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2013年2月20日 (水)

若い時に読んだ本を

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若い時に読んだ本を

若い時に読んで感動した本を、読み返す機会があった。
ところが、読んでみるとあの時の感動が蘇ってこない。
当時、どうしてあんなにいいと思ったのだろう、と不思議に思うくらい冷めている自分がいる。
単に歳をとったということなのだろうか。

ふと、橋下治さんが書いた本「橋本治という考え方」の一節を思い出した。

若い時に読んで「たいしたこと言ってないな」と思った本を後になって読み返して、
「こんなすごいことが書いてあったのか」と思い直すことがある。

逆に、若い時に「すごい」と思いながら読んで「感動の一冊」になったものが、
後になって読み返すと、「こんなもんのどこがよかったんだろう?」と思うこともある
(まァロクに本を読まなかった私としては、こちらの経験があまりないが)。

前者は、自分の分かるところだけを勝手に拾い読みしていたのである。

後者は、書かれた本の行間に「自分の思いの丈」を勝手に詰め込んで、
「自分の読みたい本」を創り上げていたのである。

それがいけないというのではない。
本というのは、そうなりがちなものだと言っているだけである。

 

「自分の思いが勝手に埋め込まれることで、自分にとっての作品となる」は
本に限らない。
「作品」と「鑑賞する側」の一種の化学反応。
印象に残る作品には、考えてみるといつもこれがある。

一般的な評価がどんなに高い作品でも、この反応がおこらないと、
「おもしろいのはおもしろかったけれど」と言うような表面的な感想だけで終わってしまう。

見るもののまさに「勝手な思い」を受け入れる余白と
どんな思いを受け入れても作品としての芯は揺るがない骨格、
「いい作品」は、この両方を備えているような気がする。

これからも「自分の思いの丈」を勝手に詰め込んで楽しんでいきたい。
どんな本にでもそれができるわけではないのだから。

 

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