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2012年9月 8日 (土)

トルコ旅行記2012 (1) 出発編

トルコ旅行記 2012/7/8-7/17 (旅行記の目次はこちら

 

唐突だが「くしゃみ」の話から始めたい。

近くにいる人がくしゃみをした時、それに反応してなにか言うことがあるだろうか?
親しい関係だと「風邪ひいた?」くらいは言うことがあるかもしれない。
本人が小さく「失礼」と言うこともあるかもしれない。
でも、日本ではそれがきっかけで言葉が往復することはほとんどない。

一方、米国でくしゃみをするとどこからか必ず「Bless you!」という声が聞こえてくる。
「おだいじに」というような軽いニュアンスだと思うが、反射的にでる言葉のようで
くしゃみをした人が知人かどうかはあまり関係がない。
言われたほうもその場で「Thank you.」
くしゃみ、Bless you!、Thank you.
お決まりの挨拶のようなものだが、小さな言葉の往復だ。

ふっと空気が抜けるように一瞬緊張感が緩むこのやりとり、
なかなかいいな、と思っていたのだが、
高橋由佳利さんの「トルコで私も考えた」
を読んでいたら、こんな記述が出てきた。

トルコでは誰かがくしゃみをすると近くにいる人が
「チョク・ヤシャ」(長生きしてください)と言う。
言われたほうは礼儀として
「セン・デ・ギョル」(それを見るくらいあなたも生きてください)
と返すことになっている。

     高橋由佳利 「トルコで私も考えた(1)」

おもしろい。
Bless you! よりもかなり気が利いている。
すっかり気に入ってしまった私は、「チョク・ヤシャ」と言われたら、
すぐに「セン・デ・ギョル」と返せるよう、まずはこの言葉を覚えることにした。

「セン・デ・ギョル」
「セン・デ・ギョル」

よし、これでいつでもOKだ。
私はくしゃみも大きいほうなので、「やっちゃった」と思ったら
すぐに耳をそばだてて「チョク・ヤシャ」を待とう。
聞こえたらすかさず「セン・デ・ギョル」だ!

「最初に覚えるトルコ語がコレでいいのか」という気もするが、
ちょっとサプライズがあったほうが楽しいじゃないか。

とまぁ、こんなことからトルコ旅行の準備を開始した。
そう、今年は夫婦でトルコ旅行をすることにしたのだ。

 

私が勤める会社には、5年に一度、リフレッシュ休暇という名前で
まとまった休みが取れる制度がある。今年はその年。
休みを利用して、これまで
5年前は「娘二人を含む家族4人+妻の両親」の6人でドイツ、スイス、フランス
10年前は「家族4人+私の両親」の6人でイタリア、フランス
と大人数での旅行を続けてきたが、娘もふたりとも大きくなり、
今回は妻と二人きりで、の旅行となった。

どこにいくか、どうやっていくか、ツアーも含めていろいろ検討したが、
最終的には、フライトからホテルまで、ひとつひとつ選んでの完全個人旅行に決めた。
行き先はトルコ。
足は飛行機と鉄道と(夜行も含めた)バス。
アメリカ、カナダを旅行したときにはフル活用したレンタカーは、今回は使わない。
これでトルコ国内を10日間、自分たちのペースで回ってこよう、というわけだ。

「セン・デ・ギョル」ももちろん楽しみだが、調べれば調べるほど
おもしろそうなことが、美味しいそうなことが詰まっているトルコ。

気ままな二人の道中を、少しでも一緒に楽しんでいただければ幸いである。


(1) 出発編

2012年7月8日

初日。
第一日目の予定は、成田発トルコ航空の直行便でイスタンブールまで飛び、
そこで国内線に乗り継いでイズミル空港まで行く。
夜遅く着くので、そのまま空港そばのホテルに泊まる、それだけ。

飛行機だけでなく、今後の移動の機動性を重視し、
荷物は機内持ち込みサイズのスポーツバッグのみとした。
二人それぞれひとつずつ。夏の旅行ゆえ衣類がかさばらないのが助かる。

 

乗り換えは一度あるものの、今日は飛行機の移動だけなので
ちゃんと飛んでくれさえすればなにも心配することはない、と気楽に構えていた。
ところがこのあと、超初歩的なうっかりミスにより、
乗り継ぎの国内線に乗り遅れてしまうという失態を演じることになる。
もちろん、成田にいるときにはそんなことになるなんて
夢にも思っていなかったのだけれど。

 

トルコの通貨はトルコリラ。両替は成田でもできるようだったが、
レートを見てみると異様に悪いのでパス。
あとから比較するとトルコ国内での両替に比べて約1.4倍。悪すぎでしょ。

成田空港では、メールアドレスの登録が必要なるも、
登録するだけで無料のWiFiが利用できた。
iPod Touchから「いってきますメール」を日本に残る家族に送信。

定刻に搭乗。久しぶりの国際線だ。仕事ではなく遊びで行けるのはやはりうれしい。
トルコ航空では、エコノミークラスの客にも「スリッパ」と
「靴下付きの洗面セット」が一人ひとりに配られた。
スリッパなのに左右があるのがおもしろい。

いよいよ離陸。すると以前、発着時によく聞いた
「これからベルト着用のサインが消えるまでは、
 すべての電子機器の使用をお控えください」
というアナウンスがない。
しかも機内には大きくLiveTVとWiFiのサインまである。

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なんだかこのあたりいろいろ進化している模様。

さて、機内でのWiFi。
iPod Touchで試してみると、時々切れたりして安定しているとは言いがたいものの、
メールの送受信や静的なWebページを見る程度であればなんとか使える。
飛行機からのメールを受信すれば驚くに違いない、と、
ロシア上空から
「今、イスタンブールに向かっている機内。
 飛行機からメールが送れるなんてすごい時代だ」と
何人かにメールを送ってみる。
「すごいけど、いやな時代ですなぁ」との返信が来る。

 

機内食はトルコ料理系。
エコノミークラスの機内食なのにほんとうにおいしい。
現地での食事への期待がますます高まる。

ほぼ、定刻にイスタンブールに到着。
これなら乗り継ぎ便を早い便に変更できるかも、とチェックイン時に交渉。
一切荷物を預けていないので、このあたりも気軽にできる。
ところが早い便は満席とか。しかたなく予定通りの便にチェックイン。

 

待つ間にトルコリラに両替。
旅行中あちこちでこまめに両替してみようと思っていたので、まずは2日分程度だけ換金。
最初、金種がよくわからなかったため、紙幣の分だけ合っていることを確認して、
窓口を離れてしまったが、受け取った額を換金レシートと見比べると
小銭の部分で少し足りない。額にして300円弱。
「手数料分があるのかな」とレシートを見ても、
そのような数字は見当たらない。
私のすぐあとに換金した日本人二人組みも少なかったようで、
額を見ながら「窓口の人の個人的なチップになってるンじゃない?」と
同じような疑問を持っている模様。
次に両替するときは注意して確認してみることにしよう。

 

空港内の売店も一回りしてみたが、国内線ターミナルの店にはあまり魅力がない。
少し早いが、ゲートまで行って、そこで明日の予定を立てながら国内線を待つことにした。
ゲート番号を確認すると112。
妻も一緒に案内板を見て確認したので112が間違っていたはずはないのだが、
この余裕たっぷりの時間が、のちにトラブルを生むことになる。
ちょうどゲート方向からの夕日が眩しく、ゲートを背にして座ったことも、
あとで考えると問題発見を遅らせてしまった原因のひとつ。

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その時のターミナルに差す夕日はこんな感じ。
とにかく、早めに着いたので、安心して、ガイドブックを広げて
明日以降の大きな行程へのワクワク感を楽しんでいた。

イスタンブールまでの直行便には多く乗っていた日本人も、
当初はほとんどいなかった。

 

ところが、しばらくすると明らかにツアー客と思われる日本人が急に増えてきた。
トルコ旅行を検討した際、候補としてパックツアーもいろいろ調べたので、
ツアーがよくとるルートはだいたい掴んでいた。
なので、こんな会話を妻としていたのだが、あとで考えるとのんきなものだ。
「イズミルに飛行機で移動するツアーって珍しいよね」
「我々が見ていないような、高いツアーにはあるンじゃない」

時間的に余裕があったことと、国内線でトルコ語が主だったこともあって
アナウンスにはほとんど注意を払っていなかったが、
「ちょっと遅れているのかな」とちょうど思ったころ、搭乗案内があった。
流れにまかせて並ぶ。ふと見ると、前の人のボーディングパスが目に入った。
もちろん同じトルコ航空なので、チケットの色使いは同じ。
ところが、行き先の大きな文字が、見ると「カイセリ」になっている。

「えっ?!」

一瞬事態が飲み込めなかった。
「イズミル経由のカイセリ行き?」なんてバカな言葉が
とっさに浮かんだのだから不思議なものだ。
大阪行きの飛行機に乗ろうとしたら、前の人のチケットは札幌行き。
大阪経由の札幌行き?と思ったようなものだ。
この期に及んでも自分の目的は達せられると思っているところがめでたい。

「どういうこと?」
「カイセリ行き?」
「ゲートを間違えているンだ!」

慌てて案内板を見に行くとイズミル行きの飛行機は
ゲート番号が101に変更になっている。
トルコ語と英語を切り替えながらの表示になっていたが、
見たときはちょうどトルコ語。
英語に切り替われば、ステータスがまだ[搭乗中]なのかどうかがわかるが、
その時は英語に切り替わるまでの数秒すら待てずに走り出していた。

出発時間まで15分。
走れ!

運悪くゲート101はかなり遠い。すべての荷物を持って二人で走る走る。
荷物の重さがさすがに肩にこたえるが、今はとにかく101まで一刻も早く行かねば。
息を切らしてなんとかゲートに到着。出発10分前。

しかしそこに人影はなくゲートはClosedに。完全に閉まっている。
Closedのそばにいた職員にチケットを見せ
「これに乗りたい」と主張するも
「Closed。私は知らん」というジェスチャ。

「やっちまった!」

 

なんという初歩的なミス。カイセリと言えばカッパドキアの最寄り空港。
パックツアーのまさに典型的なルートじゃないか。
急に増えた日本人に
「ツアーですか。飛行機でイズミルに向かうツアーって珍しいですね」と
一言聞けば、トラブルを避けることができたのに、と悔やんでもあとの祭り。
そもそもゲート変更のアナウンスはあったのだろうか? 
単に聞き逃しただけなのだろうか?
ゲート表示も案内板も、再確認を一度もしなかった、というのも
気が緩んでいた証拠。

いまさらいろいろ考えてもしょうがない。
とにかく、今日中に、最悪でも明日の朝までには、イズミルに行きたい。
行けないと初日から大きく予定が狂ってしまう。
なんとかせねば。
飛行機なら1時間程度だが、バスで移動するとたしか8時間くらいはかかったはず。
時刻はもう夜8時すぎ。
よし、まずはトルコ航空のカウンタに行って、なんとか行く手段がないか交渉しよう。

一刻も早くトルコ航空のカウンタに行きたかったが、
出発ゲートは荷物のセキュリティチェックを通過して入ってきているため、
基本的には逆流ができない。
セキュリティチェックの人に事情を話し、横の扉から出してもらう。
トルコ航空のカウンタまで走り、担当者と話を始めたのがちょうど出発時刻のころ。

 

「出発時刻にはちゃんと空港にいた」をこちらに非がないことの
理由にできるような気がしたが、
まぁ、そんなことはこちらの勝手な思い込みで実質的になんの意味もない。
事情を話すと「そちらの都合で乗れなかったのだから、チケットオフィスに行って、
チケットを買い直してそれからもう一度ここに来い」とにべもない。

超初歩的なミスで乗り遅れてしまったことを自分としては承知していたが、
経験上、飛行機は窮状を訴えるとなんとかしてくれることが多い、と思っていたので
粘る覚悟はできていた。
とにかく
「妻と共にゲート番号を確認したら112だった。だからそこで待っていた。
 なんの通知もなく変更されたのでわからなかった。
 どうしてもイズミルに行きたい。なんとかしてほしい」と伝え、
その場での再発行、再調整のみを強く頼んだ。

一方で飛行機にテがなかった場合、今夜はイスタンブールに泊まるのか、
夜行バスでイズミルに向かうのか、どっちがいいのだろう、とも考えていた。

 

最初は事務的だった担当者も、チケットオフィスに行く気配を
まったく見せないこちらの態度を見てようやく手を動かし始めてくれた。
まずはどこかに電話。
電話先も「名前は**か」とチェックインしながら搭乗しなかった
乗客名を掴んでいる模様。
端末をカチャカチャとしばらく操作したのち、担当者は
私たちが手渡した乗り遅れたボーディングパスをゆっくり破り始めた。

「やったぜ!」

新しいボーディングパスが2枚、印刷されてでてきた。

「どうなるの?」

説明なしで作業を続けていた担当者はニヤニヤしながらゆっくりとした口調で言った。

「トゥモロウ」

「えっ! あした!?」

驚く私の顔をたのしむかのように新しいチケットを指さして
「今夜10時発。イズミル行き」

「なんだ冗談かよ、もうびっくりさせないでよ」
チケットを受け取る時、礼を言いながら、思わず両手で握手してしまった。

 

一時はどうなることかと思ったがとにかくよかった。
イズミル行きがまだ一便あったなんて、なんてラッキー!
結局、追加料金の請求もなく、そのままあとの便に変更してもらえた。
ふぅ。よかった、新しいチケットを買いに行かなくて。

「いきなり、やっちまったね」と夫婦で顔を見合わせてようやくひといき。

 

とりあえずホテル到着が深夜になってしまうので、ホテルに連絡することにした。
そもそも便変更に合わせて、空港への出迎えも変更してもらわなきゃだし。

電話するためにテレホンカードを購入。200円弱。ICカード。
ところが、これの使い方がわからない。
トルコ語でメッセージが出ているのだが、なにを言っているのかわからない。
米国で初めて公衆電話を使うとき、市外通話の先頭には1をつける、という
簡単なことを知らず、なかなかかけられなかった20年以上も前の記憶が蘇ってくる。
わからなければ聞く。
声をかけたトルコ人も、ICカードはほとんど使ったことがなかったようだが、
丁寧に教えてくれた。
「便が変更になり、深夜12時ごろになるが、迎えに来てもらえるか」
「問題ない。着いたらもう一度電話して」

 

念のため再度ゲート番号を見ると
「あれ?!また変わっているじゃないか!」
おもわず、どこからかドッキリカメラで狙われているのではないかと
あたりを見回してしまった。いったいどういう空港なんだ。

深夜に着くことになるせいか、ゲートにはそれこそ日本人はひとりもいない。
「イズミルに着いたら、今夜はどこに泊まるのか」
と横のトルコ人が話しかけてきた。
「私はイズミル市街にホテルを取っているが、
 イズミルの街まで、タクシーを割り勘でいかないか」との誘いであった。
空港のすぐそばのホテルを予約しているので、と断る。
こんなに夜遅くなると思ってはいなかったが、
空港のそばにしておいてほんとによかった。

 

再変更になったゲートから無事搭乗。
たった一時間かつ夜10時過ぎ発なのに、かわいいバスケットに入った夕食が出た。

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ナスのペーストが美味しい。

夜11時過ぎにイズミルの空港に到着。
するすると流れにのって動くと、あっという間に空港建屋を出てしまった。
電話をかけようとするも、建屋の外に公衆電話が一台もない。
逆流はできず、中に戻ろうとすると建屋に入るだけでも荷物検査をしなければならない。

しかたがないので、再度荷物検査をして建屋に入り、なんとか電話。
「5分程度で迎えの車が行くので外で待ってて」
「迎えの車だってどうやってわかるの」
「白いミニバス。車を見ればわかる」

 

空港に入ったついでに、翌日朝の電車の時間をインフォメーションで確認した。
11時過ぎなのにインフォメーションのカウンタがやっていたのには驚いた。
「地球の歩き方」によると、明日の目的地セルチュクまでの電車は本数が少ないのだ。
聞くと、8:30がありそのあとは10:43。
8:30に乗ろう、と予定が確定する。

ホテルは、いわゆる空港そばのビジネスホテル。機能的できれい。
WiFiも使えたので「トルコ到着」のメールを送る。
それにしてもここのWiFi。
アクセスのためのIDが私のパスポート番号で、パスワードが部屋番号。
チェックインのたびに登録している模様。そこまでしなくても、と思うが。

 

2012年7月9日

翌朝はバッフェ形式の朝食。

村上春樹さんが

僕がトルコでいちばん気に入ったもの、それはパンである。…
とにかくトルコのパンは文句なく美味しい。…
僕がいろんな国でこれまで食べたパンの中では
平均水準からするとトルコのパンがいちばん美味しかったんじゃないかと思う。

     村上春樹 「雨天炎天 -ギリシャ・トルコ辺境紀行- 」

と書いていたトルコのパン。噂通りパンがおいしい。

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旅行全期間を通じて、どこで食べてもパンの美味しさが裏切られることはなかった。

オリーブも8種類。

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はちみつは、蜂の巣をそのまま切り取って食べる提供方法。

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チャイもいただく。どれもこれもうまい。
昨夜はいきなり飛行機乗り遅れと言うトラブルがあったけれど、
さっ、今日は今日のスタートだ。

朝食を済ませ、チェックアウト。駅に向かった。
電車は、昨夜インフォメーションで聞いていたのでわかっている。
8:30次は10:43。駅に着いたのは8:10。

チケットを買うために窓口に向かう。窓口は2つ。
行き先を告げると、
「それは隣の窓口に」
と言われる。
どうも、短距離と中・長距離で分かれている模様。
中・長距離の窓口には4人程度の人が並んでいたのでその後ろについた。

 

ところが、ところが今度はその列がまったく動かない。
先頭の人がなにやら窓口で揉めている。
先ほど間違えた近距離窓口にはひとりも客がおらず、完全に空いているのに、
近距離窓口の人が停滞している隣の列をさばく気配は全くない。
一人も動かないまま、私の後ろにもどんどん人が並んでいく。

それでも先頭の人は動かない。8:20になり8:25になった。
間に合わない気配がヒタヒタと迫ってくる。
この電車を逃すと2時間以上も待つことになる。
こんな無機質な駅で2時間も待つのはあまりにも時間がもったいない。
列は長くなっているのに、だれも文句を言わずに並んでいるのはなぜ?

改札を強行突破して、チケットなしで乗り込めないか、様子を伺ってみる。
ヨーロッパの駅を始め、入場に関して厳しくない駅はけっこうある。
ところが、改札を見ると、横に制服姿の体格のいい女性が立っており、
厳しくひとりひとり回転バーでの入場をチェックしているではないか。
とても強行突破できそうにない。

 

「電車よ、遅れてくれ」と思ったりもしたが、そういう時に限ってちゃんと来るものだ。
ほぼぴったりの時刻に電車がホームに入ってくるのが見えた。
列は結局ひとりも進まないまま。さすがにもうダメだ。
2時間待ちかぁ。

諦めかけたそのとき、
改札のところにいた例の制服姿の女性が、改札横の小さな扉を開け、
列に並んでいる人たちに対して
「行けーっ!」という素振りを見せた。
「えっ! 行っていいの?」
列の人たちが、どぉーと走って流れ込む。
なにせホームにはもう電車が入っているのだ。
指定席とか、車両による違いがあるのかどうかの確認もできないまま、
とにかく電車に飛び乗った。
あっという間に発車。

「乗れちゃったよ」

 

最後はこうなることを列の人たちは知っていたのだろうか?
今となっては、一人ヒヤヒヤしていたのが妙におかしい。
2時間待たずにすんだのはよかったが、お陰で
一日にたった6本しかないセルチュク(エフェソス遺跡への最寄り駅)行きの
電車の時刻表も、ホームの様子も、一枚も写真が撮れなかった。

 

電車はあっと言う間にのどかな景色の中を走っていく。
乾いた土地に、とうもろこし、オリーブ、ひまわりなどの畑が続く。

まもなく検札がやって来た。
切符を持っていないことをなんて言えばいいのだろう。
まずは、と区間だけを伝えると、それ以上なんの質問もなく、
簡単に二人分のチケットを売ってくれた。
「なにこれ」と拍子抜け。ますます駅でのハラハラがむなしく思える。

「昨夜といい、今朝といい、これだから旅はおもしろい」
なんて言いながら、ふたりで買ったばかりの手書きのチケットを眺めたりしている。

 

車内は、男たちの話し声が尽きない。ほんとに休みなくしゃべっている。
少しすると、スィミットというパンを売りに来た。

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こんな感じ。
水とこれだけ。バターもジャムもつけない。そのままちぎって食べている。
われわれは朝食直後だったこともありパス。

セルチュク駅に到着。
荷物があると観光できないので、まずは今夜、宿を予約している
クシャダスという街までミニバスで行き、
宿に荷物を預けてから行動を開始しよう、と考えていた。

駅を出るといきなり目の前に遺跡が。駅前広場の駐車場横がもう遺跡?

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遺跡の上にはコウノトリが巣を作っているのが下からでもわかる。

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ミスバスに乗るために、オトガルと呼ばれるバスターミナルをめざす。
歩いて10分ほど。すでにかなり暑い。
途中、ペットボトルの水を買う。500ml2本で1TL(トルコリラ)。
その時の換金レートで約45円。2本で、だ。

小さなモスクがある。
ミナレットと呼ばれるモスク特有の尖塔が横にあるので遠くからでもすぐにわかる。
ブルーモスクのように巨大なモスクがトルコの観光用ガイドブックの
主役になっているが、地方には、小さなモスクがまさに至るところにある。

 

オトガルに到着。ドルムシュと呼ばれる満員になったら出発するミニバスを探す。
クシャダスに行きたい、と言うと、すぐに教えてもらえた。
「乗れ、乗れ」とせかされるように乗り込む。全部で十数人。
バスというより、ミニバンを一回り大きくした程度。
我々二人が乗り込むとまさに満員。なので、すぐに出発した。
思ったよりも距離があったものの、30分ほどでエーゲ海の港町クシャダスに到着する。
ただ、ホテルまではバスを降りてから30分ほども歩かないとならなかった。
暑い上に坂もあって、地図の距離感がどうもつかめない。

ホテルは、キャラバンサライと呼ばれる、昔シルクロードの隊商隊が宿にしていた
歴史のある建物。

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門のところには1610年とプレートがあるが、宿というよりも、一見、
城や要塞のように見える頑強な石造りで風格がある。

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隊商宿は、時の為政者が、盗賊などによる略奪の危険から隊商を守るために
交易路の各所に設けた宿泊施設。堅固な壁に囲まれた隊商宿は砦の役目もはたし、
中庭では、商取引も盛んに行われていたらしい。

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その中庭を宿泊客以外も観光で覗きに寄ったりしている。

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昼前で時間は早かったが、運良く部屋にチェックインすることができた。
荷物を置いて、さぁ、身軽になって動くぞ。

今日の目的は、「エフェソス遺跡」と「シリンジ村」
バスの移動でも乗り継げばなんとかなることはわかっていたが、
念のために確認するとホテルのお兄さんはタクシーを薦める。

もともとバスのルートを組み立ててこちらの希望通りに回ろうとすると
かなり非効率であることはわかっていたので、タクシーも料金次第では、と交渉開始。

当初、移動のためだけに使おうと思っていたのだが、
どうせ帰ってこないといけないので、それぞれの観光地を我々が観光する間、
待っていてくれると言うのだ。

我々夫婦はそもそもゆっくり観る方なので、通常よりもかなり時間がかかる。
2時間も3時間も待たせるのは気がひける、と言うと、
「金を払っているのだから、何時間でも待たせればいい」と
そんなの当然、気にすることはない、という。

こちらとしてはこの程度の範囲内であれば、という上限を設けて話を進めたのだが、
思ったよりあっさり折り合いがついてしまったので、頼むことにした。

 

実は、簡単に折り合いがついたのには理由があったのだが、
「交渉成立」と思ったこの時点ではそれに気づいていなかった。
と言うか、「トルコならではの」かなり重要なことを聞き落としていた。
値段交渉で「ここ」を聞き落とすと言うのは、後から考えるとありえないように思うが、
その時は思い込みもあり、まったく聞こえていなかった。
「ここ」とは何か。
支払う時になって、ひとつ勉強することになる。

 

というわけで、いよいよ観光スタート。
まさか出発編がこんなに長くなるなんて。
まだ1.5日分。観光はこれからだが、長くなってしまったので、
今日はここまで。

 

続きは(2)エフェソス遺跡編で。(旅行記の目次はこちら

 

 

 

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コメント

「えっ?!」

↑笑い

組み込み技術者の単身赴任日記のTSSです。いただいたコメントのトルコという言葉に誘われてきてみました。
海外へ行ったときのトラブルで、ゲート番号の変更は、本当に空港のアナウンスが聞き取れなくて困りますよね。私も、周りにいた日本人とおぼしき人に聞いて、あやうく難をのがれたことがあります。

TSSさん、
コメントをありがとうございます。
あの時は、ほんとうに気が緩んでおりました。
夜遅かったのに、あと一便あったなんて
運が良かったとしか言いようがありません。
交渉も結果的にうまくいったし。
一時期よく行っていた業務での海外出張の経験が
ヘンなところで役に立ちました。

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