 
(2)ラバノーテーション
ルドルフ・フォン・ラバンRudolf von Laban(1879-1958)の考案したLabanotationは、
動きを記号を用いて記述することを可能にしたもので、
音楽の五線譜を縦にしたような形をしており、下から上へと読み進む抽象記号方式。

ダンスがしっかりとした研究対象となるためには、その調査、分析のため、
ダンスそのものが記述されたものが必要である、と考案された。

中央の縦線が身体の中心線を表し、中心線の右側に身体の右側の動作を、
左側に身体の左側の動作を、記号を用いて記述するため、
踊り手が譜面を読みながら動きを再現しやすいという特長がある。

足や手の動きといった身体各部の詳細な動作についても記述可能であり、
特定の舞踊様式に依存しない現時点で最も普遍的な舞踊記譜法である。

このことから、Labanotationは、舞踊を記録し分析するための方法論として
欧米の研究者に広く用いられており、大学の舞踊科や人類学科の必修科目にもなっている。
ダンスの初等教育~高等教育の現場においても、音楽における楽譜のように、
身体表現の創作能力を高める手段として用いられている。

日本舞踏に関してはどうだろう。

日本舞踏には『標準日本舞踊譜』がある。

『標準日本舞踊譜』は、「譜語式」と呼ばれるもので、記号の代わりに一定の言葉、
すなわち「譜語」を、分節された動きや姿勢の一つ一つに対して与えていく方法。

個々の譜語の表す意味をはじめに明確に定め、
それを配列する上での規則を決めることによって詳細な記譜を可能にする。

また、譜語を口ずさむことにより、口伝えに振りを移すこともでき、
口承可能な舞踊譜ともいえよう。

譜語が作成され始めた江戸時代以降、
その整理と名称の選定に重点をおいた研究が続けられてきており、
譜語を最も体系的に整理した西川巳之輔の研究成果を元に、
『標準日本舞踊譜』は作られたという。

以上、学術的な見地からすると、
「舞踏譜」は、その有効性も可能性もおおいに期待できるし、
これまでにもさまざまな工夫が重ねられてきたようなのだが、
特定の分野を除く一般的な普及度という意味では、
いまだに相当に低いと言わざるを得ないようだ。

舞踏評論家の鈴木晶さんが、「バレエ、消える芸術」(2005年「学燈」秋号)と題して
こんなことを書いていた。(以下薄茶部分)

書き出しは、こんな感じだ。

舞踏史を研究する者は、思想史家や文学史家に激しく嫉妬する。
音楽史家に対しても。

文字で書かれたものは、たとえ2400年前のプラトンの著作だって、自分で読み、
研究することができる。
美術にしても、1万年以上前のラスコー洞窟画を自分の眼で見ることできる。
音楽だって、最後の楽譜は紀元前まで遡るから、
太古の調べを自分の耳で聴くことができる。

それに比べて、昔の舞踏は悲しいくらいにわからない。

で、「舞踏譜」についても簡単に紹介している。

舞踏にも「舞踏譜」(ダンス・ノーテーション)という、楽譜に相当するものがある。
すでに17世紀フランスではかなり精密な舞踏譜が考案されていた。
ところが、舞踏譜によって記録されている作品は驚くほど少ない。
ごくたまにしかないのである。

これは楽譜と舞踏譜とが、似て非なるものであることによる。
右に述べたように作曲家はたいてい楽譜で作品を発表するが、
舞踏譜を用いて舞踏作品を創作する振付家はいない。
ではどうやって作品をつくっていくかといえば、
生身の人間、すわなち自分自身あるいはダンサーを使って振り付けていくのである。

舞踏譜は、できあがった作品を記録するために開発されたものであって、
創作の手段ではない。
舞踏譜に記録するというのは、譜面を用いないジャズとか
いわゆる未開部族の歌を採譜する作業みたいなものである。

音楽の伝承は楽譜によるが、
舞踏では、舞踏譜に記録された作品はほとんどないので、たいていは「振り写し」による。
すでに身体でその舞踏を記憶しているダンサーが伝授し、
新しいダンサーはそれを少しずつ自分で覚えていくのである。
これは全盲の演奏家が少しずつ曲を聴きながら暗譜していく作業に似ている。

したがって、ダンサーが振りを忘れてしまったら、
その作品は永遠に失われてしまう。

舞踏譜が広まらない理由は、

舞踏の記録ははるかに複雑で時間がかかるからである。
したがって、舞踏譜の歴史は、
いかに短時間で簡単に舞踏を記録できるかという課題への挑戦の歴史である。

現在もっとも広く使われているラバノーテーションやベネシュ・ノーテーションでも、
まだ膨大な時間がかかる。
ビデオで撮ればいいと思うかも知れないが、見えない部分があったりして、
じつはビデオはかなり不正確なのである。

正確さを増すために最近ではモーションキャプチャーを利用したりもしている。

一方、写真すらなかったころの古い踊りについては、
当時の絵画や舞踏批評も参考にしたりするが、
いずれにせよ、消えてしまった舞踏の情報取得は相当にむつかしい。

ワスラフ・ニジンスキーという不世出のダンダーがいる。
彼が国際的に舞台で活躍していたのは1909年からおよそ十年間である。
映画はすでに発明されていたから、記録しようと思えばできたはずであるが、
ニジンスキーの映像はまったく残されていない。
写真はあるが、「動くニジンスキー」を見ることはできないのである。

ニジンスキーが数年間所属していたバレエ・リュスというバレエ団は、
バレエ史上最も有名なバレエ団である。
ディアギレフを団長として、1909年から29年まで活動していた。

当時、バレエといえばバレエ・リュスというくらい、一世を風靡したバレエ団だった。
だが、このバレエ団の映像もまったく残されていない。
時期的にはじゅうぶんに記録可能だったにもかかわらず、
先に触れた舞踏譜も残されていない。

バレエ・リュスは欧米各地を巡演する、いわゆるツアーリング・カンパニーで、
いわばその日その日の公演をこなすだけで精一杯で、
映画を撮ったり舞踏譜に記録したりする余裕がなかったのである。

だが、理由はそれだけでないような気がする。と次のように続けている。

舞踏に関係している人たちは、どうも記録に対する情熱が
さほどないように思われる。
むしろ、残したくないと思っているのではないか、とすら感じられる。
・・・

ダンスの世界の人の間では、
ダンスは一瞬にして消える芸術だという意識が強いようだ。
・・・

それともうひとつ、
映像を通したダンスは生の舞台とはまったく別物だという意識も強いように感じられる。
だから、ビデオにとって記録することにも、ビデオを売り出すことにも、
消極的なのである。
 
そのときその場にいなかった人は永久に見られない、それでいいのだ、
というわけである。
 
これは舞台芸術全般にいえることで、家でソファに寝そべりながら見る、
というわけにはいかないのである。

「その場限り」の独特な輝きこそが魅力の舞台芸術。
私はときどき芝居も観るが、あのトリップ感もまさに「その場限り」だ。
なので、それはそれでいいじゃないか、という気もしている。

それは「口パク」とは正反対の世界だ。
残るのは踊りではなく、「その場にいた」観た人の感動のみ。
のちの世の人はくやしいだろうが、形自体を残すことが重要なのではないのかもしれない。

ただ、中村さんの書いた

舞踊譜には、「コンセプト」が書かれている。

は、いい言葉なので繰り返しておきたい。

コンピュータやセンサの進歩により、ナンにつけ、精緻なデータ化による「正確な記録」だけが
クローズアップされることが多いが、
伝えなければいけないのは、表現しなければいけないのは「コンセプト」のほうだ。

もちろんこれは「舞踏譜」に限った話ではない。

 

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2013年3月24日 (日)

民主的選挙は不可能?

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民主的選挙は不可能?

- 投票方式の矛盾と全員当選! -

 

一票の格差が違憲であるとの判決が続いている。
一方で、選挙無効の請求については棄却が続いているので、
先日の朝日新聞にはこんな川柳が載っていた。
「違憲でもやったが勝ちという裁き」

選挙制度の話になると、定員や、小選挙区や比例代表によるメリット、デメリットなど、
おきまりの型にはまった狭い議論になりがちだが、
そもそも民主的に選ぶ、とはどういうことなのだろう。

高橋昌一郎著「理性の限界」(講談社現代新書) は、
これ以上はないほどの、シンプルなモデルを使って、
さまざまな選択方式がもつ矛盾をわかりやすく解説している。

本は「シンポジウムにおける議論」という形を借りた読み物となっているが、
ここでは、ロジック(論理)だけに集中するため、
一部、さらなる記号化を進めながら内容を紹介したい。

最初に簡単な準備を。
選択肢の優先順位を「選好順序」と呼ぶ。
「XをYより好む」は「X>Y」と表記する。これだけ。

以下、説明のため、選好は「好き」「嫌い」という言葉で表現することにする。
AがBより好き、または BがAより嫌い、を「A>B」と表している。

(1) 「勝ち抜き決選投票方式」

a1.  A>B>C
a2.  B>C>A
a3.  C>A>B

の選好順位を持つ三人がいたとする。
本では、旅行に行きたい場所を例として挙げていた。
さて、この三人が実際にどこに旅行に行くかを決めるときのことを考えてみよう。

 

「AとBのどちらを選ぶ?」と投票すると2対1でAが選ばれる。
「では、AとCではどちらを選ぶ?」と投票すると2対1でCが選ばれる。

A>BでC>Aなので、この結果を順に並べると C>A>B となる。(*1)

 

ところが同じ集団に対して、質問の順番を変えて

「AとCのどちらを選ぶ?」と投票すると2対1でCが選ばれる。
「では、CとBではどちらを選ぶ?」と投票すると2対1でBが選ばれる。

C>AでB>Cなので、この結果を順に並べると B>C>A となる。(*2)

 

(*2)のB>C>A と (*1)のC>A>B とを見ると、

    B>C>A>B

と不思議なことになる。
 
Bは、
ある質問(*2)では「最も好きなもの」として選ばれるが、
ある質問(*1)では「最も嫌いなもの」として選ばれることになる。

このような集団では、
「2つの選択肢の勝者」と「残りの選択肢」を勝ち抜き投票で決めると
「残りの選択肢」が必ず勝つことになる。

X>Y、Y>Zならば、X>Zという性質を「選好の推移律」と言うが、
個人において成立している選好の推移律が、集団においては成立していない。
この事例は、1785年フランスの数学者コンドルセによって初めて示されたので、
「コンドルセのパラドックス」と呼ばれている。

勝ち抜き投票という選択方式にはこのような問題があるが、
実は、複数の選択肢から単数を選択して投票する「単記投票方式」も、
必ずしも民主的な投票方式でないことがわかっている。
コンドルセと同時代のフランスの数学者ボルダによって最初に指摘された。

(2) 「単記投票方式」
以下のような7人の集団を考える。

b1.  A>B>C
b2.  A>B>C
b3.  A>B>C
b4.  B>C>A
b5.  B>C>A
b6.  C>B>A
b7.  C>B>A

この集団が「最も好きなもの」を単記投票すると
A3票、B2票、C2票となりAに決定される。

ところが同じ集団で、「最も嫌いな(好きじゃない)もの」を単記投票すると
A4票、B0票、C3票となりAに決定される。

「最も好きなもの」を選んでも、「最も嫌いな(好きじゃない)もの」を選んでもAが選ばれてしまう。

「3票で当選(選ばれるの)はおかしい?」
「選ばれるなら最低でも、過半数は取らなきゃ」

ということで、一回きりの単純な多数決の欠点を回避するために、
単記投票第一位の得票数が過半数に満たない場合は、上位二者の決選投票を行うという
「上位二者決選投票方式」が考案された。
国際オリンピック委員会が用いている方式だ。

ところが、この方式でも必ずしも矛盾を回避できない。

(3) 「上位二者決選投票方式」

c1.  A>B>C
c2.  A>B>C
c3.  A>B>C
c4.  B>C>A
c5.  B>C>A
c6.  B>C>A
c7.  C>A>B

「最も好きなもの」を投票するとA3票、B3票、C1票となり、
どれも過半数を取れない。よって、上位二者による決選投票を行う。
すると、A4票、B3票という結果となりAが過半数を占めることになる。
というわけで、決選投票過半数で「最も好きなもの」としてAが選ばれる。

一方「最も嫌いな(好きじゃない)もの」を投票するとA3票、B1票、C3票となり、
どれも過半数を取れない。よって、上位二者による決選投票を行う。
すると、A4票、C3票という結果となりAが過半数を占めることになる。
というわけで、決選投票過半数で「最も嫌いな(好きじゃない)もの」としてAが選ばれる。

またまた
「最も好きなもの」を選んでも、「最も嫌いな(好きじゃない)もの」を選んでもAが選ばれてしまう。

「勝ち抜き決選投票方式」にも「単記投票方式」にも「上位二者決選投票方式」にも矛盾がある。
それを回避するために生み出された「複数記名方式」と「順位評点方式」という方法にも問題がある。

 

(4)「全員当選モデル」

有権者55名が、AからEの5名の立候補者に対して、
一位から五位の選好順位を記入して投票した結果、次のようになったとしよう。

(d1) A>D>E>C>B 18名
(d2) B>E>D>C>A 12名 
(d3) C>B>E>D>A 10名 
(d4) D>C>E>B>A  9名
(d5) E>B>D>C>A  4名
(d6) E>C>D>B>A  2名

A候補 一位票を最も多く得たAが当選すべき。(単記投票方式)

B候補 18名では過半数を満たしていないので、
     上位二者(A18票、B12票)で決選投票すべき。
     決選投票すると(A18票、B37票)でBが当選。
     (上位二者決選投票方式)

C候補 決選投票するなら、一位票の最も少ない立候補者を除外して
     再投票を繰り返す「勝ち抜き投票」を行なってもらいたい。
     2回目:Eを除外して、A18票、B16票、C12票、D9票
     3回目:Dを除外して、A18票、B16票、C21票
     4回目:Bを除外して、A18票、C37票で、Cが当選。
     (勝ち抜き決選投票方式)

D候補 有権者が並べた全体順位を重視。
     1位5点、2位4点、3位3点、4位2点、5位1点で集計。
     A127点、B156点、C162点、D191点、E189点
     となり、Dが当選。
     (順位評点方式)

E候補 全体順位よりも一対一で比較。
     A対E は 18対37
     B対E は 22対33
     C対E は 19対36
     D対E は 27対28
     となり、全組合せでEの票が多いのでEが当選。
     (総当り投票方式)

つまり、全員が当選を主張できる。

この「全員当選モデル」は1991年テンプル大学の数学者ジョン・パウロスが考案したもの。

ここで、当選者のタイプをちょっとみてみよう。

単記投票方式で選ばれるA候補
 18名から一位支持を受ける一方、残りの37名からは最低評価。
上位二者決選投票で選ばれるB候補も
 26名が1位か2位なのに、残り29名は4位か5位の下位評価。
勝ち抜き決選投票方式で選ばれるC候補も
 どちらかと言えば上位か下位に分かれている。
味方もいるが敵も多い「両極端タイプ」

総当り投票方式で選ばれるE候補
 1位評価は6名しかいないが、4位以下の評価なし。37名が中間の3位。
順位評点方式で選ばれるD候補も
 2,3,4位の中間層に集中。
これらの候補は極端に高い評価も低い評価もない、無難な「八方美人タイプ」

どのような投票方式で選ぶかと定める時点で、すでに当選者のタイプも暗黙のうちに決まっているのだ。

実社会では、どのようなタイプの当選者を求めるかによって、
どの投票方式が適しているかが、経験的に定められている。

実社会の多くの選挙で「単記投票方式」や「上位二者決選投票方式」が
用いられているのは、当選者に強いリーダーシップが求められていることが理由だと考えられる。

 

以上、さまざまな投票方式の問題点を説明したあと、
1951年にコロンビア大学の数理経済学者ケネス・アロウが証明した「不可能性定理」
の話に繋がっていく。
 
「不可能性定理」とは何か。

なんと、「完全に民主的な社会的決定方式は存在しない」が証明されているらしい。
アロウは、この業績をさらに数学的に厳密に構成して「一般均衡理論」の
定式化を導き、1972年にノーベル経済学賞を受賞している。

アロウが厳密に定義した意味での完全民主主義を実現することは論理的に不可能。
定義域が何十万人であっても、何百万人であっても、パロスの全員当選モデルのように、
社会的選択関数を一意に定められない事態が起こりうることを証明できる、のだとか。

さらに衝撃的事実が。

それは、1973年ミシガン大学の哲学者アラン・ギバードと
ウィスコンシン大学の政治学者マーク・サタースウェイトによって独立に発見された。
独裁者の存在を認めるような投票方式でないかぎり、戦略的操作が可能になるというもので、
「ギバード・サタースウェイトの定理」と呼ばれている。

いかなる民主的な投票方式においても、必ず戦略的操作が可能。
もし戦略的操作ができないような投票方式があるとすれば、
そこには必ず、すべての決定権が一人の投票者に委ねられるという意味での独裁者が存在する。
要するに、完全に公平な投票方式は存在しない。

 

数学的に完璧にする途はなくても、戦略的操作を完全には排除できなくても、
実社会において、我々はより良いなんらかの選挙制度をつくり出し、選択して行かなければならない。

本には、こんなジョークも出ていたけれど...
「独裁政治では、一人が決める。貴族政治では、数名が決める。民主政治では、誰も決められない!」

 

 

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2013年3月20日 (水)

ヒッグス粒子 2つのエピソード

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ヒッグス粒子 2つのエピソード

- 2ヶ月遅れの論文なのに -

 

ここ一週間ほど、2012年7月に発見された素粒子が
「ヒッグス粒子であることの確信を深めた」とか、
「ヒッグス粒子であったことを確認した」とかのニュースを何度か耳にした。

検証のステップゆえ、「ついに発見か!」の昨年7月ほどの大きな扱いではないが、
欧州原子核研究機構(CERN)におけるその確度はますます高まっているようだ。

質量を持つ仕組みを説明する「神の粒子」とよばれているヒッグス粒子。
それはいったいどういうもので、どういう理論により予測されたものなのだろう。

わかりやすい説明を聞いてみたい、ということであれば、
村山斉著「宇宙になぜ我々が存在するのか」(講談社ブルーバックス)
がお薦めだ。

わずか二百ページ程度しかないブルーバックスの中で、
素粒子論のこれまでの歩みを総復習しながら話は進んでいくので、興味さえあれば、
「素粒子論に関する基礎知識がないから」なんてことは、全く気にする必要はない。

素粒子という名の通り、話の対象自体はまさにコレ以上はないほどの微小な世界なのに、
時間的にも空間的にもスケールの大きな話が続き、
具体的な「たとえ」を交えたわかりやすい説明は、
そのまま最新の研究成果とその理論の説明へと繋がっていく。

宇宙誕生の瞬間と、今、「我々が存在している、存在できている」理由とは
いったいどういう関係があるというのだろう。

 

最新のトピックス「ヒッグス粒子」についても、もちろん丁寧に扱われている。
(以下水色部分は本文のまま)

2012年7月4日、ヒッグス粒子発見のニュースが世界中を駆け巡りました。
この発表がおこわれたのがスイスのCERNです。
ヒッグス粒子のシグナルがあったという発表をした瞬間、
その場にいた物理学者たちは、みんなガッツポーズをして喜びました。

ヒッグス粒子があるはずだとピーター・ヒッグス博士が予言したのは、
今から50年ほど前の1964年のことです。
その予言を確かめるために実験の構想がもち上がったのが約30年前、
そして、その構想をもとに装置をつくりはじめたのが10年前で、
今回やっとヒッグス粒子をとらえることができたのです。
当日、会場にはヒッグス博士も駆けつけて、発表の様子を見守っていました。

で、そのヒッグス粒子の存在とそれが意味するところだが、

私たちの体をつくっているのは原子ですが、
原子をつくっている素粒子が光速で飛びださないでいるのは、
この宇宙に凍りついたヒッグス粒子がぎっしり詰まっているからです。
...
ヒッグス粒子が真空中にビッシリと詰まっているおかげで、
原子はその場にとどまっているように秩序をつくってくれているわけですから、
ヒッグス粒子はとても大切な存在だといえます。

と表現されている。

「原子をつくっている素粒子が光速で飛びださないでいるのは、
 この宇宙に凍りついたヒッグス粒子がぎっしり詰まっているからです」

間の話をぜ~んぶ省略してしまったので、
結論となるこの部分だけを読むとまさに意味不明かもしれないが、
この一文を読んで、少しでもその意味を知りたい、と思ったなら、
ぜひ本のページを捲ってみてほしい。

この文の意味するところが伝わってくるばかりでなく、
宇宙を、物質を、見る目がガラリと変わる快感をも味わうことができるはずだ。

というわけで「ヒッグス粒子」の理論に関する説明は本のほうにお任せするが、
今日は、本にあった、ヒッグス粒子に関する2つのエピソードを紹介したい。

 

(1)2ヶ月遅れの論文なのに

本書、湯川氏、朝永氏からはじまって、小柴氏ら日本人研究者の業績についても
ポイントを絞って簡潔に説明している点もたいへん好ましい。
偉大なる日本人の先達については、その研究の中身も含めて、
もっともっと広く知られるようになるべきだと思っているからだ。

「ヒッグス粒子」誕生のエピソードにおいても、
ものすごく重要な、でもちょっと意外なところであの方の名前が登場する。

今回の発表で、50年以上探していたヒッグス粒子は
実際に存在することがはっきりしましたので、
ほとんどの物理学者は近い将来ノーベル賞が贈られるのではないかと思っています。
その候補として、まず、名前が挙がるのが、
ヒッグス粒子の提唱者であるピーター・ヒッグス博士です。

さらにあと二人、
ベルギーのフランソワ・エングレール博士とロバート・ブラウト博士も、
ほぼ同時期に論文を出していて、ノーベル賞の価値があるといわれています。
残念ながらブラウト博士は2011年にお亡くなりになってしまったので、
ブラウト博士が受賞されることはなくなってしまいました。
ノーベル賞は生存している人に贈られる賞なので、これはしかたがないことですね。

3人の博士は同じように1964年に論文を出しています。
エングレール博士とブラウト博士は6月に投稿しているのに対して、
ヒッグス博士は8月に出しました。

ヒッグス博士の方が2ヵ月も遅いのに、
なぜ、ヒッグス粒子という名がついたのでしょうか。
その答えは3人の書いた論文の中身にあったのです。

エングレール博士とブラウト博士の論文は
「このような謎を解決しました」
というところまでしか書いてなくて、
新しい粒子のことには触れていなかったのです。

ところが、ヒッグス博士の方は
「このような新しい粒子があるはずだ」
という一行がちゃんと記されていました。

この一行が書いてあったことによって
予言された粒子をヒッグス粒子とよぶようになったのです。

 

実は、この話には、さらに続きがありまして、
ヒッグス博士が
「新しい粒子があるはずだ」
と書いた論文は、最初の原稿ではその一行が入っていなかったのです。

これはすごく大切な項目ですよね。
これが書いてあるかどうかで、粒子の名前が変わる可能性があったわけですから。

学術雑誌には投稿された論文を掲載するかどうかを審査する
レフリーという役割の人がいます。
そのとき、ヒッグス博士の論文を読んだレフリーは、
このままだと2ヵ月前に投稿されたエングレール博士やブラウト博士の論文と同じ内容で、
新規性がないので掲載できないと判断したのです。

このとき
「このままだったら掲載できないが、このアイデアを使ったら、
 新しい粒子があることがわかるのだから、
 その一行を書き加えたらいいのではないか」
と提案したそうです。

ヒッグス博士はその一行を加えて無事、論文が掲載されたわけですが、
そのレフリーの一言がなければ、ヒッグス博士の人生は変わっていたかもしれません。

実は、そのレフリーは南部陽一郎博士だったそうです。
学術雑誌では誰がレフリーをしているのかは、ふつう公表していませんが、
後日、ヒッグス博士自身がそのように書いているので、どうもまちがいないようです。

50年前の学術誌の査読者(レフリー)が南部博士だったとは。
幸運な出会いが、まさにヒッグス粒子を生んだのだ。

 

(2)神の粒子?

ヒッグス粒子は別名、神の粒子ともいわれています。
この名前は1988年にノーベル物理学賞を受賞したレオン・レーダーマン博士が、
著書の中で、ヒッグス粒子のことを
「god particle」
とよんだことがはじまりです。

ところが、これはまことしやかな噂によると、レーダーマン博士は
神の粒子なんていうすばらしい名前をつけるつもりはなかったらしいのです。

30年以上延々と探し続けていても一向に見つからない粒子にしびれを切らせて、
「この粒子、こんちくしょう」という意味の
「godddamn particle」
と言ったところ、これが短くなって
「god particle」となったのだろうといわれています。

この話が本当だとしたら、本来はいい意味ではなかったようですが、
ヒッグス粒子はそれぐらい長いこと探し求められていて、
やっと発見することにいたったわけで、
物理学者たちがどのくらい待ち望んできたのかがおわかりいただけるでしょう。

 

 

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2013年3月17日 (日)

医師国家試験と受験参考書

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医師国家試験と受験参考書

- 受験参考書に従えばいいんですね。 -

 

医師国家試験に次のような問題が出題されたことがある。

第97回医師国家試験G3問

次のような外来患者が訪れた。

「ずっとセキが続いていて、風邪だと思っていたんですけど、
 ここのところ熱も出てきちゃって体中が痛くなってきて...
 きっとインフルエンザですよね。

 暮に予防注射を受けようと思っていたんですけど、
 ワクチンが品切れだって言われて断られちゃったんですよ。
 来年はワクチンいっぱい仕入れといて下さいね、先生」

これに続く医師の言葉として適切なものはどれか。

(1) 熱はいつから何度くらい出ていますか。
(2) インフルエンザかどうかは検査しないとわかりませんよ。
(3) ワクチンを仕入れるのは院長の仕事ですよ。
(4) 熱が出て、体が痛いんですね。今日ここまで来るのもつらかったでしょう。

「医療面接」という分野からの出題らしい。
もちろん私は、勉強したことも受験したこともないが、
こんな問題が出ること自体、ちょっと驚く。

医療の専門知識がなくても回答できるので、ぜひちょっと考えてみてもらいたい。
さて、どれが正解だろう。

 

メール仲間にも考えてもらった。

友人Tの回答

意見を述べさせるのならわかるけど、
四者択一というのが馬鹿馬鹿しいね。

わたしが受験生なら、
(2)インフルエンザかどうかは検査しないとわかりませんよ。
にマルをつけるかな。

理由は、いいかげんな自己診断に対しては、
とりあえず否定の言葉を返しておかないと、
あとで訴えられる可能性があるから。

こういう答えはどうでしょうか。
(5)来年じゃなくて今年の暮ですね。

言われてみると最後の(5)によく気がついたなぁ、とは思うが、友人Kからは驚くべき回答が来た。

友人Kの回答

正解は
(4)熱が出て、体が痛いんですね。今日ここまで来るのもつらかったでしょう。
でしょう。

そして、参考書の解説は、こうなっているはずです。

お客様の言うことを共感的に聞くのは、
医療に限らず接客業の基本中の基本。
そう、医師も今や接客業、皆さん(受験生=医師の卵)は
男性ならホスト、女性ならホステスなのです。

まず患者様の言うことを、
それがどんなにでたらめで感情的で取るに足らないものであっても、
よく聞き、どこかとっかかりを見つけ、肯定的な言葉を返すべきです。
そうやって、患者様をリラックスさせ、
「ああ、このホスト/ホステスなら信頼できそうだし、
 金を払ってやってもいいなあ」と
思っていただいてから、初めて商売の話、じゃなかった、
治療・診断に関する話を持ちかけることができるのです。

そういった心遣いもせずに直ちに
(1)熱はいつから何度くらい出ていますか。
のような核心に迫るような話をしてはいけません。
彼女/彼氏にしたい人に、いきなり
「あなたの○○を××したい、ああしたい」
なんて言ったりしないのと同じことです。

(2)インフルエンザかどうかは検査しないとわかりませんよ。
(3)ワクチンを仕入れるのは院長の仕事ですよ。
のような突き放したような言い方、
他人事のような言い方など論外です。

さて、正解は...

 

友人Kの回答があまりにも完璧で驚くが、正解は、
(4)熱が出て、体が痛いんですね。今日ここまで来るのもつらかったでしょう。

受験参考書では

(1)熱はいつから何度くらい出ていますか。
   ==> 調査的態度

(2)インフルエンザかどうかは検査しないとわかりませんよ。 
   ==> 評価的態度

(3)ワクチンを仕入れるのは院長の仕事ですよ。
   ==> 逃避的態度

(4)熱が出て、体が痛いんですね。今日ここまで来るのもつらかったでしょう。
   ==> 共感的態度

となっているそうで、まさに患者の言うことを共感的に聞くことが
医師に求められる姿勢なんだとか。

この受験参考書を見た人が、その感想を次のように雑誌に書いていた。
メモしか残っておらず、筆者も雑誌名も不明なのだが...

受験参考書にはこう書いてある。

「ポイント:共感的態度、それは『~なんですね』がキーワード!」

すばらしい! 答の選択肢に「~なんですね」を見つけたら、
それを選べばいいのである。さすが受験参考書。
この本で勉強すれば効率良く得点をあげられそうである。

そして、実際の場面でも
いかにも気の毒そうにこんなふうに言えばいいのだ。
 「身体が痛いんですね」
 「妊娠しちゃったんですね」
 「借金がかさんでるんですね」

これなら国家試験に落ちてもほかの職でやっていけるだろう。

 

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2013年3月14日 (木)

日本の住宅の大きさ

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日本の住宅の大きさ

- 「四人世帯なら148平方メートル」 これが全国平均 -

 

ずいぶん前だが、外国から「ウサギ小屋のような住居」と言われた日本。

そもそも「ウサギ小屋」という言葉は原文の仏語の誤訳で、
揶揄されたわけではない、という話もあるらしいが、
誤訳であろうがなかろうが、
「そう言えなくもないかも」と聞いた人も多かったのではないだろうか。

では実際、
「日本に住んでいる人って、平均すると
 いったいどれくらいの広さの家に住んでいるのだろう」

酒の席で話題になったつまらない疑問のひとつだが、
考えてみると具体的な数値を聞いた覚えがない。

ちょっと調べてみよう。

「本の中に数式がひとつでも入ると、本の売上は1/10になると言われている」という記事を
どこかで読んだ気がするが、ブログではどうだろう。
簡単な四則演算のみなので、遠慮無く使って話を進めていこうと思う。

 

まずは国勢調査から。
国勢調査に床面積の情報ってあっただろうか?
数年前、自分で記入したはずなのに全く思い出せない。

で、軽い気持ちで総務省のホームページを見てみたら、あった、あった。
一般世帯については、住んでいるところの床面積情報もあるではないか。

ならば計算してみよう、とエクセルを立ち上げたが、一部言葉の意味がよくわからない。
「住宅以外に住む世帯」って何?

 

用語の定義から確認してみたい。

国勢調査では、
   世帯=「一般世帯」+「施設等の世帯」
としている。
「施設等の世帯」とは、寮、病院、拘置所などのことだ。

で、さらに「一般世帯」を
   一般世帯=「住宅に住む一般世帯」+「住宅以外に住む世帯」
と区分している。

 

さて、問題。
ここで言う「住宅以外に住む世帯」とはどんな世帯のことを指しているか?

 

正解:
「住宅以外に住む世帯」とは「下宿住まいの単身者、および会社などの独身寮の単身者」。

うーん。よくわからない。
単身だの独身だの、ひとりの人をずいぶん特別扱いしているように思えるが、
それよりなによりどうしてそれらは「住宅以外」なのだろう。
「住宅以外に住んでいます」と言われたら、橋の下、などが浮かんでしまうが。
まっ、アレコレ言ってもしかたがない。先に行こう。

二つの式をひとつにまとめると

   世帯=「住宅に住む一般世帯」+「住宅以外に住む世帯」+「施設等の世帯」


ということになる。

このうち、床面積データがあるのは「住宅に住む一般世帯」の部分のみなので、
今回の集計ではこの部分だけを計算対象とする。
対象外(「住宅以外に住む世帯」と「施設等の世帯」)に
どの程度の人が属するかというと、人数で342万人(人口の2.7%)。

つまり、「住宅に住む一般世帯」だけを対象とはするが、
人口的には97%以上の人が対象に入っていることになる。

これで準備OK。最新の平成22年国勢調査の結果で数字を見ていこう。

 

「住宅に住む一般世帯」は、5105万。
そこに住む人は、1億2463万人。

延べ面積は、(0-19m2) (20-29m2)と続いて(250m2以上)までの14区分。
(m2は平方メートル)
計算は、区分内の中央値を代表値として使う。(例:0-19m2については10m2)
ただし、(250m2以上)の区分については中央値が取れないので、
今回は便宜的に250m2を使った。
つまり「少なくとも」というか「最低でも」がわかることになる。

延面積区分代表値 x 世帯数

これを各区分で計算し、14区分全部について足し合わせる。

これは、5千万世帯を床面積を維持しながらビッシリ平屋でくっつけると、
どれだけの面積になるか、を示していることになる。
14区分の合計で4597 km2。
そこに1億2463万人が住んでいるので、単純に人数で割って
一人あたりの面積を求めると37m2。

Photo_2

代表値のところに書いた通り、
(250m2以上)の区分には最低値250m2を代表値に使っているので、
実際にはそれ以上の値となるが、この区分は105万世帯(2%)と比率的には大きくないので
仮に350m2で計算しても37が38(m2)になる程度の影響度。

 

一人あたりの床面積で考えると四人家族なら148m2。これが全国平均ということになる。
首都圏の狭いマンション住まいのせいか、
「みんな広いところに住んでいるンだなぁ」が正直な感想。

 

ちなみに面積合計はだいたい京都府の大きさ。
つまり5千万世帯を面積を維持しながらビッシリ平屋でくっつけると、
日本中の家が京都府内に入ってしまう。

1_2

なお、国勢調査については、総務省のページ(ここ)に詳しい説明と調査結果がある。

(*1)
今回初めて国勢調査の結果を検索してみたが、総務省のページからは、
国勢調査の結果をcsvファイルとして簡単にダウンロードすることができる。
デジタル化された情報はデジタルのまま提供する道を作っておく、には個人的に大賛成。
歓迎すべきことだと思う。
なので今回の計算も、数字を見て手打ちする、といったバカバカしい手間は一切なく、
計算結果の表はわずか数分で作ることができた。

(*2)
「住宅に住む一般世帯」は、
持ち家と借家(持ち家以外:借家、給与住宅、間借り)を区別しているので、
この区分で分けて上と同じ計算をすると、
 持ち家(人口比で71%が住む):ひとりあたりの平均床面積 42m2
 借家(人口比で29%が住む):ひとりあたりの平均床面積  25m2
ずいぶん大きな差があることがわかる。

(*3)
上の表、世帯数の方は区分別の数の合計値と一行目の総数がぴったり合うが、
世帯人員のほうはわずかだが合わない。理由はもちろん不明。

 

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2013年3月10日 (日)

「スッキリ県」と「チグハグ県」

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「スッキリ県」と「チグハグ県」

- 仙台が中心なのになぜ仙台県ではなく宮城県? -

 

今年の大河ドラマ「八重の桜」は福島が舞台となっているが、
福島と聞くと思い出す話がある。

高島俊男著「お言葉ですが…<7> 漢字語源の筋ちがい」(文春文庫)にある、
< 「スッキリ県」と「チグハグ県」 >。

「仙台が中心なのになぜ仙台県ではなく宮城県なのだろう」
という素朴ながら、これまでだれも答えてくれなかった疑問に、
たいへん興味深い回答を示してくれている。

要約しながらその一部を紹介したい。

岡山県で一番大きなまちは岡山。
兵庫県で一番大きなまちは神戸。
神戸の手前に兵庫という駅があるがちっちゃな駅で急行もとまらない。
「名古屋が断然でっかいのになぜ名古屋県じゃなくて愛知県なんだろう」
「仙台が中心だのになぜ宮城県というんだろう」

岡山県のような県庁のある大きなまちの名がそのまま県の名であるものを「スッキリ県」、
兵庫県のようにチグハグなのを「チグハグ県」と呼ぶことにする。

三府(いまは一都二府)および北海道沖縄をのぞく全国42の県を両者にわけてみると、
「スッキリ」は26県(62%)対して「チグハグ」は16県(38%)
(埼玉県は「チグハグ」に入れた。長年、県庁所在地は浦和だったので)

概して西日本にはスッキリ県が多い。九州は七つある県すべてがスッキリ。
対して東日本はチグハグ県が多い。
特に東京周辺は、神奈川県、山梨県、群馬県、栃木県、茨城県、埼玉県と
チグハグの天下、スッキリは千葉県だけ。

チグハグは何を意味しているのか。

この疑問に衝撃的な解答を提出したのが、
昭和16年に出た宮武外骨の『府藩縣制史』(名取書店)であった。

戌辰戦争の際に、
薩長新政府がた(つまり天皇がた)についたのがスッキリ県名をもらい、
徳川がたについたのがチグハグ県名をあたえられた。
「スッキリ県は良い子県」「チグハグ県は悪い子県」で、
チグハグ県名は朝敵に対する懲罰であった、というのである。

たとえばおなじく徳川御三家であっても、
紀州はすばやく朝廷に忠誠を誓ったからスッキリ名、
尾張と水戸は態度がよろしくなかったからチグハグ名、というわけだ。

 

さて、ここで質問。

「それならなぜ、会津の所在する福島県はスッキリ県なのだろうか?」

ちょっと考えてみていただきたい。
徳川がたについたのがチグハグ県名なら、会津はどう考えてもチグバグ県になるはず。

 

じつは、単にチグハグだけではない、強い懲罰が、
逆に一見スッキリの中に潜んでいる。

会津若松は28万石の大城下町、福島は3万石のちっぼけなまちだ。
その福島へ県庁を持って行って、県名もそっちでつけて、
「お前なんか県庁も県名もなんにもやらないんだからね、ざまあ見ろ」と言ってるんだから、
これほど意地のわるい懲罰はない。

雄藩米沢にも庄内にも県庁をおかず、
小さな山形において県名もそれにしたスッキリ山形県も事情はおなじだ。

つまり、一見スッキリでも、官軍に敵対した大藩を蹴とばして
小さなまちを県都に立てたのも一種のチグハグなのである。

廃藩置県では当初300を超える県があったこと、
それが同じ年のうちに72県にまで減ったこと、などなど
県や県名についての歴史が続く。

たとえば現在の福島県一つをとってみても、
明治二年にはすでに、若松県、福島県、白河県の三つの県ができており、
廃藩置県でそこへ二本松県、棚倉県、中村県、三春県、平県、湯長谷県、泉県ができて
合計十県になった。

その四か月後にはこれらが整理されて二本松県、若松県、平県の三県になり、
ついで二本松県は福島県、平県は磐前県と県名が変った。

この三県が統合していまの福島県ができたのは明治九年八月である。
つまりこの時まで「若松県」はあったのだ。

そればかりではなく、

実際明治五年はじめごろの段階で見ると、
若松県だけでなく、仙台県もあるし、名古屋県もある。
そのほか、盛岡県、宇都宮県、金沢県、大津県、松山県などもある。

 

もっと詳しく知りたい方はぜひ原文を参照あれ。
週刊文春への連載をまとめたものだが、雑誌に掲載されたあとの追加情報が
〔あとからひとこと〕として加筆されているので、雑誌本文より本の方がお薦めだ。

 

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2013年3月 6日 (水)

千枚のラブレター

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千枚のラブレター

- 「田中角栄研究」と「ニュー・シネマ・パラダイス」-

 

立花隆さんの著作に「田中角栄研究」(1982年:講談社)という本がある。

立花氏は、1974年、雑誌「文藝春秋」に
「田中角栄研究~その金脈と人脈」を発表した。
この記事がきっかけとなり、
時の首相「田中角栄」が退陣に追い込まれていくこととなる
まさに「ペンの力」を示したセンセーショナルなレポートだ。

その後の取材内容も合わせ、田中追及の詳細をまとめたのが
この「田中角栄研究」。

膨大かつ綿密な取材データに裏打ちされたその内容や、
なぜ、文藝春秋社ではなく講談社から出版されているのか、
などについてはここでは書かない。
と言うか、とても簡単にはまとめられない。

その後、ロッキード事件、元首相逮捕へと繋がっていくことになる
「田中角栄研究」の真髄にご興味があるようであれば、
ぜひ原本でゆっくり触れてもらいたい。

 

今日紹介するのは、この「田中角栄研究」の「まえがき」にある
立花氏自身のエピソードだ。

内容は、意外や(?)「千枚のラブレター」

こんな調子で始まっている。

 かつて、一人の女の子に、千枚のラブ・レターを書いたことがあった。
 人間、若いときには、妙なことに自信を持つものである。
そして、若さからくる自信には、しばしば鼻もちならないものがある。
若者が大人になるためには、挫折体験が必要らしい。

そのころ私は、文章で人を説得することに妙な自信を持っていた。
そこで、明白な片想いであることが確認ずみの相手に向かって、
自分はこれから千枚のラブ・レターを書く、
千枚書くうちに、必ずあなたを説き伏せてみせると宣言して、
それを書きはじめたのだった。

それを書くのに二年越しの時間が必要だった。
結果は無残だった。
あと数枚で千枚という時点にいたっても、
相手の気持ちはこれっぱかりも変えることはできなかった。

残りの数枚を書いてみても、事情はかわらなかったろう。

 

最終的に彼は、千枚まで数枚を残し、筆を置いてしまった。
どうしてやめてしまったのか。

学生時代にこの本を読んだ私は、
この「やめてしまった」というエピソードが妙に気に入ってしまった。

「どうしてやめてしまったと思う?」
酒を囲んで、友人と盛り上がったりもした。

 

8年後。

「映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989年)観た?」
と友人が聞いてきた。

「映画を観ていたら、あの話と同じような話が出てきたンで、びっくりしたよ。
 急に昔の話を思い出しちゃって」

昔の話をよく覚えていてくれたものだ。

映画では、映写技師アルフレードが、少女エレナに恋した少年トトに
話して聞かせるお伽話「兵士の話」として登場する。

こんな話だ。

兵士が王女に恋をした。
もちろん通常なら叶わぬ恋だが、
兵士の深い思いを知った王女は兵士にこう言った。

「100日の間、昼も夜も、
 私のバルコニーの下で待ってくれたら
 あなたのものになります」

兵士はすぐにバルコニーの下に行った。
雨の日も風の日も、雪が降っても兵士は動かなかった。

90日が過ぎた。
兵士はひからびてまっ白になった。
眠る気力さえなかった。
王女はずっと見守っていた。

99日目の夜、兵士は立ちあがった。
そして椅子を持って行ってしまった。

トトも聞く。
「最後の日に?(どうして)」

「そうだ、最後の日にだ。
 なぜかは分らない。
 分ったら教えてくれ」
とアルフレード。

この話が映画の中でどういうエピソードに繋がっていくのかが気になる方は、
ぜひ映画のほうもご覧下さい。いい映画です。音楽も。

 

最初に書いた立花氏のほうは、
千枚直前でやめてしまった理由を次のように書いている。

残りの数枚を書いてみても、事情はかわらなかったろう。
最終的に千枚書かず、そこで筆を止めたのは、
挫折を最終的に確認するのがいやだったからにちがいない。
まだ千枚書いていない、だから・・・と自分にいいきかせようと
思ったのだろう。

しかし、それが単なる負け惜しみにすぎないということは、
自分でもよくわかっていた。
そのとき私は自分のものを書く能力に対して、完全に自信を喪失した。
読者を一人にしぼり、たった一つのテーマについて千枚も語り続け、
それでもなおその読者をいささかも説得することができなかったのだから、
自信を失って当然である。

そのとき、すでにもの書き稼業をはじめていた私は、
ラブ・レターを書き続けるのをやめるとともに、
もの書き稼業もやめることにした。

私の経歴の中に、
「一九七一年から七二年にかけて新宿でバーを経営」
という妙な一項があるのは、このときのことである。

 

こういう男の負け惜しみは、なぜか愛おしい。
そう思うのは、自分が男だからだろうか。

 

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2013年3月 3日 (日)

震災から丸二年

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震災から丸二年

- その時、首都圏も凍りついた -

 

3月になった。東日本大震災から丸2年。

東京大学空間情報科学研究センター「人の流れプロジェクト」が、
携帯電話のGPSデータを使って人々の流動状況を動画で表現しているが、
これを見ると「あの瞬間」、首都圏でも人々が凍りついてしまった様子がよくわかる。

 

混雑統計データ(R)による東日本大震災当日の人々の流動状況

 

情報システムの世界では、「ビッグデータ」がひとつのはやりだ。
この動画も、まさに震災時のビッグデータ処理から生まれた。

携帯通信網やインターネットといった通信インフラの発達、
メモリやHDDの大容量化、低価格化、
CPUを始めとしたハードウェアの高速化、
さらに、カメラやGPSといったセンサチップの小型化、低価格化、
こういった条件が揃ったことで、大量のデータが比較的簡単に集められるようになった。

もちろん、集めただけでは利用できないので、そこから価値ある情報を探し出したり、
あることが起こっていることを瞬時に把握したりといった、
データマイニングやイベント処理の技術も急速に進歩している。
メモリ上での処理はもちろん、並列分散処理やグリッド・コンピューティングなど、
ホットな分野ゆえ目の話せない技術の話題も多い。

一方で、
「分散コンピュータシステムにおけるデータ複製において、
 一貫性(Consistency)と可用性(Availability)と分断耐性(Partition-tolerance)の
 3つを同時に保証することはできない」
というCAP定理が証明されてしまったり、論理的なアプローチにもおもしろいものがある。

 

ビッグデータに関しては興味深いアウトプットが出てくる一方で、
「データを集めればいいってモンじゃないでしょ」と突っ込みたくなるような動きもある。

和食を中心にした某レストランチェーンでは、
仲居さんの帯に加速度センサを付け、リモートで行動を分析し始めたらしい。
立った、座った、までわかると言う。
これで、「疲れていないか」「サボっていないか」といったことだけでなく、
お客様の満足度との関係も掴みたいのだとか。

 

話が横道にそれてしまったが、
最新技術により、必要なデータを集めて抜いてくることができたとしても、
最終的にそれをどう表現するか、の部分は、確立したなにかがあるわけではなく、
まさにそれぞれの「表現者」による「表現」だ。

震災関連でも、震源と時刻、規模と深さ、発生頻度の5要素を同時に把握できるように
独自の工夫をした動画もUpされている。

 

2011年の日本の地震 分布図

 

2011年の世界の地震 分布図

 

位置と時刻と規模と深さのデータをこんなにわかりやすい方法で表現できるなんて。

ただ、すばらしいとは思いつつ、震災関連の動画で繰り返し見てしまうものは、
やはり単にデータを可視化したものではない、「人の声」が訴えかけてくるものだ。

救援に感謝する「ありがとう」の言葉の余韻、
震災直後の選抜で選手宣誓をする野山主将の「なまの声の力」、
伝えたいものがあるときの人の声には、なにものもかなわない。

 

Arigato from Japan Earthquake Victims 被災者からのありがとう

 

第83回選抜高校野球大会 選手宣誓 (創志学園 野山主将)

 

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