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2012年10月24日 (水)

トルコ旅行記2012 (14) イスタンブール アヤソフィア編

トルコ旅行記 2012/7/8-7/17 (旅行記の目次はこちら


(14) イスタンブール アヤソフィア編


2012年7月14日

 

トプカプ宮殿の次は、すぐとなりのアヤソフィアに。

【アヤソフィア博物館】

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さすがに観光客が多く、チケットを買う行列も長い。

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大きい! 高さ50mを超える石の巨大建築は、なんと537年のもの。
日本では仏教が伝わってきたころ、聖徳太子が生まれる前だ。

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はやる気持ちを抑えてゆっくり進む。
身廊に入る。おもわず見上げて声がでてしまう。

 

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内部は、天井の高さ56m。
ちなみに東京ドームの高さも56m。
(グラウンドはちょっと掘った位置にあるため、グラウンドから天井までの高さは61mあるが)
横浜ベイブリッジの橋桁の高さが水面から55m。

大きな重い重い屋根を支えなければならないのに、
円屋根の下を始め、これだけ多くの窓が作られているのにも驚く。

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この高さと広さを持つ巨大な石の空間を1500年前に作り出している。
高さという点では、もちろんローマ、バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂のほうがずっと大きいが、
サン・ピエトロ大聖堂が作られたのはアヤソフィアの約千年後だ。

6世紀に作られたアヤソフィアは、ビザンチン建築の最高傑作とも言われ、
その後900年もの間、ギリシャ正教の総本山として多くの人々を集め続けることになる。

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ビザンチン帝国の首都として繁栄を誇ったここコンスタンティノープルではあったが、
1453年についに陥落。
勝利をおさめた時のスルタン、メフメット2世は、総主教館を破壊。
ところが、この大聖堂はそのまま残して、なんとモスクに転用することを宣言したのだ。
しかも、内部の改修を最小限を留めて。

具体的に転用とはどのようにしたのか。

まず、内部の十字架が取り外された。
続いて、メッカの方向を示すくぼみであるミフラーブ(写真中央のくぼんだところ)が加えられ、

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ミンバルと呼ばれる説教壇が取り付けられ、
預言者の名がアラビア文字で書かれた円盤が掲げられ、

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そして、外には4本のミナレット(尖塔)が建設された。

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キリスト教のモザイク画はどうなったか。
例えば、正面上、半ドームには聖母子のモザイク画が見える。
モザイク画の話は二階に上がってから続けよう。

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アヤソフィアの建造には、領内各地から石材が集められた。
赤い斑のある柱は、レバノン、バールベックのアポロン神殿から、
緑色の柱は、エフェソスのアルテミス神殿から運ばれた。
石に着目すると、様々な種類のものが混在して使われていることがよくわかる。

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二階に上がってみる。階段ではなく、石の回廊を上る。

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二階からはこのように見える。

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モザイク画の話に戻ろう。

そもそもイスラム教では、偶像崇拝を禁止している。
破壊されても不思議ではない状況だったにもかかわらず、幸いにもモザイク画は破壊を免れる。
壊さずに上から漆喰で塗り固める、という方法がとられたからだ。

そのモザイク画が、1931年、アメリカ人の調査隊により再発見される。
漆喰の剥がされたモザイク画は500年近い眠りから覚め、
まさに、ビザンツ時代の作品として再び人々の目に触れることになったのだ。

 

【デイシス】

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1260年頃。一見絵画と見紛うほど見事なグラディエーションが表現されているが、よく見ると完全なモザイクだ。

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【聖母子と12世紀の皇帝ヨハネス2世コムネノス夫妻のモザイク画】 1122年から1134年頃

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【キリストと皇帝コンスタンティノス9世・ゾエ夫妻】 1042年から1055年頃

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3回も結婚した女帝ゾエは、夫を替えるたびにこのモザイク画の皇帝の顔もつくり替えさせていたという。
右側、自分自身の顔もどう考えても若すぎる。
3回の結婚と若すぎる顔に真ん中にいるキリストも呆れているような顔をしている、と
マンガチックな解説をよくみかける。

 

二階に上がると柱上部の装飾もよくわかる。

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出口近く、前方上部に大きな鏡が据え付けられていた。そこにモザイク画が写っている。

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振り返ると通ってきた扉の上部に、ほぼ完璧に残っているこんな美しいモザイク画が。

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鏡があるので、気付かずに出てしまうことを避けられる。
背後にあるモザイクを見逃さないような、親切な配慮だ。

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この建物が、キリスト教とイスラム教が混在したちょっと異様な姿になっているのは、
「聖堂からモスクに転用された」その特異な歴史が理由というわけだ。

1923年トルコ共和国が成立したのち1935年からは、聖堂でもモスクでもなく、
博物館として一般公開されている。

 

中を見たあと、外に出て改めて外観を見る。

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ガンダムの**と言いたいところだが、なぜか鉄人28号を思い出してしまう。

 

今日はここアヤソフィアだけ。

 

お別れに、塩野七生さんの本から、コンスタンティノープルが陥落する最後の日、
言い伝えを信じて、ここ聖ソフィア大聖堂(アヤソフィア)に人々が集まってきたシーンを添えておきたい。

だが、逃走してくる味方の兵たちを見、それを追って迫るトルコ兵を見たとき、
絶望した人々の中で、金角湾に向かって逃げた者は少なかった。
ギリシア人たちは、市の東の端し近くにある、
聖ソフィア大聖堂に向って逃げはじめたのだ。

昔からの言い伝えでは、コンスタンティノープルが陥ち、
敵が聖ソフィア大聖堂まで迫ってきても、
その時大聖堂の円屋根の上に大天使ミカエルが降臨し、
敵をボスポラス海峡の東に追い払ってくれる、
と言われてきたからであった。

広大な聖ソフィアの内部も、逃げこんできた人々でいっぱいになった。
彼らは、青銅の大扉を内側から閉め、そこにひざまずいて祈りはじめた。

     塩野七生「コンスタンティノープルの陥落」

 

大天使ミカエルは現れなかった。
ビザンチン帝国の首都として千百年もの歴史をもつここコンスタンティノープルは、
1453年5月29日、トルコ軍の猛攻によりついに陥落。
トルコ軍が建物自体を破壊しなかった歴史に感謝したい。

 

(15) イスタンブール 地下宮殿とブルーモスク編に続く。 (旅行記の目次はこちら

 

 

 

 

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ガンダムの**と言いたいところだが、なぜか鉄人28号を思い出してしまう。

↑ 笑い

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