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2013年1月

2013年1月30日 (水)

沖縄出張 ウラ報告

(全体の目次はこちら


沖縄出張 ウラ報告

国内出張時の仕事以外のウラ報告。
プライベートでは二度遊びに行ったことがある沖縄。
三度目の訪問では、どんな時間が待っていることか。


2009年2月7日(土曜日):[古い話です]

土曜日夕、仕事終了。
訪問先の会社のYさんが車でホテルまで送って下さった。

ホテル直前での会話。

「沖縄に来て、今夜、なにか目当てがあるのですか」

「実は、ヒージャー(山羊<やぎ>)のさしみを
 食べてみたいと思っているンです」

「そうですか。私もこちらで一度食べたことがありますよ。
 そう言えばそのとき、山羊のタマタマがあったンです。
 で、本土から来ていた連れが食べたンですが、
 彼、翌日入院しちゃいました。
 気をつけてくださいね」

山羊のタマタマ? どうやって食べるの? 
それこそそんなのがあったのはタマタマだろう。
とたいして気にも留めず、お礼を言って下車。
ホテルにチェックイン後、着替えて
荷物をコンパクトにしていよいよ夜の街へ。

最初に目指したのは「さかえ」
「竜宮通り社交街」。意味深長な名前だ。
 
建物もすごい外観。50年は経っているのではないかと思われる木造。
しかも、すりガラスさえ無く中が一切見えない。
知らなきゃ絶対入らない、というか入れない。
おそるおそる扉を開ける。

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突然、明るいねーねーの声に迎えられ、緊張がいっきにほぐれる。
初めてなのに、

「まずは座って、座って」

といきなりハイテンション。気がつくとカウンタの席に。

ねーねー、ほかのお客さんからはNさんとファーストネームで呼ばれている。
お店はNさんとお母さんのふたりで切り盛り。
忙しいけれど、人を雇うのが嫌いなんだとか。

あとから他のお客さんから聞いた話によると、
お店はお母さんが40年以上も前に始めたものらしい。

まずは突き出しで、
「にがなと島豆腐のチャンプル」、
「大根と島人参の塩もみ」、の
二品を出してくれたのだが、どちらもシンプルながら実に味がいい。

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島人参のあざやかな黄色をちょっと珍しそうに眺めていたら、
「これが島人参よ」
と、まるまるの状態で皿に盛って見せてくれた。
地中部分が黄色で上に出た部分が緑。コントラストがきれいだ。

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「おいしい」
と伝えると、
「まだまだこんなにあるから、好きなだけ食べて」
と、カウンタの上の大皿を私の前に持ってきて、
取り箸までつけてくれた。

食べ放題? 
この二品が食べ放題ならいくらでも呑めるかも、
なんてセコイ考えが頭をよぎったが、
そんな考えがこのお店ではまったく恥ずかしいことだということを
私はすぐに思い知ることになる。

まずはお目当てのヒージャーのさしみを注文。
泡盛は地元ということで瑞泉30度。

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しょうが醤油をつけてひとくち。
山羊は臭い、と聞くが、臭みはほとんどない。

一部皮が残っていてその部分だけ少しコリコリするが、
身はやわらかくてうまい。

見た目以上に実は結構あぶらっぽいのか、泡盛がよく合う。

山羊と泡盛を楽しむうちに、となりの男性と話をするようになる。
彼は大阪から、この店で呑むためだけにやってきた。
飛行機代込みで一泊約3万円。

波照間島の話等、沖縄に惚れ込んだ話をしてくれる。
人とのふれあい、碧い海と空、ゆったりとした時間にあふれた話は、
なにがあるわけではないが聞いていて飽きない。

「この店のためだけにほんとうにわざわざ大阪から?」

この話に興味をもった他の客の疑惑の目を楽しむかのごとく、
「以前はパチンコで3万ぐらいすぐスッちゃってましたから、
 それに比べれば今はずっと充実しています」
とうれしそう。

加えてこんな話も。

2週間前にもこの店に来た。
その少し前、自分のブログに「今度一人で<さかえ>に行く」と書いた。
すると見知らぬ女性からメールが来た。

「私もその時期ひとりで沖縄に行くンです。
 さかえには前から山羊を食べに行きたいと思っていました。
 でも、ひとりで入る勇気がない。
 よかったらご一緒させていただけませんか」

ほんとにあるの?そんな話。聞いている誰もが同じツッコミ。

でも、ほんと。ほんとに初対面のふたりが、2週間前に来たらしい。

女性がNさんの親戚に似ていたとかで、Nさんも
「あぁ、あのときの」
と思い出し、途中から発言が証言になる。

「オレ、きょうからブログを始めることにした」
と男たち大盛り上がり。

すっかりカウンタの客の間での会話がなめらかになってきたころ、
「今日はいいのがある」
というのを聞いていた彼「山羊の玉ちゃん」を注文。

「玉ちゃん」、どう調理するの? どうやって食べるの?

出てきたものは、なんと生、そう、なま。

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薄くスライスしてあって淡いピンク色。
見た目は意外や美しい。ついているのは皮?

でも美しいからと言って、しかも生ゆえに、
体の一部に痛みを感じることなく見られる男がいようか。

彼も初めてらしく、おそるおそる口に運ぶ。ちょっと間があって、

「うん、けっこうイケますよ、どうぞ一切れ試してみて下さい」

と皿を差し出してくれる。普通なら

「では、お言葉に甘えて一切れいただきます」

とトライしたと思うのだが、さきほどホテルへの車の中で聞いた

「彼、翌日入院しちゃいました」

の言葉がいきなり頭にこだまして、私としたことがひるんでしまった。

「ありがとうございます。でも遠慮しておきます。
 写真だけ撮らせてください」

私の左隣のおじさんが覗き込んで

「これはね、すっごい力つくンだよ」
「おにいちゃんたち、今夜は一人なの?」
「2週間前だったよかったのにね。あの時はなかったンだって」
「でもわかるンだ。朝が違うから」

とすっかり酔っ払いの会話。

 

話が落ちてきてしまったので、
ここでカウンタに座っている人たちを紹介しよう。

ギリギリのエロネタのなかに、
独特な世界観を展開するのがうまい左隣は地元のおじさん70歳。常連。
若いころフランスに駐在していたという経験あり。

最初に親しくなった沖縄大好きの大阪の男性は30代。
以前はハーレー(バイク)に乗っていて、ハーレー40台でツルんで走ったこともある。

その先は、某放送局のチーフディレクタMさん、まだ赴任して半年ながらこの店の常連。
夕方のローカル番組を任されており、ネタに目を光らせている。
言えばなんでも番組にしてくれそう。単身赴任中。

さらに、昨年ブラジルの日系3世の女性と結婚した地元の人、30代。
3ヶ国語を自在に操る奥さんはただいまサンパウロに里帰り中。

名護ハーフマラソンにでるために沖縄に来た若いカップル、20代。
リピータで、Nさんに差し入れ(たんかん一箱)を持ってくる。

彼ら、彼女らの話は、どれもこれもおもしろかったものの、
ひとつひとつ書いているとそれこそいつまでたっても先に進めないので、
残念ながら以下省略。

上の会話からお察しあれ。

 

と、気がつくと肝心なお店の話をあまり書いていない。
Nさんとお母さんのふたりで切り盛りしていることは上に書いた通りだが、
とにかくNさんのキャラクタが光っている。

泡盛や料理の説明は、カウンタに詳しそうな常連がいると、
ガンガン振って頼んでしまう。

「お願い、**の説明してあげて」

それがきっかけで客同士のつながりができる。

個室の分も含めて、二人だけですべての注文をさばいているが、
さばききれず、どうしても注文がたまってしまう。
で、受けた注文をメモ用紙に書き、それをカウンタの上に置いて、

「いま、ここを作っていて、次にこれ作るから、
 カウンタの人はそれに合わせて注文して。
 そうすれば、すぐにできるし、わたしも楽(らく)だから。
 わかった?」

と、客に対して、これ以上はないほどのストレートな要求を提示。
さらりと調理と注文の完全同期を実現してしまっている。

しかも、そんなに忙しいのに、

「あれ、注文3人分なのに作りすぎちゃった」

と注文もしていないゴーヤチャンプル等が、
小皿に載ってカウンタ客に振舞われる。
しかも、これが何皿も。ほんとにいいの? 

カウンタの客はもちろん喜んでNさんに協力し、調理に同期するように

「あっ、じゃぁオレ、これひとつ追加」

とメモを指差す。

 

途中、
「**がないのでちょっと買ってくる」
と買い物にでたお母さんは、シークァーサーを買ってきて、
これまた各お客さんに
「さっぱりしておいしいから」
と配っている。

ヒージャーのさしみしか注文していないのに、私の前には、何皿もの料理が並び、
デザートのシークァーサーまで。もちろん追加料金なし。

会話がたのしく、料理がおいしく、かつサプライズがいっぱい。
なるほど、この店で呑むためだけに
大阪から3万円かけてやってくる人の気持ちもわかる。
いろいろ名残惜しかったが、もう一軒行きたかったのでおいとま。

店は古いし、Nさんのキャラクタはかなり個性的だし、
と、誰にでもお薦めとは言いがたいけれど、
ヤギを含めて料理はどれもおいしいし、
お客さん同士のコミュニケーションがほんとに楽しいし、
初めてにして大好きなお店となってしまった。

精算後、
「じゃぁ、これホテルで食べて」
とさきほどNさんがお客さんから差し入れでもらっていた
「たんかん」までいただいてしまった。
ポンカンとオレンジの交配でできた柑橘類。今が一番おいしい時期だとか。

放送局のチーフディレクタMさんは、名刺を差し出しながら、
「また話しましょう。おもしろいネタがあったら連絡して」

帰り際、お客のひとりから声をかけられた。
「おにいさん、このお店はリピート率100%だから、またきっと来ることになるよ」

 

頭も胸もおなかも圧倒されてちょっとしびれたような状態のまま、二軒目へ。
「あんつく」。これまたちょっと入りにくい外観。

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中は胸板の厚いがっちりとした体格のおにいさんと、そのお母さんか?やはり二人。
おにいさん、「さかえ」のNさんと対照的に口数が少ない。

「豆腐よう」、「うみぶどう」

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豆腐ようはいままで食べた豆腐ようのなかで一番おいしかったかも。
もちろんこれはお店で作っているわけでないので、聞くと
「土産用に売っているブランドではないけれど、
 ネット通販では売り始めたようなので、問合せ先を教えましょうか」
 
うみぶどうは水槽からあげて、まさにぷりぷり。

 

「ミミガーさしみ」、「とーふチャンプル」

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ミミガーさしみは、おもしろいことにピーナッツクリームと和えてある。
ミミガー自体が通常のコリコリ感がほとんどないくらいにやわらかい上に、
ピーナッツとの相性が意外にいい。
うす甘いものをおしく食べさせるのはむつかしいはずだ。

「ゆがいてあるのに、どうしてさしみって言うンですか」
の私の質問に
「よくわかりません。昔からそう言うンで。
 そば粉を使っていなくても沖縄そばって言うでしょ」
と期待を裏切らないぶっきらぼうな回答だが、ぜんぜんイヤな感じがしない。

とーふチャンプルも野菜の甘みが感じられるいい味。

「島らっきょう」などなど、典型的な沖縄料理を頼んで、泡盛は「瑞穂」で楽しむ。

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島らっきょうは削り節がたっふり。

他のお客さんが、
「ここの料理は塩味がうすいのにおいしい」
と言っていたけれど、
観光客受けを狙ったヘンな味付けや演出をいっさいせずに、
家庭料理的あたたかさ、みたいなものだけを
黙って静かに出していることが魅力なのかも。

もっと食べたかったのに、おなかにもう余裕なし。
典型的な沖縄の家庭料理を楽しむにはお薦め。
一品300-500円程度という値段もうれしい。

 

帰り道、国際通りを歩いていると、馬頭琴のストリートライブが。

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楽器はそれほど大きくないのに、思った以上に太く、大きな音。
音色にちょっと驚きながら、2曲聴いてしまう。
透き通った音ではなく、すこし濁ったような感じの音色が、
まさにモンゴルの草原の風を思わせる。

おそい時間でほかに立ち止まっている人もなかったので、
ちょっとチップをおいたあと、奏者のSさんに話を聞く。

2弦の調弦は、B♭とF。完全5度は民族を問わず和音の基本形なのか。
弦は細いナイロンで低い方に120本、
高い方に60本が束ねられて使われているらしい。

「まぁ、数えたことはありませんが、そう言われています」

とのこと。近くで見ると確かに細い弦が束になっている。
デンタルフロスの巨大版といったところか。

弓はチェロなどと同じ馬の尾毛。
Sさんは、実際にモンゴルで習ったらしく、
弾いている馬頭琴ももちろんモンゴルのもの。
ネック部分の馬頭の彫像が工房によって違うらしく、

「これは一番気に入った工房のものなんです」

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Sさん、国際通りでは、かなりの有名人らしく、
道行く人や、通りを通る車の中からでさえ、
多くの人があいさつをしながら通り過ぎていく。

話している時はもちろん、演奏中でさえ、
そういった方々に、まさにひとりひとり目で会釈する感じが
人柄を感じさせていい。

と、一日目終了。
あまりの盛りだくさんに、忘れないうちウラ報告用のメモだけ書いて爆睡。

 

2009年2月8日(日曜日) 

午前中は街歩き。

歴史を感じさせるライブハウス桜坂セントラル界隈

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ブーゲンビリアやハイビスカスが咲いていて、

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いまだに手動の井戸のポンプが活躍している。

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壷屋やちむんの里の石畳の道、

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一泊1500円、一ヶ月3万円の宿リトルアジア、

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そして、やっぱり寄ってしまう公設市場。

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ハデな色の魚介類も沖縄ならでは。

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首里城も、城壁を見上げながら

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ゆっくり散策。

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お昼は首里城のそば、「あしびうなぁ」に。

11:30からのランチに11:25に到着すると既に開店を待つ列が。

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ほどなく開店。小さいながら庭が美しい。
白砂に砂かきによる箒目までつけてあって、
それを囲むようにテーブルが配置してある。

龍安寺の庭のような砂の紋様と言った方がイメージしやすいか。
これを眺めながら食事ができるなんて、と喜んでいたら、
「おひとりさま」は、中の部屋の方へ案内されてしまった。

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確かに庭を囲んでいるのはカップルばかり。

お昼にもう一軒行くつもりだったので、ソーキそばを単品で注文。

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硬い骨のついた本ソーキ。このソーキがほんとにおいしかった。
麺はかなり重め。単品でも印象に残る。
ほかにもいろいろ食べてみたい。

カップルで来て、あの庭を見ながらゆっくり食事、これがピッタリ。
とにかく繁盛していてお店の方も忙しそうなのでほとんど話はできず。
支払い時、ちょっと聞いたら、
「あしびうなぁ」の「うなぁ」とは庭。
つまりあしびうなぁとは「遊び庭」ということらしい。

帰ってきてネットで見ると、「遊御庭」と漢字で書くのだとか。

レジの周りには、ベッキーだのトルシエ監督だの中尾彬、池波志乃夫妻だの
有名人来店の際の写真がいっぱい貼ってあった。

 

もう一軒寄ろうと思っていたのは「こぺんぎん食堂」

目当ては島餃子とここで食べた人がひとり一つしか買えない「島ラー油」。

こちらも待ち行列。真っ赤でかわいい外観。

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店内はカウンタのみ8人しか入れない。

「あしびうなぁ」の方は、地元の人も観光客もと言う感じであったが、
こちらは観光客のみ。
ガイドブック片手に店の前で必ず写真を撮っている。

島餃子は5色の色があざやかな水餃子。具も野菜がたっぷり。

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これにうわさの「島ラー油」のラー油醤油をつけて食べる。

5色の皮の食材と具に入っていた野菜はこんな組み合わせで、どれもおいしい。

   [色:皮の色をつけた食材:具]、

   [緑:小松菜:島ネギ]

   [赤:パプリカ:クレソン]

   [黒:イカ墨:イカ&にがな]

   [黄:秋ウコン:ゴーヤー]

   [白:-:島らっきょう]

ただ、ラー油のほうに神経が集中してしまい、せっかくの具が少しかわいそう。
おなかに余裕があれば二皿食べたい。

さて、ラー油。
ゴマの香りはするものの、それは入っている白ゴマからの香りで、
油そのものはさらりと軽い。
ゴマ油を使っている通常のラー油のような重さがない。

島餃子を食べて権利を獲得したので、土産に一本購入。880円。

ラー油にしては確かに高いが、帰り、公設市場のそばのお店で見たら、
なんと1500円で売っているお店まで。
いくら生産量が少ないとは言え、ちょっとやりすぎでしょ。

べたべたと重い油ではないので、餃子以外にもいろいろな使い方ができそう。
帰ってから袋の中を見たら、購入したユーザの
「なんちゃって」的食べ方のアイデアがいろいろ書かれた紙が一枚添えられていた。
ちなみにこのラー油、
風味が時間とともにどんどん落ちるので、長期保存せずに早く食べることをお薦めする。

そうそう、「こぺんぎん食堂」の周囲、夜はあやしい色街か?
訳あり風なスナックと旅館がずらりと並んでいた。

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お土産

さかえのお客さんに教えてもらった「たんかん」と「スナックパイン」
たんかんは2月が旬とか。
スナックパインは季節ではないが、手で裂きながら食べられるパイナップルで、
びっくりするくらい簡単に裂け、その裂けるようすがほんとにおもしろい。
芯まで柔らかくて甘い。

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種類の多い「ちんすこう」は、知人の推薦もあり「まんまるちんすこう」を選んだ。
通常のプレーンのほか、粟国の塩味、久米島のみそ味、黒糖きなこ味、
黒糖チョコ味があり、どれも一味違っておいしい。塩味が意外にイケル。

「島らっきょう」「うみぶどう」「サーターアンダギー」などは家族からのリクエスト。
全部公設市場の近くでゲット。そのままモノレールで空港へ。

無事の帰路となった。

 

おまけ

私、鉄ちゃんではありませんが、
「このモノレール、折り返すところはどうなっているの?」
の素朴な疑問から、モノレールのポイント?を発見してしまった。
目を凝らさないと動きがわからない通常の線路に比べてさすがに迫力がある。

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2013年1月27日 (日)

高崎・長野出張 ウラ報告 

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高崎・長野出張 ウラ報告

国内出張時の仕事以外のウラ報告。

一日目の夕刻に新前橋で仕事、
その夜は高崎に泊まって、二日目の午後は長野で仕事、
の出張だが、本報告ではもちろん仕事の話は一切なし。

新前橋到着から話は始まる。

2010年2月5日(金曜日):[古い話です]

新前橋に4時過ぎに到着。
仕事は5時半からで夜遅くなることがわかっていたので、
ちょっと腹ごしらえしようと思っていた。

ただ、事前にネットで少し調べたものの駅の近くには全くヒットなし。
「現地に行ってから回りを見て考えるか」と狙いは無しで駅に降り立った。
降りてみるとまさに期待通り(?) なにもない。

目的の会社まで「徒歩なら25分程度」と聞いていたので、
歩いているうちになにかあるだろう、と歩き出す。

地元の小さな中華料理店はまだ準備中だし、
「ビーフシチュー、コーヒー」と書かれた店は
メニューにラーメン、うどん、蕎麦もありそうな感じで、
まったく寄る気がしない。

こりゃだめか、と道幅の広い国道17号に出ると、
今度は「これでもか」と
よく見るハンバーガ、牛丼、ドーナツといったファストフード店と
大型電器店の派手な看板ばかり。

ようやく「トライしてみるか」のイタリアンのお店を探し出す。

 

「ボンジョルノ」

入ってお店の人にお薦めを聞くと迷わず
「豚カッチャジョーネはいかがでしょう」
「カッチャジョーネ?」
聞き覚えのない響き。
しかも、パスタと豚肉というのがどうも繋がらない。

「高崎はパスタの消費量全国一位なんですよ」
「えっ、そんな数字があるンですか?!」

どうやって調べたのか知らないが、これまた聞いたことのない順位だ。
ちょっと驚いている私の顔を見て

「いゃ、私もこれまで全く知らなかったンですけど」

と申し訳なさそうにつけたす。

「で、その高崎で去年、パスタ王を決めるイベントがあって、
 そこで優勝したパスタなんです」
「今なら、優勝記念で200円割引で提供させてもらっていますし」
「ハーブを餌に育てた地元群馬の豚を使っているンです」

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さていよいよご対面。

盛り付け時にはうまくパスタと混ざっているのでそんなに目立ってはいないが、
肉の一片を上に広げて写真を撮るとこんな感じ。想像以上の大きさ。

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しかもこの肉、肉だけ味わうと確かにうまい。
ただ、全体としてはトマトベースのソースの味が濃すぎて、
せっかくの肉の味が活きていない感じ。
残念。
いい素材があるンだからもう一押しというか
もう一引き(?)でかなりいいセンにいく気がする。
(200円引きで)税込み725円のパスタにいろいろ言うな、とも思うが

「1800人の投票で選ばれたンです」

と言われるとついつい期待しすぎてしまう。

支払い時、「カッチャジョーネってどういう意味ですか?」と聞くと

「イタリア語で猟師とか獲物とかっていう意味らしいです。
 私もそう教えてもらっただけなので詳しいことはよくわかりませんが」

私が寄ったのは新前橋店だが、高崎に3店舗あるとか。
地元の食材を使ってreasonableな価格帯でいろいろ挑戦してもらいたい、と思わせる
お店の方の雰囲気に満足な一軒目。

 

 

仕事終了後、高崎のビジネスホテルにチェックイン。
「近くにお薦めのお店は?」
とフロントの方に聞くと、すぐ近くの居酒屋とラーメン屋を教えてくれた。
夜も結構遅かったので、「近い」を最優先に薦めてくれたのはまさに親切心と思うが、
どちらの店もホテルへの道すがらちょうど目に入っており、イマイチの印象。
おいしくなさそう、ではなくいわゆるチェーン店系の平凡なにおい。

「多少歩いてもいいので、他には?」
と聞き返すと、なんだか別なことを聞きたがっていると思われた様子。

そんな顔をしていたのだろうか?

フロントの方の話し方が
「は・ん・か・が・い・はですねぇ」
と、より丁寧でちょっとスローな感じに。
「繁華街って言うンだ」と妙なところで感心してしまう。
知りたいのはそういう繁華街じゃぁなくて。

 

結局また、鼻をたよりに歩くことにした。
商店街は広く広がっているものの、飲み食いのエリアがよくわからない。
駅近辺で人の流れを読んで逆流しようとしてみたが、
流れというほどの人の動きがない。
チェーン店系の見覚えのある看板だけがあちこちにあり明るい。

 

 

結局、駅近くの居酒屋「莫莫」に。

聞くと、手羽先と氷見漁港から仕入れている魚がお薦めとか。

ピリ辛の手羽先は仕事のあとのビールによく合う。

そう言えば、米国でビールを飲もうとすると、どこのお店にでも
「バッファローウィング」と呼ばれる手羽先の料理があった。
油で揚げたあとにピリ辛のチリソースを絡めてあるもので、
食べると手がソースでベタベタになるもののビールにはぴったりでおいしかった。

なんでもすぐに世界中から持ってきてしまう日本で、
「バッファローウィング」は食べたことがないなぁ、と思いながら、
「秘伝のスパイス」がまぶしてある手羽先をいただく。

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氷見漁港の魚の説明は、若い兄ちゃん風のお店の方が要領よくしてくれた。
富山県氷見漁港は定置網発祥の地とか。

富山湾が漁場として豊かなのは、「ふけ」と呼ばれる
急斜面でいっきに水深1000m近くまで深くなる海に、
有機物を多く含む立山連峰からの川の水が流れ込み、
プランクトンが繁殖しやすくなっているためらしい。

クロソイとマトウダイをいただく。

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にぎやかで活気のある居酒屋だった。

 

一日目の締めは、「1/26にオープン」というから、
開店してからまだ10日ほどしか経っていないというカジュアルなバー「ESSENCE」

若いマスタ(Aさん)と女性(Bさん)の二人でテキパキと切り盛りしている。
Aさん、シャンパンをグラスで飲めるお店を作りたかったのだとか。
確かにシャンパンは気が抜けるので、
おいしい状態でグラスで提供するのはむつかしそう。

開けたシャンパンを気が抜けないように保持する機械があるらしく
「4万円もするンです」と言っていたが、
業務用なら「も」ってことはないンじゃない、
と何一つ業務用機器の値段を知らないのに思う。

   
「山芋のテリーヌ」という珍しいものがあるというのでオーダー。
うす甘い不思議な味だが、イヤな後味が一切ない。
つまみは近くのレストランのシェフが
いろいろな新しいことに挑戦しながら提供してくれているのだとか。

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「近くのレストランのシェフ」を紹介する口調が、
敬意と深い信頼感を感じさせていい。

 

 

カウンタの席ひとつあけて隣は、紺のスーツを着たやや太めの男性ひとり。
携帯を充電したい、ノートPCを使いたい、と
カウンタ越しに次々とケーブルをわたしている。

彼、Mちゃんというキャバ嬢にかなりの御執心で、
次々とプレゼント攻勢をかけている模様。
先日はカルティエのリングを一緒に買いに行って贈ったのだとか。

そんな自慢話を詳細にカウンタ内のBさんにしているが、
Bさん、明らかに業務的なカラ相槌。それでも彼は全く意に介せず。

「これまでにMちゃんにこれくらいは使っているかな」
と指をV字にしてさし出す。
「へぇ、20万円も」
とBさんがちょっとわざとらしい、驚いたような声を出すと、
「ゃだなぁ。20万で使ったって言える?」

「プレゼントを贈るのってうるさがられるかなぁ」
「でも、記念日とかには、何か贈りたいンだよね」
などと、ひとりでぶつぶつ言いながらパソコンの画面を眺めている。

「ほらほら、この娘(こ)」とお店のページに載っているMちゃんの写真を、
ノートPCの画面をひっくり返してBさんに見せる。
「かわいいでしょ」
と彼のほうから言うからBさん返す言葉もない。

しばらくすると、充電していた携帯が鳴った。
「あっ、Mちゃんだ」
はしゃいだ声の会話の後、
「12時過ぎにも指名が入っちゃってるンだって。
 やっぱり人気あるンだよね。だから今日は来られないみたい。残念」
誰も聞いていないのに、かなり詳しい説明。
ここで待ち合わせをしていたンかいな。
どうぞお幸せに。

 

ドンペリもボトルで3万円代のものから1990年の25万円のボトルまで揃えてあるが、
Aさんは、他のお酒の説明も丁寧なので、いろいろ相談しながら
まさにグラスでシャンパンやスパークリングワインを軽く楽しむにはいい店かも。

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んもBさんも、
「まだまだ勉強中ですが」
と言っていたが、開店まだ10日、
いい店にしていきたいという前向きな意気込みは
話していてもすがすがしく、どう変わっていくかをもう一度確認したくなる一店。

 

 

2010年2月6日(土曜日)

早起きして新幹線で長野に。

途中、雪のため長野から先の電車が運休しているアナウンスが何度も入る。
「なお、代替輸送はしておりません」
長野までは問題なく到着。オリンピックを開催したせいか、駅も広くてきれい。

 

それにしても、雪が激しく降っている。
長野とくれば善光寺。 雪の中、歩いていくことにした。

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歩道は点字ブロック回りに融雪装置が仕掛けてあるのか、そこだけ雪が溶けている。
仲見世のあたりは、各土産店総出で雪かき。

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雪国で育ったわけではないが、この雪かきという行為にはなぜか心惹かれる。
自分の店の前だけではなく、お互いちょっと相手の領域に踏み込んでやらないと
全体としてはきれいに掻けたことにならない、というのがポイントかも。
こういう重なりが、効率という名のもと、いろいろなところから消えていっている。

 

いくつかの門をくぐり、本堂に到着。雪の中の姿もまたいい。
蕎麦屋開店までにちょっと時間があったので、
お参りと内々陣の「お戒壇(かいだん)めぐり」に。

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「お戒壇めぐり」とは、まさになんの光もない真っ暗な回廊を、手探りだけで歩き、
中にある「極楽の錠前」に触れて秘仏のご本尊と結縁するという一種の道場とか。

朝、時間が早かったこともあり、
お戒壇めぐりのために暗い回廊に入っていったのは、まさに私一人。

善光寺ご本尊完全独り占め状態の贅沢。
全く光がないため腰のあたりに手を出して、とにかく右側の壁だけをたよりに歩く。
足元はすり足で探れるが、頭のあたりはなぜか天井が低くなってくるような気がして、
前に進むほど、どんどんかがむような歩き方になってしまう。

不安もあるが、真っ暗で静か、
目を閉じても開けてもなにも変化がない、というのは不思議な感じ。
思わず後ろを振り返るが人の気配はない。

 

途中「これか?!」の錠前、というか取手のような異質なものに触れる。
これで私も極楽浄土へ。

それまで「どこだ?どこだ?」と恐る恐る進んでいたのに、
目的が達せられるとなぜか気が抜けて、
帰りルートはずいぶん歩きやすくなった。

真っ暗だし、先が見えないことは変わらないのに、
ちょっとした気分の変化で行動はずいぶん変わるものだ。

 

ようやく出口の明かりが見えてきて無事終了。

 

 

出てきても、まだ内々陣に入る次の参拝者はなし。

寒そうにしている切符もぎのおばさんに話を聞く。
「多いときは二時間待ち、なんていう大行列のこともあるのに、
 今日は運がいいですね。独り占めできるなんて。

 若い方の中には、お化け屋敷にでも入るように
 キャァキャァ大騒ぎして入る方もいますよ。
 だめだ、と何度も言っているのに、
 携帯を懐中電灯代わりに使って中で照らしてしまったり」

「でも、一方で、出てきて、泣き出しちゃう人もいるンです。
 怖かったではなく、冷厳な空気に圧倒されて。 
 仏様の手が見えた、という人もいますし。

 いずれにせよ、この暗さは、死の疑似体験とか、
 お母さんのおなかに戻る擬似胎内体験とも通じていて、
 そこから出てくることは、まさに「生まれ変わって」に繋がるンです。

 ですから、
 その姿をすぐに確認するためにあそこに大きな鏡が用意してあるンです。
 どうぞ生まれ変わったご自分の姿をご覧下さい」

確かに出た正面に大きな鏡がある。 おそるおそる近づいて自らの姿を映す。
そこには、以前となにも変わっていない自分の姿が。 
良かったのだか、悪かったのだか。

 

 

蕎麦屋

長野で食べた蕎麦は次の三軒。

(a) 「小菅亭」

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一番蕎麦の味がよくわかる、もりを頼んだ。
ふぞろいな細めの麺。何もつけずに数本すすると、蕎麦のいい香り。

 

(b) 「大丸」

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もりを頼んだが、たっぷり海苔がかかってやってきた。
もちろん、蕎麦との組み合わせという点ではおいしいが、
改めて蕎麦の香りだけを楽しもうとすると、
海苔の香りが強くてちょっとじゃまになる。

 

(c) 「高山亭」

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体が冷えていたので「鳥つけ汁そば」を、熱いつゆで。

 

麺の好みで言うと (a) > (b) > (c)

今回、蕎麦そのもの以上に蕎麦湯の味が結構違うことを新発見。

蕎麦湯とつゆとの組合せでは (c) > (a) > (b)

 

蕎麦かうどんかで言うと、完全にうどん派の私であるが、10年ほど前、
「やっぱり男も30を過ぎたら蕎麦屋で呑まなくちゃ」
と、仲間と作家気取りで蕎麦屋で呑んでいたころがある。
杉浦日向子さんの本を参考に。

たしかに「そばがき」などは蕎麦屋ならではであるが、結局長くは続かなかった。

最大の理由は、うまい蕎麦屋は夜が早かったから。
逆に「夜遅くまで呑まないことが粋なんだ」
みたいなことは少なくとも当時は全く考えられなくて。

そう言えば、杉浦日向子さんは
「都市にとって自然とはなにか」(農山漁村文化協会)にこう残している。

「三百年の江戸の太平が
 都市部に暮らす長屋の住人にもたらした新しいライフスタイルは
 『三ない主義』といって、三つがない」 

モノをできるだけ持たない。出世しない。悩まない。 

「この三ないを私たちは全部持とうとしています。

 …いまの産業社会で、飽食の果てに来るものというのは疲弊した肉体と精神で、
 このままただ、なし崩し的に滅びていくよりは、
 新しい貧しさを選択した方が私はよいと考えています」

1998年に出版された本に「新しい貧しさ」の提言。2005年没。享年46。

考えてみると池田晶子さんも46で亡くなっている。 
二人には、まだまだいろいろ語ってほしかった。

 

閑話休題

「小菅亭」の女将さんが話をしてくれた。

「善光寺は、浄土宗と天台宗との関わりが深いけれど、
 そもそもは基本的に宗派を問わない誰でもOKの庶民のお寺なンです。

 だから、仁王門など門はあるけれど、塀はないでしょ。
 どこからでも入れるのが善光寺さんなンです。
 その、庶民の参拝者が安く食べられるように広まったのが蕎麦。
 近くの戸隠でいいそば粉もとれますしね」

以前行った、福井の永平寺の周りにも蕎麦屋が多いが、
あちらは厳しい修行僧のイメージが強い、
というかまさに修行中で、空気が硬い。
一方、善光寺周りは雪が降っていて寒いものの、空気はどこか柔らかい。

 

午後の仕事が終わって駅に向かうタクシーの中、運転手さんが、

「今日は、灯明まつりの初日なんですよ。ご存知ですか。
 一年に一度のこんなチャンスに、
 点灯カウントダウンを見ないなんてあまりにももったいない。

 帰りの電車まで時間があるようなら絶対に見たほうが良いですよ。
 駅から100円バスも出ていますし。

 今日はこんなに雪が降っているからますます幻想的ですよ」

と妙に強く薦める。

ライトアップにあまり興味はなかったので、
もう少し食べ歩くつもりだったのだが、
運転手の熱いおしゃべりに心動かされ、今度は100円バスを使って再度善光寺に。

バンクーバーオリンピックのキャラクタもやって来て一緒にカウントダウン。

「3・2・1・点灯です!」

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「おぉーぉ」集まった人数のわりには歓声が弱い。

 

うーん、食べに行きたいお店と引き換えに貴重な滞在時間を使い、
かつ、雪の中を凍えて待っていたわけだが、悪い予感は的中してしまった。

これってきれいか? これって幻想的か?

照明も、まして色なんてつけないほうが、
はるかにきれいで幻想的だと思うのは歳のせいだろうか?
まぁ、少なくとも私の趣味ではない。

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戻ってきて見た駅前広場の「灯り絵常夜灯」のほうが小さいけれどずっといい。

 

高崎、長野の駆け足出張。
そばの香りと
善光寺ご本尊完全独り占め状態での「お戒壇めぐり」体験を胸に、帰りの新幹線に。

 

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2013年1月23日 (水)

銀座で聞いた小さな物語

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銀座で聞いた小さな物語

銀座にAC(仮名)という小さなバーがあった。
小柄なマスタAさんが一人でお酒を作ってだしていた。

Aさんの人柄にひきつけられて集まる客は、
お酒が大好きで研究熱心なAさんの作り出す新作カクテルの実験台に、
ワイワイ言いながら、喜んでなっていた。

実はAさん、ACでマスタをする前、
やはり銀座でPB(仮名)というお店をやっていた。
ある日、PBが、はやりの情報誌に載った。

すると雑誌が発売になったその夜から、一見さんが店に溢れた。
初めて来ていきなり「マスタ、お任せで頼むわね」なんて
注文してくる賑やかな客に、常連さんはいい思いはしなかった。
店は流行ったが常連さんは遠ざかり、Aさんも悩む日々が続いた。

結局、AさんはPBを後輩に譲り、別な店ACを開いた。
Aさんを慕っていた常連さんは、いつのまにかACに移ってきた。
私自身はPBのことは全く知らないのだが、
ACでは、客同士がそんな思い出話をよくしていた。

 

そんなACで、「言葉の力」みたいな話題で
大いに盛り上がったことがある。
メンバは、マスタと私、それに男性一人、女性一人の計4人。

これから先は、その時に聞いたAさんの体験談。

 

Aさんが若かった頃のこと。

もちろんまだマスタではなかったが、
あるお店ですでにシェイカーを振っていた。

そのお店に、ときどき来るお客さんの中に、
気になる女性が一人いた。

年齢はAさんよりは上。
センスよく着こなしている洋服も、
手入れの行き届いた長い髪も
当時のAさんにはすごく「大人の化粧」に見えたメイクも、
仲間と楽しそうに話す様子も、全ての点に品があって、
若いAさんには「強い憧れ」と映っていた。

話を聞いている我々ですら、
「そんな人がいるのならひと目、会ってみたいものだ」
とひやかしながら話を聞くほど。

もちろん二人の間に何かがあったわけではない。
何かどころか、「私的な会話は一言もなかった」と言う。

カウンタの中から、黙って憧れて眺めている、
そんな関係だった。

 

ある日、いつもは仲間と飲みに来る彼女が
たった一人でお店にやってきた。

カウンタに座る彼女を、Aさんは緊張しながら迎えた。

「でも顔は喜びを隠せなかったはず」とAさん。

2杯目のカクテルを飲んでいる頃、彼女がAさんに話し掛けてきた。
ありきたりな、差し障りのない短い会話の後、
彼女は小声で信じられないことを口にした。

「このお店にときどき来ていたのは、
 実はAさんに会いたかったからなの」

「今からお店出られない?」

Aさんは耳を疑った。
「どうやってお店を出たか思い出せない」

 

Aさんと彼女は、二人で夜の繁華街を歩いた。
「彼女が腕を組んできた時にあたった胸の感触が
 今でも腕に残っているくらい、うれしい時間だった」
とAさん。

二人はレストランに入り、食事をした。
「彼女のこんなにそばにいられるなんて」

細かいことまでよく覚えているAさんの話に、
三人とも身を乗り出すようにして、引き込まれていた。

舞い上がっている時間の中、彼女はAさんに聞いた。

「Aさん。 Aさんは女の人、知ってる?」

驚いた。
どう答えるべきなんだろう、と一瞬迷ったが、
ちょっとの間ののち、正直に頷いた。
と同時に
「今夜は間違いない、と
 心の中で歓喜の声をあげていたよ」

「こんなことがあっていいのか」
「この会話は、このあといったいどうなるンだ?」

 

Aさんがしばらく黙っていると、突然彼女は

「ねぇ、Aさん。人間には目が二つあるわよね」

「...」

「耳も二つ。手も左右。上下があって、男と女がいて」

「???」

「世の中には二つで一つ、というものがいっぱいあるわ」

とわけのわからないことを言い出した。

話についていけずにキョトンとするAさんに、
彼女はゆっくり、説くように話を続けた。

「あなたは、女の人しか知らないわ。
 でもそれは、この世の中を片目で見ているようなものなの」

 

目の前の景色が変わった。
目の前にあるものは何一つ変わっていないのに、
Aさんにとっては全てが一瞬のうちに変わってしまった。

一秒前まで、あれほどまでに憧れていた彼女。
もちろん何一つ確認したわけではないが、
Aさんは店を飛び出して、走って逃げるように家に帰った。

以後、二度と彼女に会うことはなかったという。

 

「言葉の力、と言うと思い出すのはこの話かなぁ」

「でもね、あなたはこの世を片目で見ているようなもの、
 と言われたことは、いまでもときどき思い出すンですよ。
 片目かぁ、って。
 まっ、いまでも片目のままなんですけどね」
とAさん。

 

その後、Aさんは、ホテルのバーの責任者に引きぬかれたりして、
何度かお店をかわったが、どの店でもおいしい酒を作り続けていた。
ところが現在、行方不明。
どこかでシェイカーを振っていることだけは、間違いないと思うのだが...

 

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2013年1月14日 (月)

自律走行車 誰もが一度は夢に見るのに

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2013 CESの自律走行車のニュースを見て

トヨタやAudiは、
米ラスベガスで開催された世界最大の家電見本市「2013 CES」に
運転手がいなくても走る自律走行車を出展した。

トヨタは2008年に開発を始め、現在は米ミシガン州の公道で試験走行をしているという。
「安全運転技術の研究の一環」とコメントしており、
ダイレクトに実用化を想定しているわけではないようだが、
米グーグルなども自動運転の車を開発しているようなので、
この分野、大きな動きがあるかもしれない。

 

こちらはAudi。
映画やアニメで一度は見たことのある夢の技術が現実になりつつある。

このニュースを聞いて思い出す話がある。

 

米カーネギーメロン大学で「完全無人による自律走行車」の研究をしていた
金出武雄先生の講演。

今回のニュースによるとトヨタが自律走行車の開発を始めたのは今から5年前、
2008年らしいが、私がこの講演を聞いたのは27年も前の話だ。

 

当時、完全無人による自律走行車を研究しているグループは、
世界的に見ても驚くほど少なかった。
カメラとコンピュータを積んだ車が、走るべき道路と障害物を認識しながら、
(公園内だったかの)テストコースを、ようやくゆっくり一回りできるようになった、
というようなレベルだった。

ワゴン車を改造した車内は、写真で見ると
まさにコンピュータ満載という感じだったが、
その後のハードウェアの進歩を考えると
全体の処理能力としては今の個人向けPCにも遠く及ばないレベルだったはずだ。

カメラ画像のリアルタイム処理や
画像認識といった純粋な技術的問題以外にも、
大金を投じた研究車に事故時の保険をかけるためにどうしたか、とか、
時間帯によってできる街路樹のイヤな形の影とどう戦っているか、とか、
実験の苦労話を、笑いを交えながらわかりやすく話していた。

当時私は学生で、大学の研究室では画像認識に関する問題に取り組んでいたため、
特にそのあたりの話を聞きたくて出かけたのだが、
一番印象に残ったのは、そういった特定技術の話ではなく、
次のような言葉だった。

 

「運転手がいないのに、自動的に道路を走って目的地まで連れて行ってくれる車、
 「完全無人による自律走行車」、
 そういう車を、だれもが一度は夢に見たはずだ。
 できたらいい、できたらおもしろい、と。

 だれもが夢に見るのに、世界中でこの問題に取り組んでいる人はほんとに少ない。
 そんなクルマを作るくらいなら、運転手を雇ったほうが安全でしかも安い、と
 冷やかされたりもする。

 だれもが思うのに、どうして取り組む人がいないのか」

 

「それは、
 「何ができるようになれば無人で安全に車を走らせられるのか」が
 よくわからないからだ。

 でも「何ができるようになれば」の部分を考えることこそが
 実は最もむつかしくて、かつおもしろいのだ。

 問いが明確になれば、あとは解くだけなのだから。
 解に気を取られてはいけない。
 難しいのは解くことではなく、問いを立てるほうだ。

 どういう問いを立てたのか、
 どういう問いを解こうとしたのか、を見なければ」

 

一秒間に二億手の先読みをするというコンピュータによるチェスプログラム
「ディープ・ブルー」が1997年、チェスの世界チャンピオンに勝った。
その研究成果は、データ・マイニングや評価関数のロジック検討等に、
大きく貢献した。

しかし、チェスに勝ったからと言って、
世界チャンピオンが試合中、頭の中で何をどう考えているのか、が
なにかわかったわけではない。

 

「どういう問いを立てたのか、
 どういう問いを解こうとしたのか、を見なければ」

 

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2013年1月10日 (木)

バーンスタインの指揮

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バーンスタインの指揮

Itay Talgam(イタイ・タルガム)のTEDにおけるプレゼンテーション
  Lead like the great conductors
を、TEDのページで見た。

NHKの番組「スーパープレゼンテーション」でも
2013年1月7日に放送されたプレゼンテーションだ。

NHKでは「名指揮者から学ぶリーダーシップ」との副題をつけていたようだが、
指揮者と経営コンサルタントという二つの顔を持つタルガム氏が、
20世紀の名指揮者5人の映像を上手に使って、
指揮者(リーダー)のパターンを面白く紹介していた。

ムーティ、R.シュトラウス、クライバー、カラヤン、バーンスタインといった
なつかしい指揮者の古い映像がでてくるので、
クラシックファンであればそれだけでも楽しめるが、
音楽に特化した音作りの話ではなく、
リーダーシップや共同作業といった一般論に繋がるような内容になっている。

 

タイプ別の説明は本編にまかせるが、
特に、最後のバーンスタインの映像がほんとうに楽しくてすばらしかった。

そもそも、その映像を紹介する際のコメントがいい。

My friend Peter says, “If you love something, give it away.” So, please.
--「何かを愛しているなら それを与えること」--

もちろん最初から聞くことをお薦めするが、
バーンスタインの映像だけでも、ということであれば本編動画の19分あたりからどうぞ。

 

 

そう言えば単行本
  小澤征爾x村上春樹「小澤征爾さんと、音楽について話をする」
にも、カラヤンについてのこんな記述があった。
TEDのカラヤンへのコメントと合わせて読むと、またちょっと深くなる。

P231
小澤:カラヤン先生なんかに至っては、全部そっくり暗譜しているくせに、
   ずっと目をつぶって指揮しているんですよね。

   彼が最後に指揮した『ばらの騎士』なんてね、僕は近くで見ていたんだけど、
   最初から最後まで目をつぶりっぱなしだったです。

   最後に三人の女性が一緒に歌うところがあるじゃないですか。
   歌い手たちは歌いながら、もう集中して、
   びっしり先生に視線を注いでいるんです。
   それなのに、先生の方は目をまったく開かない。

村上:目を閉じたアイコンタクト?

小澤:どうなんだろう。
   でもとにかく歌い手たちは先生から一瞬たりとも目を離しません。
   三人の女たちが、まるで糸でぐっと結ばれたみたいに先生を注視している。
   あれは不思議な光景だったな。

 

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