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2012年10月 3日 (水)

トルコ旅行記2012 (8) カッパドキア グリーンツアー編

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(8) カッパドキア グリーンツアー編


2012年7月12日

自力で回ることが難しい場所を組み合せたグリーンツアー。
いくつもの旅行会社が同じようなコースでツアーを組んでいるが、
カッパドキアでの「ウフララ渓谷と地下都市」を含んだこの方面の一日ツアーは、
みなグリーンツアーと呼ばれている。
アヴァノス方面を回るものはレッドツアーと呼ばれ、ほかにブルーツアーもある。
気球ツアーのゴンドラと同様、ここでも単純に色が識別に使われている。
グリーンツアーは、カッパドキアのツアーではあるが、一回りすると移動距離は200km以上にもなる。

朝食後、ツアーに出発。

各ホテルを回って集められたツアー客は、ミニバス2台に分乗して回ることになった。
英語のガイドさんがつく。
このガイドさん、観光場所の説明だけでなく、ツアー客への心配りもプロフェッショナル。
「どこから来たの?」から始めて、米国の人ともブラジルの人とも、
次々と相手に合わせて話題を繋いでいくのは、慣れているとは言えたいしたものだ。
ブラジルから来た、と聞くと、世界遺産になっているオウロ・プレトに行ったことがあるか?
そこからゴンゴ-ニャスは近いのか? などなど固有名詞が反射的にどんどん出てくる。
誰だって自分の国の土地の名前を言われれば悪い気はしない。もうそれだけで確実に親近感が高まる。
初めての、知らないもの同志がコミュニケーションを始める時、
地理、特に土地の名前を知っている、ということが持つ力はほんとうに大きいことを痛感する。
とはいえ、相手はまさに世界中から集まってくる。
慣れと経験と知識、プロフェッショナルは一日にしてならず、という感じだ。

 

【ギョレメ・パノラマ】
火山灰の堆積による土壌が削られてカッパドキアの独特な景観ができた概略を聞く。
地質学関連の言葉?か説明に知らない単語が多い。ハイ、勉強不足であります。
baby(赤ちゃん)と言っていたが、まだ地形形成が若い部分と、
かなり進んだ部分があることがよくわかる。

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土産物屋には、ナザール・ボンジューウと岩を彫った妖精煙突が並んでいる。

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典型的なカッパドキアの土産物だ。
ナザール・ボンジューウは「視線のガラス玉」という意味で、嫉妬の視線をはね返すお守り。
トルコでは嫉妬深い視線を受けると病気になると信じられているらしい。
そう言えばホテルの部屋のドアにもこんな風にかけてあった。

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土産用のランプは木に吊るしてあるが、朝の光が透けて美しい。

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そこから一気に、デリンクユ地下都市に向かったのだが、到着するとちょうど多くのツアー客が集中しており、
かなり並ばないといけない状況。その状況を見て、
小規模グループだった我々は急遽見学の順番を変更することにした。
ウフララ渓谷を先に見ることにしたのだ。
交通量がほとんどないとは言え、舗装状態がよくない一般道を140km/hで突っ走る。
早朝の気球とは大違い。思わずシートベルトをしてしまった。

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カッパドキアの土壌を作った火山のひとつ、ハッサン山。

 

渓谷に行く途中で出会ったムスリムの女性たち。スカーフのほか、暑いのにコートまで着ている。

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【ウフララ渓谷】
カッパドキアにある断崖と深い谷。この断崖に五千もの洞窟住居、百を越える岩窟教会が残っている。

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ビザンチン時代、修道士が隠遁生活を送り、崖に多くの岩窟教会や住居を設けた。

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この谷底を一時間ほどハイキング。

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渓谷の岸壁に洞窟住居のあとがいくつも見える。

ガイドさん、ハイキングをしている時なども、参加者に次々と声をかけながら歩いている。

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まさにいろいろな国の人がごちゃまぜ状態になっているにもかかわらず、
我々にも歩きながら「Go slowlyは日本語で何て言うんだ」と聞いたかと思うと、
返事を聞いた途端、かなりきれいな発音で「ゆっくり行こう」と皆に声をかけたりしている。

緑も美しいが花の種類も多くて思わず立ち止まってしまう。

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途中の休憩所もトルコ風。

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断崖には、どうやって住んだのだろうと思わずにはいられない住居や教会の跡が。

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ハイキングのあとは、皆で揃って昼食。
韓国人の母子、米国ワシントンDCから来ている米国人夫婦と同じテーブルになった。
韓国人の息子は40代。足が弱くなっている母親を気遣っている。
キリスト教関係の非営利団体で働いているとのこと。
米国に長く住んでいたものの今はスウェーデンにいるのだとか。
米国人夫婦はご主人が銀行員、奥さんの方が教師で、いかにものインテリ夫婦。

配膳前、準備されたサラダの皿にたくさんの小鳥が集まって、サラダをついばんでいた。
それを見て、追い払え、とか、衛生的でない、とか言わずに
「見てみろ、さぞやおいしいサラダに違いない」
と言って皆の笑いをとっていたのは、別なテーブルの陽気な若いアメリカ人。

断崖の岩窟教会を思い出してか、米国人のご主人から、韓国人に
「トルコに来る際、ボスからイスラムの国でキリスト教の布教をするようには言われなかったのか」
と軽い口調で質問が投げられた。
「そんなことはないよ」
と真面目に返す韓国人。
「使いたければ、空いている教会もいっぱいあるじゃないか」
と渓谷の方に目をやって笑っている。

食事は、自分で好きなものを選んで、と言われたが、選択肢がよく聞き取れず知っているものを頼んでしまう。

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生真面目そうな韓国人からは
「トルコとアメリカはどんな関係なんだ?」
とこれまた硬い質問。
こういう時に流暢に話ができるンだ。アメリカのインテリは。
「トルコと日本の関係は?」
と聞かれてどれくらい喋れるだろうか。たとえ日本語でも。

moderateという単語を使って、トルコの気質を米国人がどう捉えているかを話していた。
極端に走らない、穏健な、といった感じだろうか。
イラン、シリアとの関係も含めて
「だから二つの世界のbridge(架け橋)の役目をしている」と。
「もちろん米国はトルコ側だけどね」
と最後に付け足していた。

この米国人ご夫妻、イスタンブールからここカッパドキアに回ってきている。
我々が「逆に、これからイスタンブールに行く予定だ」と言うと、
イスタンブールがおもしろい街だったことをかなり興奮して話し始めた。
「remarkableな街だ」と。

remarkable。
注目に値する、優れた、卓越した、目立った、並外れた、異例の、
などなどいろいろな訳語が辞書にはあるが、
あの時の彼の話しぶりを思い出すと、どれもしっくりこない。
若い人が言う「スゲェーよ、あの街」とか「あの街はヤバイですよ」とかの
ニュアンスに近いような気がする。

少し残飯のある食べ終わった皿を鳥たちが集まりやすいテーブルにつきだして
「さぁ、こんどは思いっきりワイワイやれ! 騒ごうぜ」という感じで、
「So, Let's party!」と言っていたのも先の陽気なアメリカ人だ。

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おだやかで楽しい雰囲気の昼食だった。味ももちろん◎。

イスタンブールの印象を語った米国人には、感想をもっと聞いてみたかったので、
昼食後も話をするチャンスを伺ったのだが、
なかば抱き合うように奥様とくっついていることが多く、
なかなか声がかけられなかった。

 

【セリメ教会】
ここの岩窟教会は、かなり大きい。

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岩を掘った教会が岩の中で2階構造を成している。

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ところで、この教会に限らず、かなり急な岩の斜面が観光客に公開されている場所がよくあるが、
手すり等は一切設置されていない。
もちろんそんなものはないほうがいいが、事故はないのだろうか。

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ほんとうにちょっと足を滑らせたり、観光客同志がぶつかったり、
写真に夢中になって不注意で一歩踏み出したりすれば、確実に死んでしまうような高さでも、
ナンにもない。

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【デリンクユ地下都市】
地下都市は、紀元前16世紀頃、ヒッタイト人によって造られたのが始まりと言われているが、
発祥や歴史についてはわかっていないことが多い。
紀元前5世紀ころの記録にも登場しており、
キリスト教徒が来る以前から地下都市として機能していたようなのだが、
3世紀から4世紀にかけて、弾圧を逃れたキリスト教徒が多く移住してきて、さらに発展させている。

ここはアリの巣のように、地下へ伸びる地下都市。
深さ85m、地下7階とも8階とも言われているが、それこそどうやって掘ったのか。
地上で見てきた岩窟教会と同様、地下も岩だ。(だからこそ階層構造がとれたとも言える)
デリンクユとは「深い井戸」のことだが、直径1m程度の竪穴が、地下構造を貫いている。

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通気孔と同時に、どの層からも水が汲めるような井戸にもなっている。

内部には、教会、台所、食料庫、食堂、墓地などがあり、生活に必要なものはすべて揃っている。
通路は狭いが、中の教会や食堂などは突然大きな空間になっていたりする。
地下数階のかなり深い部分だ。

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来襲した敵を防ぐ分厚い岩の回転扉もある。

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ゴロゴロと転がして塞ぐと、中心に窪みのある側からしか開けられない。

 

屈まないと歩けない通路もある。観光用に最低限の照明はあるが、閉所恐怖症の人にはつらいだろう。

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この地下都市、「地球の歩き方」には「4万人が暮らしていた」と書いてあり、
「わがまま歩き」には「収容5000人」とある。
いずれにせよ、掘った方も、暮らした方も、信じられない世界だ。

[通気孔+井戸]は、こんなカタチで地上に突き出ている。

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地下都市を出てきたところで、めずらしく個人旅行の日本人男性ふたりと出会い、ちょっと話をする。
一人は金融関係者で夏休み、もう一人は学生。
金融関係の方は仕事でトルコの銀行とつながりがあるらしく、それでトルコに興味を持ったのだとか。

途中寄った土産物屋で店員が
「どこに泊まっている?」と聞くので
「ギョレメだ」と言うと、
「父親がギョレメでレストランをやっているのでぜひ行ってくれ。
 オレも今夜行くので割引するから」
とメモにお店の名前を書いてくれた。
今夜は、ホテルのテラス席で、ローズバレーの夕日を見ながら夕食にしようと思っていたので、
ちょっと行けそうになかったが、なにかあれば、とメモだけは受け取ってポケットに入れた。

 

【鳩の谷】
岩の表面の無数の穴は「鳩の家」と言われる鳩の巣で、
住民は昔から鳩の糞を集めて火山性でやせた土地の肥料とし、ブドウ畑を作っていたらしい。

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鳩の谷から前日いったウチヒサルを見るとまた迫力が違う。

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谷の全景はこんな感じだ。

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気球から始まって、渓谷、ハイキング、岩窟教会、地下都市まで、今日も盛りだくさんの一日だった。

夕食から夜の話は、次の回に。

 

お別れに、「後ろから失礼」の猫の写真を。

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(9) カッパドキア 村の夜、村の朝編に続く。 (旅行記の目次はこちら

 

 

 

 

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コメント

良い時期に旅行しましたね。今だったら大変。現地でアレンジされたのですか?
倉橋

倉橋さん、

コメントをありがとうございます。
ほんとうにいい時期に旅行できたと思っています。

現地に行ってから、比較、交渉して行程を決めていった
気ままな旅でした。

トルコは、歴史も文化も食も豊かで、
人柄もほんとうに皆さん親切で、
旅行先としては自信をもってお薦めできるのですが、
こんな情勢になってしまってほんとうに残念です。

私自身もぜひもう一度行きたいと思っていますし。

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